150 魔術師、あせっていた
僕はあせっていた。
第一王女と第二王女が僕と残念王女に何の用があるというのだろう。リヒトは残念王女に出会ったら一度王国に戻って欲しいなどと言っていたが、そんな伝言ならばわざわざ暗部を使うまでもない。強制的に連れ戻そうとしている可能性も考えておく必要があるだろう。その時に仲間が危害を加えられる恐れがある。それはなんとしても防がなければ…
もうひとつの問題は、リヒトがベータに関心を持っている点だ。ベータに何かを強制できるとは思えないが、ベータが反撃すればただごとでは済まないだろう。おまけにアリサの話ではハンターがやって来ているという。皇帝の調査団の依頼だろうか。これもベータが相手にするとなったら大事だ。
心配事ばかりでまいるな
それにしても、残念王女とクレアが帝国に来ているとは…
帝国で何か騒ぎを起こさなければいいのだが
それにしても、謎のドラゴンに加えて残念王女とクレアまで登場とは
帝国もとんだ災難だ
このとき僕は、まだ、ハンターの目的が、ダンジョンよりも僕だということを知らなかった。
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ギルドマスターはあせっていた。
ダンジョンに新しい通路が発見されて帝都から調査団がやって来たと思ったら、事件発生で、皇帝直属の調査団が追加で派遣され、おまけに今度はハンターまでやって来た。
「ようこそいらっしゃいませ、ハンター様」
「ボーマンだ。ハンター様は止めてくれ。ギルドマスターに言われるとこそばゆい」
「ええと…それではボーマン様。この町へは、やはり調査隊に協力するためにお出でになったのでしょうか」
「まあ、一応はそういうことだな」
「一応ですか…」
「依頼を受けたのは、ダンジョンで行方不明になった冒険者を助け出したと言うパーティーが目的だ。話によれば女の冒険者がいて、メイドも連れているそうではないか。そんなパーティーが二つとあるとは思えん。俺の知っているパーティーに違いない」
「トールさんのパーティーをご存じなのですが」
「会ったことはない。いや、メイドには会っているか」
「メイドのひとりと面識があるのですか」
「メイドのひとり?メイドはひとりだけじゃないのか」
「この町にやって来たときは確かにおひとりだけだったのですが、カイルさんたちをダンジョンから救出して戻ってきたときにはメイドは2人でした。なんでも、ダンジョンからの帰りに知り合ってパーティーに加えたとか」
「そんな都合のいい話があるもんか。冒険者に連れられているメイドなんてのはひとりだってありえんのに、それがふたりなどと」
「それでトールさんのパーティーに何の御用で」
「そやつらは、別のハンターと少々諍いを起こしてな」
「なんと」
「信じがたいことだが、そのハンターがやつらの仲間のひとりに倒されたのだ」
「なんと、なんと…」
ギルドマスターが驚愕した。
「ハンターは、ハンターではないものと諍いを起こしてはならない。ハンターの不文律だ。倒されたのはハンターに昇格して間もない男で、それが守れなかったようだ。とはいえ、ハンターの方が倒されるなどと言うことはあってはならない出来事だ。ほんらい諍いを禁じる不文律は冒険者を守るためのものだ。新米とは言え、ハンターはハンターだ。それを倒した者に是非会ってみたいと思ってな」
「会ってどうされるおつもりで。これ以上のトラブルは…」
「案ずるな。もめ事にするつもりはない。それに、ハンターを倒したやつ以上に、その新たに加わったというメイドに興味を引かれた。この宿に泊まっているのであろう。ハンターを倒したやつだけではなく、そのメイドとも、調査隊の権限で話をさせて貰うつもりだ。勝手に町を離れないように伝えておいてくれ、ギルドマスター殿、いいな」
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リヒトはあせっていた。
食堂でくつろいでいたら、ただものではない男がギルドマスターとの面会を求めてやってきた。リヒトには目もくれなかったが、そいつがリヒトの存在に気がついたのは間違いなかった。暗部の一員として簡単に気配を察知されない自信があったのだが、受付で話している後ろ姿を注視したのが失敗であった。一瞬の間ではあったが、それだけで気配を察知されてしまった。
また、面倒そうな奴があらわれたもんだな
一体、何者なんだ
ただものじゃぁないことは分かる
「探れ」
仲間のひとりに一言小声で命じる。命令された男は、ただ者ではない男がギルドマスターの部屋に入っていくのを見てから、無言で席を立つと、受付に向かって歩いて行った。受付で少し話をすると、戻ってきて
「ハンター。名はボーマン」
それだけ言うと、2階に昇っていった。
「ハンターか…気づかれるなよ」
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ノアはあせっていた。
ミスターを誘って武器屋に行くつもりだったのに、ベータと話があるだなんて。ソアたちと武器屋に行ったけど、ミスターの事が気になってどんな武器があったのか全然憶えていない。ベータは人間じゃないけど、今の見かけは人間そのものだし、クレアにちょっと似ていて、ミスターが好きになってもおかしくない。おまけに、あたしより大きいし…
エマで最後かと思ったら、ベータまでライバルになるなんて、予想外だよ。ベータと二人っきりで話なんて、何が起こっても不思議じゃない。何しろ中身はアリサの人格だ。ベータがミスターを誘惑して…
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アリサはあせっていた。
マスターがベータの話を聞くと言ったけれど、いつまで経っても隣の部屋にやってきませんでした。ノア様の誘いを断って、部屋に残ったのに、これでは様子をうかがうこともできません。ベータの人格はわたくしの人格の複製だといいます。しかし、完全にではありません。わたくしがノア様やソア様に遠慮している所や、ミスターのお言葉を聞いて自制している部分は複製されていないかもしれません。そうであれば、マスターを誘惑する事への抑制が効きません。これは一大事です。まず、ベータとマスターがどこにいるのか確認する必要があります。どこか別の部屋以外考えられません。受付に行って聞き出しましょう。もしも教えないなどと言ったそのときは…
受付から聞き出した部屋に行き、外から声を掛けてノックしました。わずかの間を置いてベータがドアを開けて、わたくしを中に入れてくれました。マスターは椅子に座っています。しかし、動揺していることは隠せません。わたくしが来る前にふたりで何をしていたのか分かりませんが、マスターとベータの衣服に乱れはありませんし、マスターの動揺の程度から、最悪の危機は阻止できたようです。間に合って幸いでした。
マスターがわたくしに用件を尋ねました。わたくしは、リヒトの正体についてと、それに、先ほど受付で耳にした知らせをマスターに伝えました。
「帝都からハンターが到着したようです」
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せっかく温泉の町に来ているというのに、僕ばかりあせって心配しているなんて、いったい何の罰ゲームなんだろう。いろいろな事が起こりすぎて整理がつかない。もう一度温泉にでも入って、気持ちを落ち着けさせてから、対処を考えることにしよう。僕はひとりで浴場にむかった。ゆったりと湯に浸かろうと思って。
男湯は、むさくるしい冒険者の男たちで一杯だった…
★★ 151話は5月28日00時に投稿
外伝を投稿中です
https://ncode.syosetu.com/n3559hz/
王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




