149 魔術師、心配事がつきない
僕たちに接触して来た翌日から、リヒトのパーティーはダンジョンに毎日通っている。リヒトのパーティーだけではない。ダンジョンの新しい通路の話を聞いて町にやってくる冒険者は日を追って増加し、リヒトたちと同様にダンジョンに通っている。何の成果もないまま4日が過ぎ、皇帝直属の調査隊が町に到着した。到着の翌日から、ダンジョンに入ることはもちろん、周辺1km以内への立ち入りが禁止され、調査隊と一緒にやってきた騎士団が警備に当たっている。
「ねぇトール、何だって立ち入り禁止になっちゃったのかなー」
「どこぞのパーティーが、新しい通路を閉ざしている壁を破壊しようとして強力な魔法を使った結果、ダンジョンの一部で天井の崩落が起こったようだ。そのせいじゃあねえのか」
ソアが付け加える。
「宿の従業員の話では、後からやって来た冒険者たちが、新しいエリアへの迂回路を造ろうと、ダンジョンの入り口がある丘の上から、土魔法で縦穴をいくつも掘っていたとか」
「ひでぇことに、あいつらのやってたことまで、俺たちのせいにされちまいそうだったからな」
リヒトたちや他の冒険者たちが無茶をやっていたとき、僕とトールは連日のように調査隊のお偉方に呼び出され、根掘り葉掘り聞かれていたのだ。
「あれは聞き取りなんてもんじゃなく、尋問でしたね」
「まったくだ。迷惑もいいとこだ」
「ねぇ、ミスター。ベータのことはなんて話をしたの」
「巨人とベータのことはカイルたちが話しているだろうから、隠すわけにはいかない。それと、尋問を受けた部屋には魔道具らしきものがいくつか持ち込まれていた。そんな魔道具が存在するのかどうかは知らないけれど、嘘が分かるような魔道具があるとまずいことになるので、嘘はつけない」
「じゃぁ正直に話ちゃったの」
「ああ、ギルマスやカイルに話したのと同じようにね」
「それってまずくないの、ベータが…」
「巨人を相手に闘って倒したことは話したけど、奥にいた小型の同類、変身前のベータのことだが、そっちも同じようにして何とか上手く始末したって答えておいたよ。尋問した奴も、僕たちが巨人だけじゃなくベータも倒したと理解したと思うぞ。向こうが勝手に誤解しただけで、僕は嘘は言ってないだろ」
「どうやって倒したのか聞かれなかったの」
「聞かれたさ。剣も弓も歯が立たず、魔法は全く効果なしとは言っておいた。じゃぁ、どうやって倒したんだというから、冒険者は切り札を明かしたりはしないってはねつけたよ」
僕は声を潜めてノアに答えた。今は皆で食事中だ。周囲には他の冒険者もいる。かなり騒がしいので聞かれることはないだろうが、用心に越したことはない。
「尋問は済んだのでしょうか」
「それなんだが、ソア。一応終わったはずなんだが、他の尋問結果とあわせて確認するので、それが済むまでは町を出るなってお達しだ」
「宿代がかかりますね」
「調査隊で持つから心配するなだってよ。だから飯は一番値の張る物を選んでもいいぞ。俺とゴードも高級な酒を飲み放題だ」
いつもより贅沢な食事を済ませて部屋に戻ろうと言うときになって、2階からリヒトが降りてきて僕たちの所にやって来た。
「そっちの男に話があるんだが、ちょっといいかな」
「どうする、ミスター。俺たちから話すようなことはねぇと思うが」
僕も話すことなどないと断りかけて、昨日のアリサの話を思い出した。リヒトが接触してくる目的が探れるかもしれない。話を聞いてみることにしよう。
「みんなは先に部屋に行っててください。僕は彼と話をしてから戻ります」
「そうか…それじゃぁ俺たちは先に部屋に行ってるからな」
トールは意外にあっさりと、僕がリヒトと話をすることを認めたが、アリサが断固とした口調で言った。
「わたくしはマスターとご一緒させて頂きます」
僕ひとりだけでと思ったが、アリサの方が王国の暗部についての知識がある。僕では気がつかないようなことも気がつくかも知れない。
「それじゃあ、すまんが食堂の親父に言って、茶でも手配してくれ。僕はリヒトさんの話を、そこのテーブルで聞くことにする」
「かしこまりました。お茶の用意が出来たらわたくしがお持ちいたします」
アリサが厨房に入って行くのを見て、僕はリヒトに席に着くように促した。さっきまで混んでいた食堂も今は客も少なくなって、隅のテーブルならば人に聴かれたくない話もできるだろう。
「それで、なんの話なのですか」
「エイダ様の所在をしりたい」
「エイダ様って…第三王女か」
「そうだ。あんたの奥方だ」
「国に…ええと、荒れ地の研究所にいるはずだが」
「とぼけるなよ。しばらく前からエイダ様と帝国の皇女の姿が見えない。あんたの国まで面会に行っても会わせて貰えなかったそうだ。あんたなら知っているんじゃないか」
「ちょっと待て、その話は本当なのか」
「あんたも知らないということは、どうやらお転婆王女が勝手にあんたを追いかけて旅に出たってところか」
「どうしてそう思うんだ」
「エイダ様と皇女の姿が見えなくなった少し後、エイダ様の護衛だったガーベラが帝国に入国した形跡がある。あの女が王女の側を離れる訳がない。王女たちの後を追ったに違いない」
「一介の冒険者のあんたが、なぜ王国の王女の行方を気にするんだ」
「一介の冒険者とは思っていないだろ、俺のことは。茶の用意をさせたメイドは俺と同業じゃないのか。同じ臭いが感じられるぞ」
「質問の答は?」
「王があんたとエイダ様に話があるそうだ」
「一度は軍を差し向けたのにか」
「政の事は知らん。ただ、テレサ様とエンミ様があんたに会いたがっているようだ。今の王は王女たちに甘いからな」
「第一王女と第二王女か、いったい何の用だ…」
「さあな、会ってみれば分かるんじゃないか」
僕は淑女そのものといった感じのテレサ様、そして男勝りの女騎士であるエンミ様を思い出した。
「お茶をお持ちいたしました」
アリサが紅茶のポットと、2人分のカップを盆に載せてやってきた。僕とリヒトの前にカップを並べ、紅茶をそそぐと、僕の後ろに立ってリヒトを見据えている。
「エイダとクレアがどこにいるのか知らない。国を出たことも今聞かされて知ったところだ」
「そいつは残念だ。もしも出会ったら、一度王国に戻ってくれると有り難いのだがな」
僕は返事をせず、黙ったままでいた。
「返事は貰えないか…。それじゃあ、もうひとつ。こっちは単純に俺の興味なんだが…もうひとりのメイド、あれは何者なんだ。そっちのお嬢さんのお仲間とは思えないのだが」
「つい最近知り合って、俺が雇っただけだ」
「ダンジョンから一緒に戻ってきたようだが、それ以前が全く不明だ。まったく痕跡がない」
「仲間の過去は詮索しない主義なんだ。知りたければ本人に聞いてくれ」
言ってしまってから、内心でしまったと思ったが手遅れだった。
「ほう、本人に聞いてもいいのか。それじゃあ、明日の食事の時にでも、あのメイドと話をさせてもらおう」
今すぐと言われなかったのが救いだ。尻尾をつかまれないように、今夜の内に指示を出しておかなければ。
「ベータと話をさせるのですか、マスター」
「つい口が滑った」
「ベータの話しぶりでは、正体は知られないまでも、怪しまれることは避けられません」
「わたくしとマスターが同席してなんとかするしかありませんね」
「ああ、あいつとは敵対するようなことにはなりたくないからな」
「はい、王国の暗部を相手に争うのは、軍を相手にするよりも大変かと思われます」
「まったくだ」
「それと、マスター。新たな心配事があります。さきほど厨房で耳にしたのですが」
「次から次へと何だってんだ」
アリサが一呼吸置いて、僕に答えた。
「帝都からハンターが到着したようです」
★★ 150話は5月26日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




