148 魔術師、危機が迫る
台無しとまではいかないまでも、食後の雰囲気が損なわれてしまった。何か気分転換をしたいと思っていると、ノアが買い物に行こうと言い出した。買い物と言っても、この町には武器屋と旅に必要な品物を扱う店しかない。何か温泉を活かした土産物屋でもあればいいのにと思うが、まだそこまで町が発展していないのだろう。
「ミスターも一緒にいくでしょ。エマもどう、武器なら興味あるんじゃない」
「矢の補充が必要なので、わたしも」
特にやることもないので、一緒にいっても良いかなと思い、返事をしかけたところで、ベータが僕の返事を遮った。
「当機体の秘術的な面で検討する必要が生じています。マスターと2人だけでの話し合いを要請いたします」
「何を検討するのか分からないが、必要なことなら仕方がない。買い物は後にするよ」
ベータと僕のやりとりを聞いて、トールがゴードに話しかけた。
「俺たちはここでもう少し飲むことにする。ゴードもつきあえ」
「…」
「そういうことだから、俺とゴードはしばらく部屋には戻らん。その間は好きに使ってくれ、ミスター」
「それじゃ、僕は部屋でベータの話を聞くことにします」
「一緒にいかないのー、つまんない」
「また今度つきあうから。アリサはどうする」
「わたくしは部屋で武器の手入れでもしています」
ソア、ノア、エマは買い物に出かけ、アリサはひとりで部屋に戻っていった。ベータは宿の受付に行き、何か話をしていたが、用が済んだのか僕の所に戻ってきた。
「それでは部屋に参りましょう、マスター」
僕は気を利かせて部屋を空けてくれたトールとゴードに礼を言うと、ベータを従えて部屋に向かった。
階段を上がると、ベータは左の通路に歩いて行く。
「どこに行くんだ、ベータ。部屋は右だぞ」
「先ほど受付にて、個室をひとつ借りました。マスターとの話し合いはそちらで行います」
そう言うと、僕の前に出て廊下の突き当たりの部屋の前まで進み、その扉を開けた。
「こちらです、マスター」
ベータの独断的行動に戸惑いながらも、その部屋に入った。
「なぜ、わざわざ別の部屋を取ったのだ、説明してくれ」
「マスターの部屋では、隣室のアリサに声を聞かれる可能性があります」
「仲間にも秘密にしなければならなうほど重要な問題なのか」
「はい、マスターの機体の正常動作に関して極めて重要な問題です」
「僕の?」
「肯定です」
「どういうことだ?」
ベータが説明を始めた。
「当機体、すなわち、わたくしがベータとして稼働を始めてからマスターの機体の動作に関しては常にモニタリングしています。そのデータの解析の結果、少し前からマスターの精神面での安定動作に支障が生じていると判断されました。異常の発生は、マスターの寿命の延長に関して当機体と話し合ってからと推定されます」
なるほど…
寿命の延長など不可能と思っていたからな
それが、あっさりと現実になったんだ
心が乱れるってもんだ
それが理由で、ノアとの暮らしを決断出来ずにいたのだから
「わたしの人格および記憶と知識の多くは、サンプル体No,1、アリサのそれの複製です。そのデータから、マスターの精神面の不安定化の原因はサンプル体No.3、ノア様との関係性にあると推論いたしました。この推論は正しいでしょうか」
ずいぶんと直球で聞いてきたな
まぁ、人工知能あいてなら答えてもいいだろう
「おおむね正しいかな…」
「それならば最も確実な対処法は、マスターがノア様の希望を受け入れることです」
「ノアの希望?」
「この星の知的生命体は、繁殖行為によって精神的充足感が得られると、サンプル体No.1の記憶と知識が示しています。したがって、当機体はマスターがノア様と繁殖行為を行うことを具申いたします。マスターが望めば、ノア様は受け入れると確信いたします」
お、おい
直球も直球、ど真ん中だな
ノアはまだ16だぞ、そんな簡単にいくか
こっちの気持ちの問題だ
僕の思っていることを推測したのか、ベータが続けた。
「ノア様が無理ならば、ソア様との行為でも問題解決に有効かと思われます。ソア様であれば年齢の問題はありません」
そうだ、ソアは21だ
僕の基準でも大人だ
年齢は言い訳にすぎない
良く分かっている
僕に覚悟がないだけなのだ
寿命の問題は解決されたじゃないか
しかし…
僕が無言でいると、ベータが続ける。
「マスターが如何なる理由で自己規制を続けているのか、論理的に説明できません。しかしマスターの機体の完全なる動作は解決すべき喫緊の問題と判断されます。マスターの機体の完全動作は当機体が最も優先すべき基本命題です。したがって、ノア様や他の方々に対してマスターが自己規制を続けるのであれば、当機体がとるべき行動は明白です」
ベータのメイド服が変化を始め、ダンジョンで見た一糸まとわぬ姿に変わった。
「当機体との繁殖行為にて問題の解決を図ります。当機体の現在の外装は、顔以外の部分の構造は、現時点でのデータから外挿された4年後のノア様の機体と同一です。繁殖が不可能である点を除き、あらゆる点でノア様と行う繁殖行為との差は認識できないレベルにあります」
ベータが腕を広げて僕に迫ってくる。後ずさった僕は、ベッドに足を取られ、仰向けに倒れた。ベータは素速い動きで、僕に覆い被さってくる。間近に見るベータの裸身に、僕の一部が反応してしまう。
ま、まずい…が、身体が動かない
欲望が理性を上回ってしまったのか
ベータにされるままだ
このままでは本物の魔法使いになる条件が…
いや、まて
ベータは人間ではない
いわば超高級な人形にすぎない
人形相手に事におよんでも女性を経験したとは言えないだろう
これはセーフでは…
そんなことを考えているうちに、ベータが身体を密着させてきて、反応した僕の一部に手を添えた。
あ、まずい…
「受付でこちらの部屋と聞きました。アリサです、マスター。重要なお話があります」
寸前で、ノックと共にアリサの声が聞こえた。
ベータが僕から離れ、メイド服姿に戻っていく。わずかな時間で完全に元通りになり、ドアに向かう。
「ただいま扉をお開けいたします、アリサ様」
僕はあわてて、ベータに下ろされたズボンを元に戻すと、ベッドの横の椅子に腰掛けた。
アリサのおかげで、たすかった
いや、本心では…
もしかしてアリサはベータの行動を察知してやって来たのか…
ベータが扉を開け、脇に寄るとアリサを迎え入れ、僕の前に進むアリサに従うかのように後ろに控えている。メイドにも序列があるようだ。
「ベータの用件はお済みでしょうか、マスター」
アリサの言葉に無言で頷く。言葉を発したら、まだ納まらない心の動揺に気づかれてしまいそうだ。
「マスターに報告すべき重要な案件があります」
「なにかな」
「リヒトシュタインについてです」
「ああ、さっきの冒険者、リヒトのことか」
「リヒトは王国の貴族、リヒトシュタイン家の一員ではないかと危惧します」
「その家名は王国では耳にしなかったが」
「辺境に小さな領土を持つ貴族家で、さしたる役職にもついておりません故」
「そんな弱小貴族家の一員だったらどうしたと言うのだ。弱小家であれば、跡継ぎ以外は家を出されるのは不思議じゃないだろう」
「リヒトシュタイン家には代々続く噂があります」
「どんな噂なんだ」
アリサが一呼吸の間を置いて答えた。
「リヒトシュタイン家は王家の暗部であると」
★★ 149話は5月24日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




