15 魔術師、コレトの町に着く
正午を少し過ぎたころ、コレトの町の入り口に着いた。トールの町と同様に、高い壁で囲まれ、大きな扉の前に門番がついている。この時間だとどこの町も同じなのだろうか、扉は開いたままになっている。違うのは扉の横の町の壁の外側に石を積んだ建物があって、そこから兵士が何人か出入りして通行人をチェックしていることだ。トールの町よりも人の出入りが多く、警戒が厳しいのかもしれない。タルト氏はこの町でも有名なのか、門番と一言二言話をすると、僕らも兵士に留められることなく中に入れた。
町の中の作りはトールの町と同じである。円形の広場まで進み、馬車を止める。そこからの手順も一緒で、僕たちの仕事も完了だ。
「はー、終わったー。ご飯食べに行こー」
ノアの軽口が戻った。朝を抜いているので、皆も空腹らしく、一も二もなく同意した。
「ここは宿に飯屋が隣接していて、その店が美味い。そこでいいか?」
「いいよー、ご飯があればどこでもいいよー」
「良い…」
「さしつかえありません」
僕も頷いて同意した。
そのときだ。
ノアが先頭にたってあるき出そうとすると、15,6の少年が前をふさいだ。手に古びた剣をもっている。
「お前たち、途中で盗賊を殺したのか?」
少年が声をあげる。
「お前は誰だ」
ノアの横にトールが立って問う。
少年はトールの質問を無視をして続ける。
「リリーを殺したのか?」
「魔術師の女?」
「そうだ!」
「あたしが殺した…」
少年は唇を噛み下を向いた。
「リリーはボスの娘だった。青い鎧の男もいたはずだ。俺はその息子だ…」
ボスというのは最初に呼びかけてきた男だろうか。
「青い鎧は僕が相手をしました、親の仇という訳ですか…」
そう言って僕はノアの横に並んだ。念のため不可視の障壁で身体を覆う。
「今度の仕事から帰ったらオレはリリーと一緒に遠くに逃げる約束だったんだ。ひどい親だった。親なんかどうでもいい…」
突然剣を振りかぶりノアに向かって振り下ろした。
「リリーを返せ!」
するどい金属音がして、少年の手から古びた剣が飛んでいった。
トールがノアの前で剣を構えている。少年の剣をはね飛ばしたのだろう。
「君の気持ちは…」
少年をなだめようと僕は一歩前にでた。それが油断だった。
「それならお前だ!」
少年は腰の短剣を抜くと今度は僕に向かって突きだしてきたのだ。
トールの剣も間に合わない。
僕以外の誰もが僕の死を予感した。
短剣は不可視の障壁に遮られ、僕の身体の寸前で止まる。
少年は予想外の手応えに口を開けて驚愕している。
間違いなく仕留めたと思ったに違いない。
次の瞬間、少年の目鼻口から炎が吹き出し、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
見る間に全身が黒くなって炭となっていく。
ノアが泣きそうな顔で、こちらに手のひらを向けていた。
「良かった…」と言ってノアはその場に座り込んだ。
干渉魔法だ。一瞬で発動する。射程内では最速だ。
周辺の人々が騒ぎ出し、門から兵士を連れて番兵がやってくる。
タルト氏も建物から出てきた。
「何事だ!」
番兵が誰何する。僕の足下で燻る死体を見ると
「お前がやったのか!」
と槍を突きつけてきた。不可視なので気がつかれないが、まだ障壁は張ったままだ。
ノアが力なく立ち上がってつぶやいた。
「あたし…」
兵士たちがノアを取り囲む。
「その方たちはわたしの護衛をしてくださった冒険者です」
タルト氏が群衆の輪の外から兵士たちに声をかけた。
人の輪を抜け、前に出ると兵士たちに説明する。
「昨夜、わたしの一行が郊外で盗賊を討伐したのですが、その少年は盗賊の一味です。仲間の恨みを晴らそうと、そちらのノアさんやミスター様に襲いかかったのでしょう。正当防衛になりませんかな」
番兵が群衆の方を向くと、はじめから見ていた何人かが、そうだとばかりにうなずいた。
「タルトさんのおっしゃることであれば、信用できます。証人も複数いるようですから取り調べの必要はありません。その少女の正当防衛を認めます」
そういうと、兵士たちに少年の死体をかたづけるように指示をだした。兵士のひとりが少年の手から短剣をとりあげ、落ちている古びた剣を拾う。もう一人の兵士がついさっきまで少年だった物体、まだ燻っている黒い塊を引きずっていく。広場の石畳に町の外へと続く黒い筋だけが残された。
「死ぬかと思ったの、ミスターが…」
ノアが下を向いたままつぶやいた。
ソアがノアを抱きかかえるようにして一緒に歩きだす。
「宿に行って部屋をとるわ。皆は食事を済ませ、後から宿にきてください」
振り返ることもなく、ソアは僕らに言った。
戻ろうとするタルト氏にトールが話かけた。
「タルトさん、明日の帰りの護衛はキャンセルさせてください。今回の依頼は未達成でかまいません」
「皆さんは数日お休みになった方がよろしいでしょう。依頼は完了と報告しておきます。ではお休みなさいませ」
そう言ってタルト氏はこの場を離れていった。
タルト氏が去り、兵士たちが去り、群衆が去ったあとも、僕らは長いことその場にたたずんだままでいた。
「飯…」
ゴードに促されてようやく歩き出した。
僕はもう空腹など感じていなかった…
★あとがき(撮影現場にて)
ノア:「今回の演技はバッチリだったでしょう」
なかなかでしたね。
ノア:「これで次回は主人公があたしに想いを…ってなるのよね」
それは…まあ…
ノア:「なるのよね!」
ええ、主人公が決意するんです。
ノア:「それでこそヒロイン枠だねー」




