145 魔術師、正体を知る(承前)
はるかな昔、この星に異星から知的生命体の調査にやって来た宇宙船があった。搭乗していたのは人工生命体である、アルファ系の機体143体であった。彼らを従える宇宙船の人工知能は、この星に着陸するとすぐに星全体を探索し、科学的文明を持つ知的生命体が存在しないことを発見した。しかし、この星の太古の人々が魔法を使った社会を築き始めていたことを見逃していたのだ。
人工知能は、この星に科学文明が発達するまで待つことにして、エネルギーを節約するために自らを休止状態とした。その間の宇宙船の維持管理を任せるために、アルファ系の機体をこの星の環境に最適化した機体ベータ01を作成し、人工知能の機能の一部をその機体に移した。それは機体番号ベータ01と名付けられた。機体番号ベータ01にはこの星の知的生命体に外見を似せる機能や、記憶や人格をスキャンしてそれを自分自身に取り込む機能が与えられた。そこに小さなバグが紛れ込んだことを人工知能は見逃してしまった。
ベータ01は、自分以外が休眠状態に移行した宇宙船を守るために。星の地下深く埋め、地上への通路を造ると同時に警備用の機体を多数制作した。そして知的生物がやってくるのを待つことにした。
数千年の間に、宇宙船を埋めた周囲に自然の洞窟が生じた。地下に潜らせた際に、岩盤に多くの微少な隙間が生じ、雨水によって浸食されたのだ。機体番号ベータ01は宇宙船への害はないと判断し、そのままに放置した。また、周辺に生息する知的生命体とは思えない恐ろしい見かけの生命体が自然に出来た洞窟内に侵入し住み着いたが、それも放置した。
更に数千年の後、機体番号ベータ01は、金属の加工物を身につけた生命体が地下の宇宙船へと続く通路周辺の洞窟に入り込んでいることを感知した。十分すぎるほど慎重な観察の結果、彼らを文明を持つ知的生命体と判断した。接触を図るために、宇宙船へと続く通路の最初の扉を開け、彼らがやってくるのを待った。知的生命体以外の生命体の進入を阻止するために、新たに開けた通路の先には警備用の機体を1台配置した。そして、とうとう、長いこと待った知的生命体が新しく開けた通路へとやってきた。
彼らが警備用の機体にいきなり攻撃を加えてくることは予想外であった。彼らは警備用の機体の攻撃を避け、奥の通路へと進んで、そこに留まっている。機体番号ベータ01が、自ら接触を図るかどうか、検討と観察を続けているところに、新たな生命体がやって来た。そして、驚くべき事に、警備用の機体を破壊したのだ。機体番号ベータ01は警備用の機体を破壊した生命体との接触を決断し、奥の部屋で彼らを待つことにした。
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「すみませんが、冒険者登録をお願いします」
僕たちはベータを連れて、湯の町に戻ってきた。ギルドは先に戻ったカイルたちの報告でちょっとした騒ぎになっていた。閑古鳥の鳴いているギルドでなければ、もっと大きな騒ぎになっていただろうと思う。なにしろ探索が終わって、めぼしい物はもうないと思われたダンジョンに新しい通路が発見され、そこで行方不明になっていたカイルたちが戻って、きたのだ。そして、見たこともない怪物の存在と、救援にきた僕たちがその怪物を倒したというのだ。騒ぎにならないはずがない。ギルマスは、すでに救援を依頼していた隣町のギルドに報告をすませていた。そこに僕たちが戻ってきたのだ。
「無事に戻ってきたか。奥にいた怪物はどうした」
「なんとか始末をつけた」
確かに始末は付いて、僕のメイドとしてここに付いてきている。
「おお、あいつも倒したのか。すげぇな、あんたたちは。で、あの部屋は調べたのか」
「なにも見つからなかったな」
「なかに置いてあった台はどうだ」
「ただの台だったな。通路の壁と同じ材質で、何をやっても傷ひとつつかねえ」
「怪物を倒したのなら、ギルドの調査隊が来る前に今度は一緒に潜って、もういちど良く調べてみようじゃねぇか」
「いや、俺たちはもういい。あんたたちだけで行ってくれ」
「そうか、何か見つかれば大金になるのにな」
ベータの話では、あの部屋の奥と地下には施設の本体が埋まっていて、そこには異星の文明の産物であふれているという。ベータの仲間であるアルファ系の機体も多数が眠っている。しかし、そこへの通路はこの世界の技術や魔法を持ってしても開けられないだろう。もしも、そんなことはあり得ないが、通路が破られれば、最初に出会った巨人、あれはベータによれば警備用の自動人形で、知的生命体ではない魔物の類が侵入するのを防ぐために置いてあったそうだ。実はこちらが攻撃しなければ向こうも攻撃することはなかったということだ。その警備の巨人が50体以上、施設へと続く隠し通路に配備されているという。こちらの巨人は侵入の阻止が命じられている。侵入は不可能だ。
「ところで…メイドが増えてねぇか」
「ベータと申します。ダンジョンから戻られる途中のマスターと出会い、メイドとしてお仕えさせていただくことになりました」
「あちゃー、俺たちが先に出会ってたら、俺に仕えてくれたのかな」
「わたくしがマスターとしてお仕えするのはミスターただひとりでございます」
騒ぎで忙しかったせいか、唐突に現れたメイドに不審をいだかれることもなく、ベータの冒険者登録はすぐに完了した。
隣町のギルドから派遣された調査隊が到着するまでの4日間、カイルたちは毎日のようにダンジョンに潜っていたが、彼らが発見した新たな通路はふさがれていて、奥には勧めなかった。新たな通路を塞いでいる壁に穴を開けようと全力を尽くしたが、魔法も剣も、つるはしも壁には無力だった。周辺の岩盤を崩しても、崩した岩の先には破壊不能の壁が出現した。ダンジョンにやって来たギルドの調査隊は、奥への通路を遮る壁の前で途方に暮れているカイルたちを発見した。そして、その調査隊も、数日後にはカイルたちと同様に途方に暮れることになった。
「ありゃ、手も足もでねぇ。今度は帝都から皇帝直属の調査隊がやってくる。帝国最強の魔術師を連れてくるだろう。そうすればあの壁だって…」
「そうなったら、中に入れるのは帝国の調査隊だけじゃねえのか。お宝が見つかっても全部皇帝の物ってことだな」
「せっかく新しい通路を見つけたってのによ、ついてねぇ。なんだってふさがっちまうんだ。あんたたちが中の怪物を倒しちまったせいじゃねぇのか」
「おいおい、いいがかりは止めてくれよ。俺たちはあんたたちを助けに行っただけだ」
「しかし、これでダンジョンには何か秘密があることがはっきりしたな。帝国がどうしようと、噂をかぎつけた冒険者が押し寄せてくるぜ。この町もまた活気がもどるな。あんたたちはどうする。俺たちは、もうしばらくここに留まって様子を見ることにする」
「俺たちか、もともと俺たちは温泉が目当てだからな。もうしばらく温泉を楽しんで、人が増えてきたら町を出ることにする」
「そうか、じゃ、それまでは一緒に楽しもうじゃねぇか。幸い、酒は上物だからな」
カイルがトールと酒を飲みながら愚痴をこぼしている。その間に僕たちは温泉を楽しみながら、次の目的地を決めることにした。
★★ 146話は5月18日00時に投稿
外伝を投稿中です
https://ncode.syosetu.com/n3559hz/
王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




