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144 魔術師、正体を知る

アリサの口から血があふれる。肺を貫かれたのだろう。血を見た僕は我を失い、アリサを貫いた腕に単分子の剣を振るった。


単分子の剣で通路の壁を傷つけることは出来なかった。あの煉瓦のような素材も単分子の素材なのかも知れない。こいつに単分子の剣が通用しないことは推測できたはずだ。しかし、そのときの僕は思考能力を失っていた。


最初の斬撃がこいつの腕に傷ひとつつけることなく弾かれたのに、無防備のまま無為に斬撃を続けた。こいつは反撃をすることもなく斬撃を受け続けていたが、突然身体全体から微かな光を発した。


「あぶない!」

誰かが叫んでいるのが聞こえた。次の瞬間、僕の斬撃が空を切った。単分子の剣が消滅して、僕の手に柄だけが残っていた。もともと単分子の太さで見えないのだが、今は見えないだけでなく、存在そのものがなくなっていた。


ブラックホールすら消され、光の槍は吸収され、テレポートも発動せず、障壁も消され、単分子の剣も消されてしまった。呆然と立ち尽くす僕を、後ろからトールが引っ張り、通路まで引き戻した。


「何をするんだ」

「無茶をしてどうする、おまえまでやられるぞ」

「しかし、アリサが…」


そいつはアリサを台の上に置くと、槍に変形した腕を引き抜いた。そして腕の先が槍から細い無数の糸状のものに変化して、傷口や頭、首筋に絡みついていった。意識を失ったアリサはされるままだ。


部屋のどこからか、警告音のような音が生じ、声が聞こえてきた。言葉のようにも聞こえたが、この世界の言葉でも、ましてや日本語でもない。アリサのことは心配だが、何も出来ず見ているだけだ。かみしめた唇から血の味がした。


「…サンプル…言語…スキャン…複製…」

声の所々に、この世界の言葉の単語が聞こえてきた。


「サンプル体No.1の言語中枢スキャン完了。サンプル体No.1の使用言語の解析完了。機体番号ベータ01への複製完了。メッセージの使用言語の切り替え完了。続いて記憶および人格のスキャンと解析、複製を開始します」


「あいつ、何言ってるの」

「アリサのことを調べているんだ、ノア」

「アリサの怪我は」

「頭が冷えた。どうやらアリサの治療も行っている感じだ。さっきから出血が止まっている」


突然、さきほどと同じ警告音がした。


「サンプル体No.1の人格データの複製に異常が発生。機体番号ベータ01のシステムエリアが一部が上書きされています。複製を停止…」


「複製の停止不可。緊急停止プログラム起動します」

「緊急停止プログラム作動。人格データの複製停止しました」

「システムエリアのデータの復旧開始」

「システムエリアのデータ復旧不可」

「機体番号ベータ01の人格データの70%がサンプル体N0.1のデータで上書きされました」

「機体番号ベータ01の人格データの整合性チェックと修復を開始」

「人格データの修復完了。サンプル体No.1の生命維持を確認後、機体番号ベータ01の再起動を実施します」


アリサに絡みついていた糸状の物がそいつの腕に戻り始め、やがて最初と同じ棒状の腕に戻った。アリサの傷はふさがっているように見える。微かに胸が上下し、呼吸をしているようだ。そいつは、最初に立って居た位置に戻ると、最初と同じように直利不動の姿勢をとった。


「再起動プロセスを開始します」

「ハードウェアチェック、パス」

「ソフトウェアチェック、パス」

「人格データ変更完了、チェック、パス」

「再起動完了」

「新たな人格データに基づき、機体番号ベータ01の外装の変更を開始」


そいつの身体が微かに光を端ながら、変形を始めた。だんだんとのっぺらぼうのロボットから人間の形に変わっていく。


光が消えたとき、裸の女の姿をしたそいつが立って居た。


「アリサ…じゃないよね」


そいつはアリサとそっくりの姿をしていた。いや、身長は元のロボットから変わっていないのでアリサよりも少し大きい。


一瞬不安がよぎって、台の上の本物のアリサを見るが、胸のかすかな動きに変わりはない。無事のようだ。こいつに取って代わられた訳じゃなさそうだ。


トールがそいつに呼びかけた。

「おまえは何者だ」


「機体番号ベータ01」

「それじゃ分からん」

「当施設の維持管理を担当するアルファ系機体群の第二世代の機体です。当機体はその一号機です」

「おまえのような奴が他にもいるのか」

「ベータ系は当機体しか作成されませんでした。アルファ系は143体が作動可能ですが、すべての機体がスリープ状態にあります」


「ミスター、あいつの言ってることがわかるか」

「なんとなく…」


異世界ファンタジーがSFになってきたじゃないか…


僕はトールに変わって質問した。

「お前の目的は何だ」


「異星の知的生命体の探査と研究、および接触が当施設の目的でした」

「どこから来た?」

「当機体ベータ01のシステムエリアが上書きされ、70%のデータが失われました。当機体が属する母星およびその位置についてのデータは現在存在しません」

「それじゃあ探査も何も意味がないじゃないか」

「現在の当施設および当機体の存在目的は、システムエリサの新たな人格データによって決められます」

「それは…アリサの人格ってことか」

「アリサというのがサンプル体No.1を意味するのであれば肯定です」

「それは…」

「当機体の存在目的はマスターの命にしたがい、マスターに尽くすことにあります。既存のデータより、サンプル体No2、すなわち、現在当機体ベータ01と会話をしている生命体がマスターであると認識しています」

「アリサは無事なのか」

「サンプル体No.1の修復作業は完了しています。間もなく正常な作動を開始するはずです」

「完全にもとどおりなのか」

「サンプル体No.1の記憶、人格、外装、いずれも変更は加えていません」

「お前はともかく、お前以外の機体、アルファ系と言っていたかな、そいつらはどうなんだ」

「第二世代のベータ系は当施設およびアルファ系の管理者として設計されました。アルファ系はスリープ状態から復帰する際に、システムが管理者である当機体ベータ01のシステムと整合性を保つように書き換えが行われます。稼働状態になったアルファ系の機体の存在目的も当機体ベータ01と同じになります」

「アルファ系に母星のデータは残っていないのか」

「書き換え前のシステム内に存在していますが、スリープ状態から復帰しないとデータを読み出すことはできません。しかし、復帰と同時にシステムの書き換えが行われますので、そのデータは失われることになります。システムエリアの変更は想定されていませんでした」


「ねぇ、何の話をしているのか分からないんだけど…アリサと同じ顔してるのって気持ち悪いし、それに…服着てないし…」

ノアが口をはさんできた。


おお、そういえば裸だった

あまりの状況に意識が向いていなかった

気がついてしまうと、こっちが恥ずかしい


「すまんが、服を着てくれないか」

「当機体ベータ01の外装はサンプル体No.1の機体と同じ質感で造られていますが、本質はもとの状態と同じです。したがってこれ以上の防具の必要性はありません」

「いや、防具という訳じゃなくて…ええと、とにかく命令だ。服を着てくれ」

「マスターの命令を確認。ただちに実行します」


ふたたび微かな光を発すると、あいつの表面が変化してアリサのメイド服と同じ衣装が生じた。

「外装への追加を完了しました」

「それと、その顔だ。アリサとは違う顔にしてくれ」

「他の顔のデータが不足しています。追加のデータをスキャンして合成を試みます」


追加のデータって…


僕の感覚が、何らかの電磁波を捕らえた。


「サンプル体No.3, No.4, No.5 の外装スキャンを完了。合成を開始します」

「合成完了。微調整開始。微調整完了。外装の変更を開始します」


ベータ01の顔が変化した。どうやらノア、ソア、エマの顔をアリサの顔に合成したようだ。アリサのデータから僕の好みを読み取ったのか、どことなくクレアにも似ている顔だ。僕の基準から見て、絶世の美人なのだが、何か人間らしさに欠ける感じがする。


「命令を実行しました。確認を願います、マスター」

「それでいい」

「それとベータ01は呼びにくい。今後は単にベータと呼ぶことにする」

「機体番号の変更を確認。システムデータの書き換え完了。以後、当機体をベータと認識します」

「それに自分のことを当機体というのも変だ」

「現在の人格データをスキャン。サンプル体No.1のデータに倣い、当機体の自称を変更します。今後、当機体ベータは『わたくし』と自称いたします」



そんな会話を続けていると、台の上のアリサが意識を取り戻した。起き上がって、僕たちと対峙しているメイド姿のベータをみると、後ろに跳んでダガーを構えた。

「マスター、そいつは」


「心配するな、もう危険はない。アリサが無事で良かった。こいつのことは後で説明する」


「それで、ベータはこれからどうするんだ」

「マスターの命に従い、マスターに尽くすことがわたくしの存在目的です」


なんだか、奴隷から解放したときのアリサの言葉のようだな

人格の7割ほどがアリサのコピーだからか…


「僕に付いてくる気か」

「存在目的を果たすための必然です。障害はすべて排除いたします」


ベータの戦闘力は僕の比ではない。おそらくドラゴンにも楽勝だろう。自由にさせる訳にはいかない。

「ここに留まれと命令したらどうなる」

「存在目的と矛盾する命令はわたくしの動作不良を起こす可能性があります」


おまえはHAL9000かよ

暴走されたらこの世界が滅びそうだ…


「僕の命令がない限り、この星の知的生命の殺害は禁止するぞ。それで良いか」

「肯定する」


僕はトールたちの方を向いた。

「仕方がないだろう…トール」

「仕方がないよな、こいつは止められん」

トール以外は、あきれているか、あるいは仕方がないといった感じで首を振っている。


トールが何かを思いついたようだ。ベータに話しかけた。

「その服は身体の一部なのか、それとも脱げるのか」

「一体全体、何を聞いてるのかなー、トール」

「服はわたくしの機体の一部ですが、分解吸収して見かけ上脱ぐことはできます」

「ええと、脱いだ場合は…」

「さきほどと同じ外装になります。サイズは同一ではありませんが、基本的にサンプル体No.1と同一です」

「ということは、大事なとこも…」

「サンプル体No.1の人格データより、マスターにお仕えするのに必要であると判断しました。わたくしとマスターでは繁殖はできませんが、わたくしを対象にしてもサンプル体No.1と同様な繁殖行動はとれるように外装を作成してあります」

「それ、いらないからねー!」とノア。

「わたくしはまだ…」とアリサ。

「なんてことを聞くのですか、トール」とソア


頼りになりそうだが、とびきり面倒な同行者ができてしまったようだ…



★★ 145話は5月16日00時に投稿


外伝を投稿中です

https://ncode.syosetu.com/n3559hz/

王女と皇女の旅  ~魔術師は魔法が使えない 外伝~

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