143 魔術師、慢心する
土魔法で造り出したゴーレムかと思ったが、のっぺりとしてなめらかな表面をしている。金属かプラスチックのような質感だ。頭部には目も鼻も口もない。
どう見ても…ロボットだよな…
「近くにカイルさんたち以外の魔力は感じられない。土魔法で造りだしたものじゃあないよ」
「魔物じゃないのか」
「こいつの魔力も感知されない。これって動くのかな…」
異世界のお約束なら、誰かが部屋の中に入ると動き出すって仕掛けだよな
「カイルたちがこの先の通路にいるって事は、こいつが動いて攻撃してきたとしても、通路にはこねぇってことなんだろう。魔法で通路から攻撃してみたらどうだ」
「やってみる」
ノアが杖の先に火球を作りだし、巨人に向かって放った。
火球は巨人に命中したが、爆発も閃光も起こらず、そのまま消えてしまった。巨人が立ったままだ。
「これならどうだ」
ノアに代わり、僕は光の槍を巨人に向かって投げた。結果は同じ。巨人に命中するも何も起こらない。
エネルギーが吸収されてしまうのか…
「ソア、弓でやってみてくれ」
トールの言葉に、ソアが弓を放つ。巨人に命中するが、表面で弾かれて足下に落ちた。
「傷もついていない感じですね」
「実はただの置物だったりして」
「そんな訳があるか、ノア。それならカイルたちが戻ってこれないはずがない」
「部屋に入って見るしかなさそうですね。僕がやって見ます」
「あぶなくない、ミスター」
ノアが心配そうだ。
「いざとなればテレポートで通路に戻るから」
僕は部屋の手前ギリギリまで進むと、目の前にバスケットボール大の黒い球体を作り出した。マイクロブラックホール球だ。黒い球体は部屋の中で浮遊しているが、巨人は何の反応も示さない。このまま投げつけてもいいが、巨人が動き出すかどうかも確かめたい。僕は意を決して、部屋の中に一歩ふみだした。
僕の足が部屋の床に着いた途端、巨人が僕を見つめた。いや、目も鼻も口もないのだ。見つめるはずがない。しかし、確かに見られた感じがしたのだ。そして、予想通り巨人が動き出した。
先手必勝だ。僕は黒球を前面にして、巨人に向かって行った。巨人は避ける様子もなく、黒球と接触した。黒球は巨人の頭部があった部分を音もなく通過し、頭部を失った巨人が目の前にいた。僕は黒球を消滅させた。例によってわずかばかり漏れ出したエネルギーが小さな爆発と閃光を引き起こした。
頭部を失った巨人は、身体全体が光り出し、まぶしくて見ていられないほどになり、輝きが納まった時、そこには何もなかった。
自爆かと、一瞬背筋が凍った。そこまで考えていなかった。
「やったね、ミスター」
ノアがやって来た。
「これって、魔道具で動いていたのかな。近くに魔術師はいないし。でも、動いているときも魔力は感じなかったんだよね…」
トールたちも部屋に入ってきて、巨人がいた辺りを調べている。
「なんにも残っちゃいねぇ。いったい、どうなってるんだ」
黒球の爆発音と閃光に気づいたのか、奥へと続く通路からやってくる人影が見えた。
「カイルたちか」
トールが声を掛ける。
「そうだ、カイルだ」
「街道で会ったトールだ。巨人のいた部屋にいる。巨人は倒したから大丈夫だ」
通路から4人の男が姿を見せた。負傷者はいないようだ。
「あの巨人を倒したのか。すごいな。武器も魔法もまるっきり効かなかったぞ。どうやって倒したんだ。それに倒した巨人はどこだ」
「ああ、どうやって倒したかは聞かねえでくれ。巨人は倒したらきれいさっぱり跡形もなく消えちまった」
「パーティーの秘密って訳か。良く倒せたもんだ」
「あんたたちも無事で良かった。ギルドが心配してたぞ。俺たちは捜索の依頼を受けてやって来たんだ」
「そいつは済まなかったな。助かったよ。手も足も出ず、必死の思いで逃げた通路が奥につながる通路で帰れなくなっちまったんだ。水も食料も一日分しか持ってこなかったので、早く来てくれて助かった。感謝するぜ」
「ところで、奥の通路の先はどうなってるんだ」
「もうひとつ同じような部屋がある。そこで行き止まりのようだ」
「調べたのか?」
「通路から覗いただけだ。中には入れねぇ。真ん中に、巨人と似たような奴が立って居るんだ。大きさは小さくて、人間くらいだがな。通路から見た限りでは、遺物らしきものは何もねぇ。まぁ、その立って居る奴が遺物ってことなんだろうぜ」
「ねぇ、あたしたちも見に行こうよ。部屋に入らなければ動かないんだよね」
「おそらくな。しかし、今言った通り、そいつ以外は何もない。他に続く通路もない。調べたくとも、部屋に入ればおそらくそいつが動き出して攻撃してくる。どうにも出来ん。ギルドに報告して新発見の報奨金でも貰えれば御の字だ。助けてもらった礼はするので一緒に戻ろうぜ」
「僕たちも奥の部屋を見てから帰ることにします」
「そうだな、ここまで来たんだ。奥まで行ってみるか」
「そうか、それじゃあ好きにするといい。くれぐれも部屋には入るなよ。サイズは小さいが、きっと巨人より手強いぞ。俺たちと入れ替わりであんたたちが行方不明になったりしたら、洒落にならんからな。調査は帝国にまかせたほうがいい」
「帰る前にひとつだけ教えてくれ」
「なんだ」
「巨人は魔法を使ったか?」
「いや、魔法どころか武器も使わん。殴りかかるだけだった」
「そんな相手に、なぜ逃げられなかったんだ」
「意外に動きが速くてな、最初の折衝で入り口側の通路の前に陣取られちまったのさ」
カイルたちは町に帰って行った。負傷者もいなかったので彼らだけで帰るに任せ、僕たちは奥の部屋を見に行こうということになった。
奥へと続く通路は短く、すぐに奥の部屋に着いた。中に入らず、入り口からのぞき込む。巨人のいた部屋と違って、行き止まりの部屋だ。カイルは何もないと言ったが、奥に直方体の台がひとつ。そしてその台の前にそいつは立っていた。
大きさは普通のヒトくらい。巨人と同じように目鼻口はなくのっぺらぼうである。しかし、体型は腰の部分が少しくびれていて、女性に見えなくもない。巨人同様にじっと立って居て動かない。おそらくこいつにも魔法は効かないのだろう。通路の壁と同じように単分子の剣も通じないに違いない。
「ミスター、巨人に使った手であいつを倒せるか。あの机だか台だか分からんが、気になるじゃねえか。奴を倒して調べてみようぜ」
「分かりました。あいつ自体も調べたいですが、倒すと消滅しそうだし、あの台だけでも調べますか」
巨人をあっさり倒したことで、そのときの僕は慢心していた。
「それじゃ、倒します」
僕は再び黒球を前面に浮遊させ、部屋に踏み込み、そいつに向かって行った。
案の定、そいつは動きだした。巨人と違い、立ったままで右腕を上げて僕に向けた。腕の先端は丸くなっていて、掌も指もない。棒のようだ。その先端が槍のように変形して僕に向かって伸びてきた。しかし、相手の攻撃よりも黒球が先に命中する。こいつなら頭どころか胸まで消滅するだろう。
黒球が相手に命中した…しかし、黒球は接触と同時に消滅してしまった。思わぬ自体に驚愕し、僕の動きが止まった。
こいつ、僕と同じような能力があるのか
槍のように尖ったやつの腕が伸びてくる。障壁で防げるか…そう思った時、障壁が消えていることに気がついた。
まずい、テレポートで逃げる…
テレポートは発動しなかった。もう間に合わない。せめて致命傷は避けようとした時、僕は横から突き飛ばされた。床に転がった僕は、あわてて身体を起こし、僕が立って居た場所を振り返った。
僕の目に、胸を貫かれたアリサの姿が映った。
★★ 144話は5月14日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




