140 魔術師、心を躍らす
「ねえ、ねえ、ドラゴンの湯の町って、前はいかがわしい所だったって聞いたけど」
ノアが聞いてきた。
馬で街道を進んでいるが、日差しの強いときはエマを除く女性陣は馬車に乗っている。御者はゴードだ。ノアやソア、それにアリサも日差しに耐えられない訳じゃあない。ノアもソアも冒険者だし、アリサはメイドだが暗殺者としての訓練を受けている。しかし、避けられる苦労は避けるのも冒険者だ。馬車があるなら使わない手はない。僕とトール、それにエマは、馬に乗りながらそれぞれ一頭のから馬を引いている。馬車に乗っている3人の馬だ。ときどき引いている馬に乗り換えることで馬の疲労を軽減し、途中の休憩を最小限にして路を急いでいた。
ノアの質問にトールが答えた。
「ああ、前はガースの町って呼ばれ、悪名が高かったようだな。俺も名前だけは知っていた。冒険者の男たちには人気があったようだがな。それが温泉の町になっていたとは知らなかった」
「まったく、冒険者にろくな男はいませんね。あ、ミスターは別です」
「まあ、そういうなソア。いつも命がけじゃあ身が持たん。たまには羽目をはずしたくなるさ」
「それにしたって、そこで働いている…いえ、働かされている女たちのことを思えば」
「そのときの町の治安部隊はなにをしてたのよ」
「治安部隊はいなかったんだ、ノア」
「どうして、町だったら」
「ガースの町ってのは、そう呼ばれていただけで、町じゃあない。もしかしたら村でさえなかったかもしれん」
「町でも村でもなかったら何だってのよ」
「ガースという男が仕切っていた、ただの宿屋だ。それと冒険者向けの店が数軒だけ。ガースの配下と女たちだけが住民だ。まぁ、どこかの貴族の領地のはずだが、金になるので領主は黙認していたんだろうな。女たちからの上がりの他に、通行人からは法外の通行料をとっていたとかいうぞ」
「そのガースとやらのいかがわしい宿がドラゴンに消し飛ばされたってわけね。いい気味じゃん」
「そうだな。その焼け跡に温泉が出たのでドラゴンの湯の町ってわけだ。ドラゴンがってのは眉唾だと思うけどな」
「黙認してた領主はどうなったのよ」
「何も変わらん。阿漕な金が温泉からの上がりという真っ当な金に換わっただけだからな」
「ちゃんとした町か村になればいいのに」
「領主の許可がなけりゃ町や村は作れん。金蔓を領主が手放すわけはない」
「町や村になっても年貢というか、税はとれるでしょ」
「税となれば無茶な割合にはできんからな」
「ええ! 温泉の儲けから無茶な額を領主が取っているわけ」
「そういうことだな」
「温泉で働いている人たちは文句をいわないの」
「ガースという奴が支配してたときに比べればはるかにましってことなんだろうな。どうするかは湯の町の住民が考えることだ。俺たちがどうこうする問題じゃない。面倒なことを考えるんじゃねえぞ、ノア」
「わかっているよ、冒険者は政に口はださないってね」
あー、残念王女のおかげで、すでに政にどっぷりつかってしまっているけどな
まあ、しかし、あれは僕個人の問題で、トールたちは巻き込まれただけとも言えるが…
アルルの村をでてから10日ほど、途中何度か野営もしたが、ようやく目的地が近くなってきたようだ。街道の人通りが多くなってきた。多いといっても路が混雑するというほどではない。もともと街道を行く旅人はそう多くはないのだ。
馬車でゆっくりと進む僕たちを、ときどき行商人やら冒険者風の一団が追い抜いていく。行商人たちは僕たちに無関心だが、冒険者風の男たちは馬車の乗員に興味を引かれるようだ。
商隊が使うような大きな荷車ではなく、幌をかけた小型の馬車だ。おまけにノアがしょっちゅう顔を出して周囲の景色を眺めている。軽鎧ではなくローブを着ているので、口さえ開かなければ、かわいい美少女にしか見えない。一緒にメイド姿のアリサがいるので、どこぞのお嬢様に見えないこともない。ちゃんとした乗車用の馬車ではないので貴族とかには間違われないだろうが、裕福な商人の娘くらいには見えているかも知れない。さしずめ、馬で同行している僕らは護衛だと思われていることだろう。
ノアの退屈が限界を超えたのだろう。僕たちを追い抜いていこうとする冒険者の一団にノアが声を掛けた。
「ねえ、温泉に入りに行くの?」
いきなり声を掛けられたので、少し驚いたようだが、声を掛けたのが美少女とメイドであったせいか、馬の速度を緩めて僕たちと並んで進み始めた。その一団のリーダーらしき男が、僕やエマ、そしてトールを順に見ると、トールに向かって声を掛けた。
「あんたがリーダーのようだな」
「そうだな。こちらから呼び止めちまったのに、すまないが、気にせず先に行ってくれ」
「まあ、そういうな。俺たちも急ぐ旅という程じゃあない。かわいいお嬢ちゃんに声を掛けられて無視なんかできねえからな。ところで、あんたたちは嬢ちゃんたちの護衛なのか」
「いや、俺たちはみんな冒険者で、ドラゴンの湯の町まで行くとこだ」
「そうか、女の冒険者ってのはめずらしいな」
そういいながら、馬上のエマや馬車の中のソアを見る。
「ところで、みんな冒険者だってんなら、その嬢ちゃんとメイドは何なんだ」
「あたしもアリサも冒険者だよー」
「ほんとか、よくギルドが許可したな。近頃はガキまで冒険者にするのか」
「あたしもアリサも大人だよ。どこから見たって、子どもには見えないじゃん」
「いや、そっちのメイドはともかく…」
「消し炭になりたいのかなー。つい先日なんか、ハンターだって」
「あー、ノア。そのくらいにしておけ」
「ほう、嬢ちゃんはノアってのか。で、ハンターが目標か。ま、目標はでけぇにこしたこたぁねぇ。女のハンターはまだいねぇからな。せいぜい頑張るこったな」
「あんたの名前はなんて言うのよ」
「俺か、俺はカイルってんだ。一応リーダーで、剣士だ。そっちの二人がトーマスと、リック。同じく剣士だ。あっちのローブが魔術師のドーソンだ」
「そうか、俺はトール。剣士だ。こっちはミスターで、そっちはエマ。馬車の中にいるのが弓使いのソア、魔術師のノア、それに…」
「ミスター様にお仕えしているアリサと申します」
「やっぱりメイドじゃねぇか」
「アリサも仲間で、ちゃんとした冒険者だよー。で、そっちも温泉が目当てなのかなー」
「おや、俺たちはダンジョンが目当てだ」
「ダンジョンがあるのですか」
唐突に発せられたダンジョンという言葉に思わず反応してしまった。
「ああ、最近見つかったんだ。古代の遺跡らしい。温泉で人が集まり、周囲を探索する冒険者が増えたせいかな。温泉の町からそう遠くない丘で、地下遺跡がみつかってな。ちょっとしたお宝ブームなんだ。もうあらかた遺物は持ち去られちまっていると思うが、まだ完全に探索はされてねぇっていうから、上手くいけばまだ残っているかもしれん」
「遺跡の中には魔物なんかもいて…」
「ああ、周囲の魔物が住み着いてねぐらにしてることもあるようだな」
「奥にはボス部屋があって…」
「なんだ、ボス部屋ってのは。なんていうかは知らんが行き止まりの場所に魔物が住み着いてるってのは良くあるそうだな」
「ボスを倒すと宝箱が出て…」
「出るって…、まあ行き止まりの部屋には遺物が置かれている場合が多いとか聞くな」
「僕もそのダンジョンに行きたくなってきました」
「いまから行っても遺物は残っていねぇぞ」
「待ってれば次の宝箱がポップするんじゃないんですか」
「なんだ、そのポップってのは」
「えと、一定時間で宝箱が出現するとか…」
「おとぎ話じゃねぇんだから、そんな訳あるめぇ」
「じゃぁ、なんでカイルさんたちはダンジョンにいくんですか」
「さっきも言ったが、まだ発見されていない隠し部屋とか通路があるかもしれねぇからな。運良く見つけられれば遺物が手に入るかも知れねぇ。ひとつでも見つければ、それだけで大もうけだ」
「何か、ミスターのお話とカイルさんのお話がかみあっていないような」
「それはね、ソア、ミスターのダンジョンは、おとぎ話の世界のダンジョンなんだよ」
温泉もいいけれど、この世界にもダンジョンがあると聞いて、僕はドラゴンの湯の町に着くのが益々楽しみになった。
★★ 141話は5月8日00時に投稿
外伝を投稿中です
https://ncode.syosetu.com/n3559hz/
王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




