139 魔術師、村を後にする
「ボルグが自ら果たし合いを仕掛けて敗れた。帝都のギルドへの報告書にそう付け加えるくらいしか出来ることはないのう」
ギルマスは僕たちに好意的であったが、ハンターに取りなそうにも伝手がないという。ハンター組合という組織があって、帝都のギルドに属しているのだそうだが、形だけで、ハンター達の総意を代表する組織ではないようだ。ハンターは基本、個人が勝手に活動しているのだ。だから、僕に興味をもったり、敵意をもったりするハンターが出てきても、それを止められる者はいないということだ。
「ボルグをこの村に呼んだ職人組合の長なら、ハンターの有力者と伝手があるのではありませんか」
「あやつが直接ボルグに頼んだわけじゃあない。帝都の有力者に知り合いがいて、その伝手を頼ったようじゃの。商売上の知り合いなので、商売とは無関係のおまえさん達との問題では頼めんじゃろう」
「そうですか。それでは、せめて、報告書にノアのことは書かないでくれませんか。ボルグを倒したのは僕ということにしてもらって…」
「気持ちはわかるが、それはどうじゃろうな。ボルグがノアさんに油断して自滅したということにしたほうがハンターたちの関心を呼ばないと思わんかな」
「そうかも知れませんが、ノアに少しでも危険がおよぶのは避けたいので」
「お前さんが倒したとなれば、間違いなくハンターたちの関心を引くぞ」
「いよいよとなれば、帝国の皇女様に助けを請いますから」
「皇帝の威光が通じる相手とも思えんがの。まあ良い。報告書ではお前さんが一人で倒したことにしておこう」
「奴が油断して自滅したってことも書いといてくださいな」
「承知した」
「ところで、俺たちはすぐに村を離れてもいいのかな」
トールが口をはさんだ。
「帝都のギルドに報告書が受理されるまで待ってくれ。報告は魔道具で伝えるのでそう時間はとらせまい」
通常、町となれば治安関係は帝国軍の治安部隊が携わる。ここは並の町よりも大きいけれど、なぜか町にはならず村のままなので、思案部隊は駐留していない。治安の責任は村のギルドが担当している。ギルマスが僕たちを合法と認めている以上、帝都のギルドも追認するしかないはずだ。
「もう少しなんとかなると思っていたんだがな」
「あんなものでしょう。良かったのはボルグの依頼主の職人組合の長が敵対的じゃあなかったってことでしょう」
「ボルグが長の言葉尻を捉えて飛竜、じっさいは氷竜だったわけだが、その討伐を断ったからだろう。飛竜サイズじゃなかったら喜んで討伐を引き受けたんじゃないかな」
「僕たちには、そのほうが有り難かったですけどね」
「とんだ寄り道になってしまったが、どうやら温泉の町に向かえそうだな」
「馬か馬車を都合しようと寄っただけだったんですけどね」
「そうだよな。もともとミスターの体力が完全ではなかったのが始まりだったわけだ。もうどうでも良くなっちまったがな」
「いや、ボルグのおかげでボロボロですよ」
そういって肩の傷を押さえた。出血は止まっているが、痛みは治まっていない。はやくソアに会って回復させてもらいたい。
「それはともかく、ノアが気に掛かります。奴を倒した時はなんでもなかったんですけどね…宿泊所では落ち込んでいるかんじでしたね。前の時程じゃなさそうなのが救いですが」
「冒険者を引退して一緒に暮らそうってミスターが言えば、すぐにもとにもどると思うんだがな」
「話をむしかえさないでくださいよ。真剣に考えてはいますから」
宿泊所戻ると、すでに皆が戻っていた。ソアは僕をみると椅子に座るように言い、上着を脱がせ、肩の傷に回復魔法を掛けた。
「一人で勝手な行動をとらないでください。わたしたちをを無視しないで」
僕は反論できず、黙って治療を受けた。
ノアは？
部屋の隅でエマがノアに付いていた。僕とトールが出かける前に比べると大部ましになっているようだ。何をはなしているのだろう…
「そうよね」
「そうだ、ノアのおかげだ。わたしからも感謝するぞ」
「あたしのおかげでミスターが助かったのよね」
「そうだ、ノアが気がついて助けに行ったおかげだ。ボルグは戦闘狂だ。山賊や盗賊よりもたちが悪い。気に病むことなど欠片もないぞ」
「そうよね」
「そうだ。奴なんぞ討伐して当然だ。賞金をもらってもいいくらいだぞ」
エマが無茶を言っている。ボルグは討伐対象の魔物か。他のみんなもエマの無茶ぶりは分かっているようだが、何も言わず、エマに任せている。
人は聞きたい言葉を聞く。エマの言うことを聞いてノアも気持ちを持ち直してきている。もとに戻ってしまわないように、別のことに意識をむけさせよう。
「寄り道だったが、ノアのおかげで、ようやく温泉につかりにいけそうだな」
僕の言葉に、ノアは顔を上げた。
「そう、温泉だよ。温泉に行こうとしてたんじゃん。こんな村、用はすんだんだからさっさと温泉の町に行こうよ」
トールが答える。
「そうだな、みんなで温泉に行こうか。すぐにギルドの許可もでる。そしたら出発だ」
その後は、みんな温泉のことしか話題にしなかった。もともと温泉の町に行こうと言い出したのはノアだ。温泉の話題にノアは夢中になっている。このままボルグのことは忘れて欲しいもんだ。
それから数日。温泉の話題が尽きてしまいかけたころ、ギルマスから報告書が受理されたとの伝言が伝えられた。僕たちはすぐに村を出ることにした。僕の体力も十分に回復していたが、トールは馬と馬車を調達してきた。
「温泉の町にできるだけ早く着きたいからな。時間を掛けると、余計なことを考える暇ができちまうからな」
トールが僕に小声で話しかけてきた。僕も小声で返事をした。
「そうですね。良い考えです」
出発は早朝だったが、ギルマスとマークが村の入り口で待っていて、僕たちを見送ってくれた。ギルマスと手を振るマークに見送られ、一路、温泉の町に向かって旅を再開した。
★★ 140話は5月6日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ～魔術師は魔法が使えない 外伝
