138 魔術師、気持ちが揺れる
「おかえりなさいませ、マスター。それとノア様」
宿泊所にいたのはアリサ一人であった。
「お二人ともご無事で…」
そう言いかけてアリサは僕の肩の傷に気がついた。
「マスター、肩が…」
「ああ、大丈夫だ。浅い傷だ。ソアに治療してもらうよ」
「相手はボルグでしょうか。なぜお一人で…。まさかノア様と二人で」
「説明は後だ。こんな夜にトールたちみんなはどこに…」
「皆様はマスターを探しに出ております。トール様はギルドかと」
「いったいどうして…」
「マスターがギルドに行くとおっしゃられてからしばらくして、ノア様が出て行かれました。皆様はそれに気がつかれまして…」
「こっそり出たつもりだったのに…」
「マスターを探しに出たのだろうと思っていたのですが、なかなか戻らないので心配になったのです。全員で探しに出ることとなり、わたくしは行き違いでマスターが戻られたときのために、ここに一人で残っていました」
「それは済まなかったな。事情を説明するので、すまんが皆を探して戻るように伝えてくれないかな」
「かしこまりました」
一礼をしてアリサが宿泊所を出て行くのと入れ違いに、エマとトールが戻ってきた。
「おおっ、戻っていたのか。ミスター。ノアも一緒だな。ギルドでボルグの居場所を尋ねたことを聞いて、心配してたところだ。奴に会ったのか」
「心配をかけて、すみませんでした」
「それで…相手をしたのか」
僕は黙って頷いた。
「なんだって一人で闘おうなんて思ったんだ。無茶もいいところだ」
「ええ。無茶でした」
「それで、どうなった。無事に戻ってきたんだ、奴を倒したのか」
「…ええ」
「すげぇな、ハンターだぞ」
「僕じゃありませんよ、僕はやられる寸前でした」
「じゃぁ…まさかノアか」
信じられないという顔でトールがノアを見た。
「ボルグはノアが倒しました」
「いったいどんな魔法を使ったんだ」
「魔法じゃないよ、ミスターがくれた棍棒の見えない剣で…」
どんなもんだとばかりに胸を張って答えると思ったのだが、ノアは小さな声で下を向いたまま答えた。
運が良かったとは言えボルグを仕留めたこと、何よりもノアが無事だったことに安堵し、ノアの気持ちを考えていなかった…
以前に盗賊の少女を自分の手で殺したこと、その少女に思いを寄せていた少年も目の前で魔法で殺したこと。その出来事の後のノアの落ち込み様を忘れていた…
ノア自身もさっきまでは気持ちが高ぶっていたのに違いない。平常心に戻っていたわけじゃあなかったんだ。気持ちが落ち着いた今、ボルグを殺したことがノアのトラウマを呼び起こしてしまったのだろう。なんてことだ、僕はまたノアに人を殺させてしまったわけだ。前も、そして今回も僕を救おうと思ってノアは…
「奴は今どこに」
「町の外、街道を少し外れた丘の上にころがっています」
「放っておくわけにはいかんな」
「ええ、ギルマスに報告して上手く取り繕ってもらうつもりです」
「それなら早い方がいいな。まだギルドにいるはずだ。早速行こうじゃないか。ノアも一緒に…」
ノアの様子がいつもと違うことにトールも気がついたようだ。
「あー、すまんなエマ。ノアは疲れているようなので、俺たちがギルマスと話してくる間、ここでノアと一緒に待っていてくれ」
「いいぞ、わたしが付いている」
ノアの様子に、エマもトールの言わんとすることを察したようだ。
エマにノアを託して、僕はトールと一緒にギルドに向かった。
宿泊所をでてほどなく、ギルドの灯りが見えてきたとき、トールが話しかけてきた。
「そろそろ冒険者を止めてノアと暮らす気にはならんか、ミスター」
「…」
「冒険者を続けていれば、どうしても命のやりとりが起こる。ノアに何時まで続けさせるんだ」
「冒険者を辞めても、王都の組織はほっといてはくれないでしょうし、それ以外でも…」
「そうだな…ノアもミスターも王国の第三王女のおかげで少し名を売りすぎた」
「ノアのことは真面目に考えていますよ。もう少し時間をください」
「そうだな、ソアやアリサ、エマ、それに王女や皇女…。考えてみりゃ、とんでもないな、ミスターは…」
「残念王女に皇女様は別ですよ。僕は利用されただけですから」
「確かにそうだが、公式にはミスターの奥方様だからな、あの二人は」
「形だけですよ、形だけ…」
トールの話で、クレアのことを思い出してしまった
クレアのためなら全てを捨ててもいいと思った気持ちは今も変わらない…
ノアと一緒にクレアと暮らすのも悪くない
形だけとはいえ、僕の妻だからな
貴族であるクレアが僕を拒むことはないだろう
駄目だ…
100年にも満たない寿命で老化もする僕では
ノアとは人生を共に出来ないと思っていたはずじゃないか
ソアやクレアとだって同じだ
不老不死は無理でも、寿命を延ばす魔法でもあれば…
「ついたぞ、ギルドだ。ギルマスに話すのはミスターでいいのか」
トールの言葉に、僕の思考は遮られ、当面の問題に引き戻された。
「ええ、僕から話します。ハンターたちと敵対しないようにしないと…」
僕たちは扉を開け、受付に向かった。
★★ 139話は5月4日00時に投稿
外伝を投稿中です
https://ncode.syosetu.com/n3559hz/
王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




