137 魔術師、死の影を見る
ボルグと対峙しながら右手の先にプラズマを封入した盾を作り出す。盾によるカウンター攻撃の奇襲はもう奴にバレている。これは見えない剣を隠すための偽装だ。砕けて柄だけになった剣を捨てて盾に持ち替えたと思うだろう。しかし、見えない剣はもちろん捨てていない。盾は右手の先の空中に浮かべているのだ。盾を身体の前に構え、左手の短剣を奴に向ける。次にボルグが魔法を撃ってきたら、そのまま盾を前にして接近し、見えない剣を振るうつもりだ。こちらの手段が遠距離攻撃で隙をつくってから攻撃するしかないと思っている裏をかく作戦だ。
しかし、裏をかかれたのは僕の方だった。僕が動く前に、目の前のボルグが消えた。消えたことを認識したときには、奴がスライディングするような形で僕の足下にいた。まさか魔法のフェイントもなく、いきなり時を止めて接近してくるとは思わなかった。僕の作戦を先取りされてしまった。
僕の周りを囲うブラックホール球は、足下と頭上に隙がある。ボルグはそこをついて防御をかいくぐってきた。しかし、それはこちらも承知の上だ。足下と頭上からしか接近できないことは織り込み済み。奴の下からの攻撃に負けない速さで盾を移動させる。もう一度プラズマを浴びせてやる…フェイントなしで接近すればこうなることは判っていたはずだ。そう思った時、ふたたびボルグの姿が消え、奴は僕の頭上で周囲のブラックホール球の内側にいた。左手の小剣は既に突き出されている。とっさの判断とは思えない。ここまでが始めからの作戦だったのだ。奴の方が僕よりも1枚上手だったということか。盾はもう間に合わない。必死に身体をひねり、小剣を左肩で受ける。致命傷にはならないだろう。痛みを覚悟して右手の見えない剣での反撃を狙った。
痛みがこない…。小剣は僕の障壁で止まっている。ボルグの突きが障壁を突破することは最初の攻撃で判っている。つまり、小剣の突きは全力ではない、フェイントだった。それが判ったとき、奴の右手の長剣が僕の首筋めがけて振り下ろされていた。
いくら回復魔法があっても、首を落とされては即死だ。ソアでは蘇生はできない。死に神の鎌のようにせまるボルグの剣がスローモーションのように見える。死が頭をよぎったとき、世界が輝きに包まれた。
こんどは女神様にでも会えるのかな…
もういちど元の世界に転生してもらえないかな…
もう一度ノアに会いたい…
僕は大きく吹き飛ばされて、仰向けに倒れていた。あわてて周囲を見ると、同じようにボルグも吹き飛ばされ10mほど離れた位置にいた。ボルグの視線は僕に向けられていない。その視線の先、100m以上は離れているだろうか、丘の上に少女がいた。女神様ではない。ノアだ。
マイクロブラックホール球は、ノアの魔法で爆発消滅していた。中身を超ミニサイズのブラックホールにしておいて幸いだった。そうでなければこの辺りが全て消滅する程のエネルギーが解放されていたところだ。
ノアの魔法が僕とボルグを吹き飛ばし、僕は命を救われた。すぐに立ち上がって見えない剣を構えたとき、ボルグの姿が消えた。
まずい、なんの備えもない。
しかし、奴が出現したのは丘の上、ノアの目の前だった。熱感知でそれを知ったとき、頭の中が真っ白になった。ノアがやられる…。何も考えずに奴の後ろにテレポートし、見えない剣を振り下ろした。
ノアが仰向けに倒れている。ボルグは小剣をノアに向かって突きだしたまま、固まっている。僕の一閃が奴の長剣を持つ右腕を切り飛ばしていたが、致命傷にはならない。ノアが死ぬ…殺されてしまう…
ボルグが横に倒れていく。背中に身体の半分ほどの赤い筋が横に浮き出てきた。ノアは顔面蒼白になりながら、棍棒を前につきだしていた。見えない剣を仕込んだ棍棒だ。ノアの初見殺しがボルグを仕留めた。奴はただの棍棒と油断したのだろう。間合いを間違った。奴との闘いで、まだ見えない剣の攻撃をしていなかったのは幸運だった。見えない剣の存在を知られていたら、ノアに不用意に接近することはなかったに違いない。ノアに突きを入れようと踏み込んだとき、棍棒の先から飛び出ていた見えない剣に胸を貫かれたのだ。もちろん、それだけでは致命傷どころか、ボルグは痛みすら感じなかったに違いない。なにしろ単分子の太さの剣だ。そのまま攻撃を続けていればノアの命はなかった。ボルグの命を奪ったのは、奴自身だ。単分子の剣で刺されたとき、奴は何か危険を察知したのかも知れない。それがノアの棍棒だったのか、後ろからの僕の斬撃だったのか、いまでは知るよしもない。ふたたび時を止めたのか、あるいは単に跳んだのか、危険をさけるために横に移動したのだろう。それが命取りになった。そのまま真後ろに跳べば、見えない剣はまっすぐに抜けて、胸を貫かれたことすら気がつかずに終わったろう。しかし、横に動いてしまった。胸に刺さった単分子の剣によりボルグは自らの動きで胸の半分を切断され、命を絶たれたのだ。何にやられたのか、知らずに死んだに違いない。
状況を把握すると、全身の力が抜け、その場に座り込んだ。いまだに固まって棍棒をつきだしたままのノアに声を掛けた。
「無事で良かった…」
ノアが固まったまま返事をした。声が震えている。無理もない、ボルグに殺され掛けたのだ。
「ミスターこそ…」
「またノアの魔法に助けられたな」
「やられちゃうと思って思わず…」
「奴がノアに向かって行ったときは、血の気が引いたぞ」
「いきなり目の前に現れて…」
「棍棒をあらかじめ構えていたのはお手柄だったな」
ようやく身体が動かせるようになったのか、見えない剣を引っ込め、手から棍棒をはなすと、座っている僕に抱きついて来た。
「来て良かった、ほんとうに良かった」
「どうして来たんだ。良く場所が判ったな」
「遅くなっても戻って来ないから、心配になって内緒で出てきたんだよ。ギルドに向かっていたら、村の外で何度か閃光が見えたので、そっちに向かったの。丘の上に昇ったらミスターとボルグが見えたの。ミスターがピンチだったので、思わず魔法を…」
「おかげで助かった…」
「間に合って良かった…」
ノアの腕に力がこもる。
「痛!痛いからちょっと放してくれ」
ボルグにやられた肩の傷が痛んだ。
「痛いのは生きてる証拠だよ、良かったじゃん」
そういってますます強く抱きついて来た。
生きている証拠か…
間違いないな…
心地よい痛みだ…
そんなはずがあるか!
痛いものは痛いんだよ
「痛いから止めろ、ノア」
そう言って必死に引きはがした。
「これどうする」
ようやく落ち着いたノアが、いつもの調子に戻った。
「これって?」
「ボルグ…」
血の海に横たわるボルグの死体を見る。
「消滅させて知らない振りをするか…」
「バレちゃうよ、きっと」
「そうだな…こいつと揉めていたのは大勢が知っているからな。ヘタに隠蔽して他のハンターにバレたら大変だ。ギルマスに正直に言ってなんとかしてもらうしかないな。ギルマスなら上手く取りはからってくれそうな気がする」
「とりあえず宿泊所に戻って、ソアに肩の傷をなおしてもらおうよ」
「そうだな、痛くてかなわん。まあ生きてる証拠だけどな」
「ちょっと待って」
そう言うと、ノアは手放した棍棒を拾って来た。
「ミスターに貰ったこれのおかげだね。あたしの命の恩人だよ」
横たわるボルグを残し、僕はノアと一緒に宿泊所にテレポートした。
★★ 138話は4月30日00時に投稿
外伝を投稿中です
https://ncode.syosetu.com/n3559hz/
王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




