136 魔術師、窮する
上空高い位置にテレポートして、光の槍や針の雨を降らすのはどうだろうか。ブラックホール球と一緒にテレポート出来ないので、出現した瞬間が障壁だけの防御になってしまうが…
問題は時を止めた状態での奴の移動能力だ。通常の縮地並の速度で移動できるのは間違いないところだが、空間内の移動はどうなのだろう。時が止まった状態でも重力は存在しているのだろうか。もしも時が止まった空間でボルグが自由に移動できるとすれば上空にいても意味はない。それどころか奴の攻撃にさらされることになる。
試して見るしかない。時が停止した空間で自由に動けるという前提で、逆に罠をしかけることにしよう。ブラックホール球は使えないが、見えない剣は使える。攻撃してくる奴の剣を切断できるかもしれない。
奴がどちらから攻撃してくるか…
さっきの魔法攻撃は背後からだった
斬撃も背後から来る可能性が強いだろう
二枚目の障壁を消去し、代わりに背後にアクティブ装甲もどきの盾を出現させる。大きさは僕の背中に隠れて奴からは見えないギリギリにしてある。これで背後からの突きを受けようという訳だ。剣の構えを見れば、奴は右利きだ。右からの斬撃は偽装した見えない剣で受けるように構えておく。この構えを見て、奴が突きで来てくれれば御の字である。
「どうした、こないのか」
ボルグの挑発の言葉に、意を決して行動に移した。奴の後方上空20mほどの位置にテレポートした。出現と同時に左手でレールガンもどきを3発続けて撃つ。
魔力では感知されないはずだが、僕が攻撃を放つと同時にこちらを見ると、ボルグの姿が消えた。レールガンもどきがボルグの立って居た場所に着弾すると同時に、背後で激しいエネルギー反応が起こり、右肩に激痛を感じた。とっさにブラックホール球で囲まれた元の位置にテレポートで戻る。後方20mほどの位置にボルグが居ることを熱で感知すると、あわててそちらを向いて、剣を構えた。
右肩はどうやらボルグの剣でやられたようだ。アクティブ装甲もどきを貫き、障壁をも貫いたようだが、浅い突き傷で留まってくれた。ボルグを見ると、奴も無事ではなかった。盾を貫いたときに噴出したプラズマで剣を持った右腕に火傷を受けたようだ。おまけにアダマンタイトの剣先も溶けて、先端が丸まっている。僕の傷が浅くて済んだのはそのせいだろう。
僕がテレポートで逃げたのと同様に、奴はプラズマの放流をあびた瞬間に時を止めて逃げたに違いない。そうでなければ腕が消し飛んでいるはずだ。火傷はしているが、軽傷のようだ。剣を振って腕の調子を見ている。
「とんでもない初見殺しだな。まんまとはめられたぜ」
「あんたの縮地ほどじゃぁないさ。20mの高さにいたのに、どうやって背後にまわったんだ。空を飛べるのか」
おそらく、危惧したとおり、時を止めた空間では重力は働かず、奴は自由に動けるに違いない。しかし、そのことには気がついていないかのように答える。
どちらの引き出しが多いのか…
僕に残っている初見殺しは見えない剣だけになった。
奴の能力に、まだ思わぬ応用があれば…
ボルグは先が溶けた剣を見て言った。
「これじゃぁ突きは使えねえな。アダマンタイトの剣だぞ。それが溶けるなんて聞いたことがない」
「そっちこそ、あの盾の反撃を避けるなんてあり得ない」
「うかつに仕掛けられねえことはよく分かった。これならどうだ」
ボルグが剣を上に向けると、その先端に大きな光の球が出現する。大気に大きな電位差が感じられる。雷魔法だ。それもとんでもない威力の。ノアがドラゴンに放った魔法に匹敵する。剣を振り下ろすと光球が僕に向かって放たれた。
奴はまだ僕が纏う障壁の正体を理解していないようだ。熱と違って電撃は通用しないし、着弾時の爆風も通用しない。黙って受けてもいいが、正体をさらす必要はない。ここは
ブラックホール球で対処しよう。
迫ってくる光球の前にブラックホール球を移動させる。光球が鈍く輝く小さな球に衝突すると、触れた部分が消滅しブラックホール球の輝きがます。中心部を吸収された光球はその場で爆発を引き起こす。周囲に何本もの稲妻がはなたれ、閃光を発した。その閃光に紛れて僕はレールガンもどきを撃つ。稲妻の閃光で見えないが、奴のいた辺りで大きな爆発が起こったのは判る。僕は見えない剣を構えて奴の斬撃に備えた。
爆発の土埃が納まらないうちに、背後に大きなエネルギーを感知する。振り向きざま見えない剣を振って、エネルギーの元を切った。奴が背後から放った火球である。閃光と小さな爆発を残し、火球は消滅した。見えない剣の偽装は吹き飛び、傍目には僕の手に剣の柄だけが残されているように見える。
今度も時を止めて僕の攻撃を避け、背後に回ったようだが、剣で攻撃はしてこなかった。さきほどの盾での罠が近接攻撃を思いとどまらせ、魔法攻撃に切り替えたのだろう。作戦が上手くいっている。偽装の鉄剣が吹き飛び、僕の手に柄だけが残っているのを見て奴が言った。
「剣の先を溶かされたお返しが出来たようだな。代わりの武器は持っているのかな」
期せずして、見えない剣の罠の仕込みが出来たようだ
上手く利用しないと…
柄だけの剣を持ち続けるのも変だ
不審をいだかせないように、もう片方の手で腰の短剣を抜いて構える
右手で持ち続ける剣の柄から注意をそらせられるといいのだが…
僕のテレポートと障壁、奴の時を止める力。僕にとっても奴にとっても、うかつに接近戦に持ち込むのは危険だし、遠距離攻撃では決定打にならない。遠距離攻撃で隙を作り、一撃で決めるしかない。奴も同じ考えなのだろう。
ボルグの方も、先が溶けた剣では突きが出来ないと思ったのか、左手で小剣を取り出し、突きの構えをとった。
二刀流もいけるのか、奴は…
剣の技量や反射神経、体術など身体能力では奴に到底かなわない。僕が勝つには初見殺しの奇襲しかないのだが…。このまま闘いが長引けば、僕の不利はあきらかだ。打つ手がなくなってくる。
★★ 137話は4月28日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




