135 魔術師、ボルグと闘う
「ここらでいいか」
村の入り口から街道に出てすこし進み、街道から外れた草原に僕たちはいた。10mほど離れたところに立つボルグが声を掛けた。
すっかり陽が落ちて、月と星が輝き、数少ない村の灯りが遠くに見える。10m先のボルグの姿も人が立っていると判る程度だ。きっと江戸の昔の夜はこんな感じだったのだろう。月や星が見えない闇夜であれば、全くの闇だ。鼻をつままれても判らないとはこのことだろうと実感された。
意図したものではないが、この状況は有利かも知れない。僕は熱感知ができるので、細かな動作までは判らないが、ボルグの位置ははっきりと判る。一方、ボルグに僕の位置は感知出来ないはずだ。
「驚いたな、感知出来ないほど魔力が少ないのか。こんな奴は初めてだ」
そう言うと、ボルグは光球をひとつ作り出すと、空中に浮かべた。それほど強い光ではないが、この闇において周囲を照らすには十分な灯りだ。そういえばボルグは魔法も一流だといっていたな。闘いながら灯りの魔法を維持するのも造作ないということか。
「夜目でも効くのかな、貴様は。しかし、これで夜目が効いても意味はないな」
僕は黙って、マイクロブラックホール球を作り出した。ピンポン球くらいの小さめの球だ。小さいかわりに数を多くして僕の周囲に衛星のように周回させた。重力を遮断する障壁で囲ったマイクロブラックホールは周囲のものを引き寄せないが、障壁内に入ってくる空気は吸収する。空気分子が吸い込まれる際に発するエネルギーの一部が光となって外に出てくるため、ブラックホール球は少し輝いて見える。
「魔力がないのに…。何か俺の知らない力を持っているようだな」
時が止まっている時に、奴がマイクロブラックホール球に触れたらどうなるのだろう…。結果は判らないが、何もしないよりはましだ。
「そろそろ始めてもいいかな」
そう言って、ボルグはアダマンタイトの剣を抜いて構えた。
「いつでもいいぞ」
僕も偽装した見えない剣を構える。アダマンタイトでも切断できることは実験済みだ。初見殺しになってくれるといいのだがが…
こちらからは仕掛けにくい。周囲に浮かべたブラックホール球はそれほど早く動かせないので、突進したときに無防備になる。その瞬間に時を止められるとまずい。
「仕掛けてはこないのか。それなら…」
そういって奴は身をかがめる。向かってくるのかと思って見に纏った障壁を二重にして備えた。障壁は二重がせいぜいだ。それ以上に張ると、意識の集中が必要となり、他の事への対処が散漫になってしまう。しかしボルグは近づくことなく、足もとの土を手でひとすくいすると、僕に向かって投げつけてきた。
障壁があるので目つぶしにはならない。奴の姿を見失わないように、しっかりと見続ける。僕の顔面に向かってきた土は障壁で止められ、足下に落ちる。ブラックホール球にぶつかった砂粒や小石は吸収されて一瞬だが球はわずかに輝きを増した。
「何かで土を防いでいるな。貴様には全くあたっていねぇ。おまけにその光る球だ。土を吸い取っているじゃぁねえか。ただの灯り魔法だと思ったら大間違いだ」
たったの土ひとつかみで、こちらの障壁と、ブラックホール球の危険性を見破られてしまった。それならテレポートからの攻撃はどうだろう…
ガジンもエンダーも、そしてあの女騎士もテレポートからの奇襲は信じられないような反応速度で防ぎ、反撃してきた。この世界の人間の反射神経、運動神経は大した物だ。ハンターであればもっと優れているはずだ。初見殺しのはずが、こっちにとっての初見殺しになりかねない。ブラックホール球をテレポートで奴にぶつけられればいいのだが、それはできないのだ。理由は不明だがブラックホール球はテレポート出来ない。重力を遮断しているから周囲に影響を与えないだけで、質量がないわけじゃぁない。質量が大きすぎるのか、密度が大きすぎるのか、僕のテレポートの力の限界を超えてしまうせいか、ブラックホール球はテレポートさせられないのだ。
こうなると真っ正直に闘って、見えない剣の初見殺しにかけるしかないかも知れない。まずは遠距離攻撃で様子を見よう。僕は左手で火球を造りだしてボルグに放った。
ボルグは横に飛んで難なく僕の魔法を避ける。しかし、火球はコースを変えてボルグに向かう。魔法と違って僕の火球はコースをコントロールできるのだ。すこし驚いたようだったが、ボルグの剣の一閃が小さな爆発を起こして火球を切り裂いた。爆風で少し飛ばされたボルグをレールガンもどきが襲う。左手で火球を放つ間に、右手ではポケットの銅貨をつかんでレールガンもどきを撃つ準備をしていたのだ。奴が飛び跳ねた方向を見ると同時に、レールガンを撃った。レールガンの速度は火球の比ではない。この世界の人間の反射神経を持ってしても、気がついてからでは避けられるはずがない。
命中する。そう思った時、ボルグの姿が消えた。そして僕の背後で激しいエネルギー反応が生じた。振り返ると、少し離れたところにボルグが立って居た。
「火球程度ではその光る球に打ち消されてしまうようだな」
どうやら僕の後ろから火球を放ってきたようだ。レールガンを飛び跳ねて避けたようには見えなかった。文字通り消えたのだ。奴が一瞬だが時を止めて後ろに回り込んだに違いない。接近せずに魔法で様子を見たのはマイクロブラックホール球を警戒してからに違いない。それがなければ勝負は終わっていたかも知れない。
「今のがあんたの縮地か…」
「人はそう呼んでいるな」
時を止める力だと気づいていないと思わせた方が良いだろう。縮地と思っているかのように言っておいた。今まで僕のテレポートを相手にした敵も、こんな感じだったのだろうか。
何か手を考えないと…
★★ 136話は4月28日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




