134 魔術師、ボルグをたずねる
僕の言葉で話をお終いにして…と言っても結論を先送りにしただけなのは全員が良く判っているのだが、食事を終わりにした。ちなみに、王都の高級店と同じで、会計はギルドカードの提示だけで済む信用払いだった。
1階に降りると、ボルグとその連れはもう席にはいなかった。そのまま店の外へ出ると、ボルグが入り口の横の壁に寄りかかっていた。アリサとエマが後ろに跳んで身構え、トールがノアの前に出て剣の柄に手を掛けた。僕はとっさに障壁を張る。
「そう殺気立つなよ。せっかくの食事の後の気分がだいなしになるじゃないか。ちょいと聞きたいことがあって待っていただけだ」
トールが剣の柄から手を離す。
「何が聞きたい」
「この村にはいつまでいるつもりだ」
「それを聞いてどうする。ここに居たければ居るし、居たくなくなれば出発する」
「そうか…、村を出るときは一言声を掛けてくれると有り難いんだがな」
「あんたに教える義理はねえが、気が向いたら知らせてやるよ」
「そうかい、是非たのむぜ。ギルマスにでも言づてしてくれればいい」
「俺たちが出発するのを知ってどうするんだ」
ボルグはしてやったりという顔をすると、トールに答えた。
「あんたたちに教える義理はねえな、そのときになれば判るさ」
そう言って、僕たちを残して去って行った。
宿泊所にもどり、陽が落ちて薄暗くなった頃、僕は腰を上げた。
「ちょっと、ギルドまで出かけてきます」
ノアが即座に反応する。
「あたしも一緒にいくー」
「ギルマスと話をするだけだし、もうじき暗くなる。僕ひとりでいくよ」
「何を話すのよ」
「アリサの報告以外に、何かボルグについて聞けることがあるかなと思って。そんなに時間は掛からないと思うけど、暗くなったら僕を待たずに先に寝ていてくださいな」
そう言って、僕は宿泊所を出てギルドに向かった。
この世界、テレビやゲーム機、書物などの娯楽は何もない。ましてや、マンガやインターネットはもちろんない。暗くなったらすることはない。灯りだってただじゃぁない。魔術師ならば魔法で灯りをともせるけれど、明るくしてもやることがない。暗くなったら寝て、夜明けとともに起きる。とても健康的な生活だ。非常時や貴族たちの宴を別にすれば、暗くなっても灯りを灯して活動しているのはギルドくらいのものだ。
ギルドにつくと、すぐに受付に向かう。ギルマスに聞くまでもないだろう。
「すまないが知っていたら教えてもらえませんか」
「なんでしょうか」
「ハンターのボルグさんが泊まっているのはどちらでしょうか」
「それでしたら職人組合の長の家と伺っております」
「その長の家はどちらに」
ギルドを出て、僕はボルグが泊まっているという職人組合の長の家に向かった。
村の中央の広場に面した大きな屋敷が職員組合の長の家だという。組合の事務所が隣接している。暗くなっても明かりが灯っているのですぐに判った。その扉の前に立って呼び鈴の紐を数回引く。しばらく待つと、扉が開けられた。
執事でも出てくるのかと思ったが、目の前に立って居るのは冒険者風の男だった。
「こんな遅くに何の用だ」
「ボルグに会いたい。ミスターが来たと伝えてくれ。ドラゴンを討伐した男だと」
目の前の男は、僕の風体を上から下までなめ回すように見ている。
「ちょっと待っていろ」
そう言って扉を閉めた。
中には入れてくれないか…
ドラゴンを倒したといっても信じてはくれなかったようだな
さっきよりも更に長い時間待たされ、ようやく扉が開き、ボルグが現れた。
「失礼したな、さっきの男は長の用心棒みたいなものだ。それで、こんな時間に何の用だ」
「僕たちは2,3日の内にこの村を出る。できれば何事もなく出発したいのだが」
「ハンターの俺を差し置いて冒険者がドラゴンを討伐したんだ。俺の面子は丸つぶれだ。黙っていかせる訳にはいかんな」
「どうしたら面子がたつんだ」
ボルグは何も答えない。
「面子など、どうでも良いのじゃないか。エンダーと同じだ。ただドラゴンを倒した僕と闘ってみたいだけじゃないのか」
「エンダーの奴を知っているのか」
「エンダーは僕が倒した」
「そうか…それじゃあ奴の仇でもあるわけだ。良くエマが一緒にいるな、エンダーの弟子だぞ」
「知っている。いまでは僕の仲間だ」
「魔術師の嬢ちゃんといい、女にモテるんだな…」
「そんなつもりはないんだがな。あんたにはかなわないと、ここで降参するので黙っていかせてもらえないかな」
「嘘をつくな、俺に負けるとは欠片も思ってねえだろう。エンダーは俺の友人だった。俺の方には立派に闘う理由がある訳だ」
「どうしてもか」
「どうしてもだ」
「仕方がない、いますぐ、これから相手になろう」
「いまからか…」
「そうだ、あいつらは僕と一緒に闘おうとするだろうからな。今なら僕ひとりで相手が出来る」
「たいした自信だな。暗くなっちまっているが…いいだろう相手をしてもらおう」
「場所は村の外でいいか」
「その方が遠慮なく闘えるってもんだ」
「僕がさそったんだ、場所はあんたが選んでくれ」
「正直な奴だな。事前に罠でも仕込んだ場所を用意してるのかと思ったが…」
「それも考えた」
「お前が好きになりそうだぜ。ちょいと待ってくれ。用意をしてくる。何、武器を取ってくるだけだ」
そういってボルグは扉を閉めた。
ノアがいると、手を出すなといっても必ず、ここぞというタイミングで遠距離からの魔法を放ってくるだろう。エンダーの時のように。しかし、時を止められてノアに向かわれると、誰もノアを守るために動けない。ノアを危険にさらす訳にはいかない。ボルグは僕ひとりで倒さなければ…
さて、上手くやれるだろうか…
★★ 135話は4月26日00時に投稿
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




