132 魔術師、目をつけられる
宿泊所の部屋で一息ついていると、ギルドからトールが戻ってきた。ドラゴンの素材の買い取りについてギルドマスターと相談するために、ひとりだけギルドに残っていたのだ。
「やっと話がついたぞ」
「ねえ、ねえ、どうなったの」
「ここのギルドで買い取るのはとても無理だそうだ」
「それはそうですね。というか、どこのギルドでも買い取りは無理でしょう」
「だからー、どうなったって聞いてるじゃん」
「帝都でオークションに出すそうだ」
「あれを帝都まで運ぶの、肉なんか腐っちゃわない」
「俺が帰るときには、ギルドに呼ばれた魔術師が何人かで魔法で凍らせていたな」
「ミスターのテレポートなら一瞬なのにね」
「ギルマスに口止めを頼んだのに、自分からおおっぴらにしてどうすんだ、ノア」
「ところでマークにプレゼントする頭部はそうしたのですか」
ソアの疑問にトールが答えた。
「みんながいなくなったあと、ギルマスがマークを呼んで話をしたら、あの小僧、なんて言ったと思う」
ソアをはじめ、誰も何も言わないでいると、トールが続けた。
「全く迷うことなく、買い取ってくださいだとよ。結局、身体と一緒にオークションに出すことになった」
あっさり金に換えてしまうとは…と思ったが、その後のトールの話を聞いてマークを見直した。なんでも売った金は全部世話になっている親方に渡すと言ったとか。職人たちのためになることに使って欲しいそうだ。
「その親方って人は信用出来るの」
「親を亡くしたマークを引き取って面倒を見てたくらいだからな、心配ないんじゃないかな」
トールの言葉に間違いはなく、あとで聞いた事だが、親方はギルドにマークの口座を作ってまとまった金額を預ける一方、残りは木こりたちの生活を改善することに使ったとか。特に、木こりたちの子どもの中から、魔法の才のある者を選んで帝都の魔法学校に入学させ、回復魔法を習得させようとしているそうだ。そして将来は、木こりたちのための診療所で治療にあたらせるつもりだとか。残念ながらマークに魔法の才はなく、親方のもとで木こりの見習いを続けている。
トールの話が終わったところで、みんな揃って食事に出ることにした。ドラゴンの素材の金は当分入ってこないけれど、ギルドに任せておけば間違いはない。手持ちの金で今日は豪勢にいこうじゃないかということになり、村一番の店に行った。
その店は2階部分に10人ほどが一緒に食事ができる部屋がいくつかあって、僕たちはその一つを借りることにした。1階はテーブル席がいくつか、ゆったりとした間隔で置かれていた。いくつかのテーブルでは僕たちよりも先に食事を始めた客が歓談していた。そのなかにボルグがいた。
僕たちが2階に続く階段を昇ろうとしたとき、ボルグが声を掛けて来た。
「氷竜の討伐、小型だったとはいえ、たいしたもんだ。一番の手柄はどいつだい。そこの魔術師のお嬢ちゃんか、氷のエマか、それとも…」
話をしている間も、奴の視線は僕から一時も離れない。
「いいものを見せてくれたな。あれは転移魔法か。使えるのは誰かな…お嬢ちゃんか、それとも…魔術師には見えなかったんだが、そこのあんたじゃないのかな、ええと、名前は…」
トールがボルグを遮る。
「詮索はなしだ、冒険者のしきたりは知っているはずだ。つい最近まで冒険者だったんだよな。忘れはしまい。それともハンター様になると違うというのかな」
おい、おい、トールさん
こいつが短気で攻撃的なことはアリサの報告を聞くまでもなく判ってるだろ
こっちから挑発してどうするんだよ…
ボルグの表情が険しくなった。
「そうだったな、詮索はしない。ただ、ドラゴンを倒した冒険者と、ちょいと手合わせがしてみたいだけさ」
「みんなで倒したんだよー。ひとりでやったんじゃないんだから」
僕の後ろに隠れながらノアが言う。
「そうか、お前たち全員で倒したって言うのか。それなら全員一緒に相手をしないといけないな」
ボルグの挑発にエマが反応した。
「ハンターといえど、わたしたち全員を相手にして勝てると?」
「お前なんかミスターひとりでも大丈夫なんだからー」
あー、ノアさん、僕の名前…
「ほう、ミスターというのか。ひとりでも俺に勝てると…。ドラゴン退治の主役はあんたのようだな」
ボルグが僕を相手に定めたようだ。僕を見る目は、エンダーが闘いの前に僕に向けた目と同じ気がした。
「なんにせよ、今は挨拶だけだ。たとえ金を払っても、ここは冒険者風情が利用できる店じゃあねえが、ドラゴン退治の英雄なら特別だ。ゆっくり食事を楽しむことだな」
そう言ってボルグは元のテーブルに戻っていった。同席している紳士は職人組合の長のようだ。ボルグを帝都から連れてきた男だ。僕たちの方を見ると、軽く会釈をした。
「とりあえず、奴のことは忘れて食事を頼もうぜ。いい加減腹が減った。ゆっくり出来るのは久しぶりだ」
トールに促されて2階の部屋に入った。たしかに冒険者が使うには格式が高すぎる調度品だ。貴族の屋敷にでも案内された気分だ。入り口で出迎えた給仕も、貴族家に使える執事のようであった。
「ソア、すまんが料理はソアが選んでくれ。俺じゃあメニューを見てもさっぱりだ…」
トールが声を潜めてソアに話をしている。
ソアが給仕に何やら指示をすると、給仕は頭を下げ、部屋を出て行った。
貴族のマナーを身につけているのはソアだけだからな。ここはソアにまかせよう。僕たちはボルグのことは忘れて食事を楽しむことにした。
★★ 133話は4月22日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




