13 魔術師、野営をする
盗賊を討伐すると、すぐに薄暗くなってきた。
「野営場所まであと少しだ、日が落ちきる前に着くぞ、いそげ」
トールの指示が飛ぶ。タルト氏に尋ねると、主要な街道には所々に野営場所が設置されているとか。といっても、町のように高い壁で囲われているわけでもなく、道の脇に整地された平坦な場所が用意されているだけだという。
ほどなく野営地に到着した。一応、腰の高さほどの石の壁で囲まれているが、防壁というには貧弱だ。タルト氏に尋ねると、盗賊用ではなく、突進してくる魔物を遮るための壁だそうだ。その手の魔物は突進されなければ、たいして驚異にはならない。もう少し知恵のある魔物や盗賊には無力なので、野営中は見張りが必要になる。
まてよ、魔術師が見張りの時は感知が使えるからいいけれど、見張りが魔術師じゃない時はどうするんだろう。敵の魔術師に接近され、いきなり魔法攻撃を受けたら危険じゃないのか。タルト氏にさらに尋ねると、
「ある程度優秀な魔術師は、寝ていても感知を働かせています。ごく小さい魔物ならばともかく、人が近づけば気がついて目が覚めるそうです」
ノアさん、大活躍だな…
ついでに尋ねておこう。
「昼間の盗賊ですが、女性の盗賊というのは普通なんですか?」
「あぁ、あの少女のことが気になりますか。あまり気になされないことです。いつまでも気になされているとご自分の命にかかわりますぞ」
「それは大丈夫ですよ、もう」
「女性の盗賊は珍しいという程ではありませんが、多くはいません。いたとしても、ほとんどは魔術師ですな。魔術師の場合、どの町に行ってもお金を稼ぐのに困るはずはないですから、生活に困って盗賊になるとは考えられません。一番ありそうなのは、盗賊の身内ですかな。親の命令で仕方なくというところでしょう」
「若い娘だったが、あの場の誰かの娘だったのか…」
「ほらほら、気になさってはいけませんぞ。忘れる事です」
あの娘の家族…
どこかで帰りを待っているのかも知れない。
二度と戻らぬ娘を…
「ミスター、野営の準備だよー!」
ノアが叫んでいる。いつものノアに戻ったようだ。
「今の時期なら寝袋だけで大丈夫だよー。それともテントを張る?テントの中なら誰にも邪魔されず、あたしと好きなことが出来るよー」
間違いない、いつものノアだ…
テントの中で何をするんですか、ノアさん。
「こっち、こっち。馬車の隣がミスターね。あたしがその横に場所をとって、ソアから守ってあげるよー。あたしと馬車ではさまれていればソアも手出しはできないよー。早く寝袋をバッグからだして場所を確保してねー」
すっかりいつものノアのペースである。
良かった…
ところで、ソアさんから守るって…
何か危険があるのでしょうか。
ノアさんからは誰が守ってくれるのでしょう。
不安です。
馬車は広場の中央に止めてあり、僕とノアの反対側ではテイトさんが食事の用意を始めている。タルト氏と二人分だ。護衛の僕たちの食事は自前が原則。寝袋をだすのは後回しにして、入り口ちかくで見張りをしているトールの隣にしゃがんだ。
「器用じゃねえか」
しゃがんだ僕を見て、トールが言った。元の世界でも、西洋人はしゃがむのが苦手だと聞いた。トールたちもそうなのかな。トールは地面に直接座っている。きれいに整地され乾いているので問題なさそうだ。
「食事の用意はどうするのでしょうか、当番制ですか?」
「いつもゴードの役割だ、ゴードの飯は美味いからな。それに手伝おうとするとゴードに追い払われる。あんたはゆっくり休んでいてくれ。あっという間だったが、最初の殺しの経験だ。気疲れしているだろ」
そう言いうと、ノアに向かって
「ノアは遊んでいないで、ソアを手伝え、俺たちの食い物を荷台から下ろしてゴードに渡せ!」
と叫んだ。
「あいつには忙しい方が良さそうだ。余分なことを思い出さなくて済む」
もうすっかり元に戻っているように見えるのだがそうでもないのかな…
つきあいの長いトールの判断だ。
こころに留めておこう。
「遊んでないよー、周辺の感知をして警戒してるんだよー」
ノアさん、僕のバッグから寝袋をだして何をしているんですか。
あ、中にもぐり混まないでください!
僕の寝袋ですよ!
「あたしの匂いをばっちりつけとくねー」
首だけ出して僕を見ている。
あ、ノアさん、後ろでソアさんが拳を固めて振り上げていますよ。
僕が顔をそむけると、ノアの可愛い悲鳴が聞こえた。
トールの言うとおり、ゴードの食事は美味かった。町で最初に食べた飯屋よりも美味い。これなら冒険者をやめても十分稼げそうだ。ノアはパンをほおばっている。
「昨日、ミスターにもらったパンの方がずっと美味しいのになー」
残念、もう買えないのですよ、ノアさん。
「そうそう、ソアったらひどいんだよー。あたしが寝袋に入って逃げられないのをいいことに、たこ殴りにするんだから。これが本当の袋だたきだよねー」
「あなたがいけないのです、ノア」
「何もしてないのにー」
ノアは次のパンをほおばっている。
食事が終わり、一息ついているとゴードが夕食の片付けを始めた。片付けと言っても干し肉にパン以外は、スープを作った位なので簡単だ。空になった鍋を布巾のような布でぬぐい、テーブル代わりに地面に敷いたシートを丸めて終わりだ。スープの椀はそれぞれの所有で自分で片付ける。こちらも洗ったりはしない。やはり布巾でぬぐってしまうだけだ。
片付けながらノアに聞いたのだが、一泊二日の護衛ならばこんなものなのだそうだ。トールが用意してくれたバッグには寝袋の他に、食器やスプーンも入っていたので助かった。長期間の護衛の場合は雇い主が護衛の分も用意するのでかえって楽だとか。
「今日の見張りは、最初が俺とソアだ。夜半になったら交代してくれ、ゴードにノア」
「僕は?」
「今日は特別だ、朝までゆっくり寝てくれ」
そう言うと入り口と馬車の間でたき火の用意を始めた。食事作りのときはゴードが火をつけるのにマッチのようなものを使っていた。ノアの魔法で火をつけるのかと思ったが、ノアの魔力は温存のようだ。パーティーの火力の中心だから、いくらあっても無駄に使うことはない。
このあたりは草原で、薪にできるような木は拾えない。どうするのかと思っていると、テイトさんが馬車の下に潜り込み一束の薪を取り出した。そういえば食事のときも薪を使っていたことを思い出した。トールは受け取ると、器用に薪を組み上げ、枯れ草を中にいれて火をつけた。
「マッチですか」
「ああ、魔術師につけてもらえば簡単だが、魔力の無駄だからな」
一晩中燃やすには薪がたりなさそうなんだがと思っていると、ゴードさんが木の箱を持ってやってきた。野営場所の入り口の脇の壁際に穴が掘られている。そこから掘り出したようだ。トールが受け取り、箱を開けた。中身は石ころサイズの黒い固まりだ。
「石炭…ですか」
「名前は知らんが、燃える石だ。野営場所の壁際にはこの箱がいくつも埋めてある。商人組合が冒険者を雇って定期的に補充してる。商人の護衛の時は自由に使える。まぁ商人の護衛じゃないやつが使ってもばれたりはしない。商人組合もうるさいことは言わん。事実上誰でも自由に使える燃料だな。一箱で朝まで持つ」
燃えている薪の中に石炭をいくつか放り込んだ。
「火が付きにくいのが欠点かな。あまりたくさんいれると薪の火まで消えちまう」
さすがに現代日本の僕の世代では日常生活で石炭を燃やす経験はないが、いちおうの知識はあったので、そうですねとうなずいておいた。
野営地では夜寝るのも朝起きるのも早い。夜の移動は危険だから、暗くなったらすぐに寝て、翌朝明るくなったらすぐに出発し行程を稼ぐのが常道だ。最初の見張り役のソアがやってきてたき火の前に座る。僕はさっさと寝ることにしよう。気が緩んだせいか、疲労を感じる。寝袋はさっきノアが出してしまったので、自分でださなくてすんだ。疲れているので結果オーライだ。
ノアが先回りしてまた僕の寝袋に潜ってるんじゃないかと心配だったが杞憂だった。隣の新品の特大寝袋から顔だけ出してこっちを見ている。
「ミスター、一緒に寝ようよー」
ああ、一緒に寝るぞ。それぞれ自分の寝袋でな。
自分の寝袋に入ると、顔は出しているのにノアの匂いがする。さっきこいつが潜っていたからなと思い、横を向いてノアの顔を見る。
僕やノア、ソアの鎧は簡易なものだ。トールたちのも兵士がつけている鎧ほどではない。野営では護衛は全員着替えずに寝袋に入る。盗賊や魔物に襲われたとき、いちいち着替えてはいられないので当然だ。フルプレートの鎧でも着てれば別だが、冒険者でそんな奴はいない。
「ミスター、こっちに来てー」
「いくら特大でも鎧つけたまま二人はきついぞ」
「ミスターがくれば、あたしは脱いじゃうから入れるよー。ミスターも脱いじゃえば超快適だよー」
いや、それは盗賊に襲われるより危険ですから…
返事をせずに寝たふりをする。
「あー、嘘寝はいけないんだー…痛い!」
ノアの頭に黒くて小さな石が当たった。石炭である。たき火の方を見ると、石炭を持ったソアが2投目の準備に入っている。弓使いさんは投擲も得意のようだ。
「あー、あたしはもう寝てるんだよー」
ノアも寝たふりを始めた。
ノアは間もなく本当に寝てしまったが、僕は初めて人を殺したこと、それにノアがとどめをさした盗賊の少女のことが頭から離れず、いつまでも寝られなかった。ようやく眠くなってきたころ、見張りの交代時間になったのか、ソアがやってきてノアを起こす。
「ノア、おきてください。交代の時間です」
ノアは無言で寝袋から出ると、杖を手にしてトールの座るたき火の所に向かった。ノアと交代でトールが立ち上がるとゴードがすでに起きてきていて、トールの位置に座った。トールの寝袋は、たき火の近くの壁にそった位置にある。
「後は頼むぞ」
と言い残し、寝袋に潜った。
ソアは自分のバッグから寝袋を出している。そういえば、ソアはまだ寝る位置を決めていなかった。どこで寝るのかと思ったら、ノアの寝袋をどかして僕の隣に寝袋を広げている。それに気づいたノアが、石炭を手にして投げつけてきたが投擲は得意じゃないのか、全然当たらない。
僕の顔に当たりそうです、ノアさん。
ソアはノアに手を振りながら、僕の寝袋と重なるんじゃないかというくらい近くに寄せて自分の寝袋を広げ、身体をいれた。ノアは何か叫ぼうとしたが、考え直してその場に座ると手に持っていた石炭をたき火の中に放り込んだ。
ソアさん、近い!
顔が近すぎます!
ノアとは異なるソアさんの匂い。
ほどなく、ソアさんの寝息がしてきた。
ソアもノアも寝付きが良かったことに感謝です…
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「どうだった、心の闇をかくして陽気にふるまうという、あたしの名演!」
こっちに向けている手のひらに、ちょろっと炎が見えてるんですが…
褒めなかったりすると、その炎、どこに行くんですか。
ノア:「次はあたしの見せ場かなー」
いや、もう一話だけ日常が続きます。
主人公がタルト氏からいろいろと話を聞きます。
ドラゴンなんて話題も…
ノア:「しょうがないなー。もう一回だけ待てばいいのね」




