124 魔術師、アリサを待つ(承前)
ボーマンが一歩二歩と進んで来ます。近づくにつれて殺気はますます強くなってきました。心の中ではすぐにでも逃げなければと思っているのですが、脚が動きません。動かせないのです。逃げようとすれば、その瞬間に一閃でやられます。しかし、命まではとられないでしょう。ボルグを調べていた理由をわたくしから聞き出すために…。
拘束され、尋問されれば、マスターのことを知られてしまいます。もちろん、わたくしが命惜しさにマスターのことを話すことなどありえません。たとえ拷問されたとしても。
しかし、これほどの相手です。わたくしの意思など無関係に情報を引き出す手段を持っているに違いありません。そうすればボーマンもマスターに興味を持ってしまうかも知れません。ボルグはともかく、このボーマンはマスターといえどもかなわない相手です。そんなことは絶対に避けなければなりません。
このままではいけません。拘束される前に、自分の意思で身動きができるうちに、自分の身の始末をつけなければ…
これ以上近くに寄られたら命を絶つ機会さえ失ってしまいます。覚悟を決めて、メイド服に隠したダガーに手をそっと伸ばします。
「ボーマン様、何をなさっているのですか」
わたくしの後ろから声が掛けられました。その人物はわたくしの横を通り過ぎてボーマンの前に立ちます。しかし、ボーマンは隙を見せません。相変わらず動けないでいると、その人物が言いました。
「こんなお嬢さんに殺気を向けるなんて、あなたらしくありませんね」
「これはこれはマルガリータ様。帝都にいらしてたのですか」
「昨日帝都につきました。今日はあなたにご挨拶と思ってやって来たのです」
「わざわざ恐縮ですな」
「それで、これはいったい何事なのでしょうか」
「そいつが俺の屋敷の周りで何やら企んでいたのでな。それに…そいつはお嬢さんというには物騒すぎる相手だ。この俺の威圧にも負けずに立っているくらいだからな」
「それにしても…」
「何、ちょっと訳を聞かせてもらおうと思っているだけだ」
「殺気なしで話は出来ないのですか。このお嬢さんは私のちょっとした知り合いなのですから」
知り合い?
顔に見覚えはありませんが…
「マルガリータ様に暗殺者の知り合いがいるとは…」
「元暗殺者です。いまはただの冒険者ですよ。そうですね、アリサ」
わたくしに向けた最後の言葉は、それまでよりも低く太い声で発せられました。
この声は…
聞き覚えがあります
「あなたの主は無事回復されましたか」
そうです、間違いありません
マスターの治療をお願いした回復術師です
公爵様の配下である事以外は名前も素顔も知らされませんでしたが…
帝都で出会うなんて…
「おかげさまで、マルガリータ様」
ふいに殺気が消えると、ボーマンが言った。
「マルガリータ様、是非、我が屋敷においでください。茶など用意させて頂きます」
「喜んで」
「そこのアリサとやらも一緒に来るが良い。ボルグについて話してやっても良いぞ」
ダガーに伸ばした手をもどすと、再度カーテシーの形を取り、答えました。
「是非、お願いいたします」
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「ドラゴンの討伐だが、ボルグに手伝ってもらうことはできないだろうか」
あらためてギルドを訪れて、ギルドマスターに話を持ちかけてた。ボルグの姿はない。
「無理だろうな。お前たちとの最初の出会いがよくなかったからの。お前たちでなければ、職人組合の長を通じて頼めばなんとかなったかもしれんが…」
「そうか、残念だ」
「お前たちだけでは討伐できないか…」
「そんなことはない。ただ…ひとりの犠牲者もだしたくない。万に一つの危険もおかしたくない」
「あの嬢ちゃんか…確かに、あの魔力量ならどうしたってドラゴンに真っ先に狙われるじゃろうからな」
「ボルグが無理なら、あんたはどうだ、雷鳴のダレルさんよ」
「もう老いぼれだ、今のわしでは足手まといになるだけじゃ」
しばしの沈黙の後、トールが言った。
「ならば一つ頼み事がある。俺たちが討伐に出かけるときは、森に誰も入れないようにしてくれ。それと森に被害が出ても文句を言わないことだ」
「貴重な木の群落が被害を受けるのは困るぞ…それと、村にドラゴンがやってくるのも…」
「心配するな。万一逃げるときは村や伐採地の方とは反対の方向に逃げることにする」
逃げるときはミスターのテレポートだ
ドラゴンの前から消えるだけ
逃げた後、ドラゴンがどっちに向かうかはドラゴンしだいだ
しかし、そんなことは言えない
伐採地や村の方向とは反対の場所にテレポートするようミスターには言っておこう
これなら嘘にはならん…
「すまんな。よろしく頼む。それでいつ出かけるんだ」
「明日、もうひとりの仲間が戻る予定だ。何も問題がなければ明後日には出かける」
「そうか、それでは明後日は森は立ち入り禁止と触れを出しておこう」
残念だがボルグの助けもギルマスの助けもなしだ。一匹はミスターが仕留めてくれるだろう。あいつはまだ俺の知らない未知の力を隠しているような気がする。出し惜しみして俺たち…いや、ノアを危険にさらすようなことはあるまい。
問題は、どうやってミスターが一匹を始末する間、もう一匹を引きつけておくかだ。ドラゴンのブレスはゴードの盾でも防げんだろう。明日までに何か上手い手を考えないと…
★★ 125話は4月6日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




