122 魔術師、意地をはる
「いったい何があったんだ、ミスター」
「どうしたのですか」
「なによ、これー」
「主殿、いったい…」
「…」
「おいらは…」
宿泊所にもどると同時に、いっせいに疑問を浴びせかけられた。
「飛竜じゃあない…」
「飛竜じゃなけりゃ何なんだ。どう見たって」
「ドラゴンだ、おそらく氷竜…」
「ドラゴンって、大きさが…」
「ああ、大きさだけみれば飛竜と同じだが、まちがいなくドラゴンだ」
僕はみんなに説明した。飛竜では飛べないほどの高い空の上で襲われたこと。以前と同じように、空の高いところで対処しようとしたら低温が効かなかったこと、そして飛竜よりも尾が長いことを…。
「それで慌ててみんなの所に戻ったんだ。飛竜のつもりでブレスを受けたらやられてしまう。すぐに集まってくれて良かったよ」
「ミスターの声が尋常じゃあなかったからな」
「ええ、そうですね。マークが近くにいて良かったです」
「でも、ドラゴンにしてはちっこくない」
ノアの疑問に僕は答えた。もちろん、こうして無事に戻ってきて推理できることだ。あのときは直感で行動した。
「ドラゴンだって繁殖する。つまり幼生のドラゴンだっているはずだ。成長して大きくなるんだ。おそらくこれまで人里に現れて目撃されたドラゴンはどれも成体なんだろう」
「幼体って、赤ちゃんってこと」
「人間で言えばそうだな」
「だって番の2匹じゃないの」
「ああ、巣は確認したので番に間違いない」
「じゃ、大人じゃん」
「おそらく、繁殖できるくらいには育った若いドラゴンなんだろう」
「何か手はあるか、ミスター」
「一匹ならなんとかなります。ただ…2匹同時に相手をするのは…」
「ちっこいからブレスだって飛竜程度じゃないかな、それなら…」
「たらればでゴードやお前の命を掛けるわけにはいかん」
「じゃぁ、ボルグって奴にやってもらったら、ハンターなんでしょ」
「あいつに頼むのか…俺は…いや、それが最善かな…」
トールがギルドに報告しに行くという。実際に間近で見た僕もついていった方がいいだろう。ボルグがいたら…仕方がない、トールと一緒に頭をさげるか。
ギルドの入り口の脇にボルグが寄りかかっている。出発の時と同じ場所だ。
まさか、ずっとそこで待ってたんじゃ…
そんなことを思っていたら、トールが何のためらいもなく単刀直入に聞いた。
「なんだ、俺たちの帰りをずっと待っていてくれたのか」
「そんな訳があるか。たまたまだ。それより、やけに早く戻ってきたな。まぁ、飛竜ごときに手間はかからんが」
「ちがうよー、飛竜じゃ…」
「ノア!黙ってろ!期待に応えられなくて残念だが、討伐はまだ済んじゃあいない。緊急に報告することがあって戻ってきたんだ」
そう言ってトールはギルドに入って行く。僕たちも黙って後に続いた。
「早いな、もう飛竜を討伐したのか」
部屋に入るなり、ギルドマスターが話しかけてきた。トールが口を開こうとしたそのとき、ハンターのボルグが部屋の扉を開けた。
「よう、雷鳴の。緊急の報告とやらを俺も聞かせてもらっていいかな」
ギルドマスターがトールに問う。
「どうじゃな」
「ああ、かまわんよ。どうせ後で話すつもりだった」
トールの返事を聞くと、ボルグは初めて会ったときと同じ椅子に腰を下ろした。
「それで、報告というのは」
「ああ、深刻な事態だ。俺たちは飛竜の巣を見つけた。まだ卵はなかった」
「おお、巣を見つけたのか。お手柄だ。それで飛竜はどうした」
「実際に巣を見たのはミスターだ。報告をたのむ」
トールが話を僕に振ってきた。
「僕が偵察に出たのですが、巣に飛竜はいなかったので、周囲を探索しながら皆のもとに戻ろうとして、その途中で襲われました」
「それで逃げ帰ったという訳か、たいした冒険者だ」
ボルグが口をはさんだ。
「飛竜なら問題はなかったのですけど…」
「じゃぁ、何が問題だっていうんだ」
「飛竜じゃなかった」
「飛竜じゃなけれりゃあ何だったんだ」
「ドラゴン、おそらく氷竜です。一匹とは闘ったから間違いありません」
「いいかげんなことを言うな。逃げ帰った木こりが飛竜だと証言してるんだぞ。大きさからしてドラゴンと飛竜を間違えるはずがない」
「確かに大きさこそ飛竜と同じくらいでしたが、あれは間違いなくドラゴンでした。僕はドラゴンとも闘ったことがある。死にかけましたけど。あれは間違いなくドラゴンです」
トールが付け加える。
「ドラゴンだって生まれたときからでかいわけじゃあねえ。成体に成り立ての若いドラゴンってこともあるだろうよ」
すこしの間を置いて、ギルドマスターが判断を下した。
「わかった。信じるとしよう。依頼は取り消しだ。あらためてドラゴン討伐の依頼を出し直すことにしよう」
「その依頼は、そこのハンター様への指名依頼になるのかな」
トールの言葉を聞いてギルマスがボルグの方を見る。
「そいつらの尻ぬぐいはごめんだな。だいたい飛竜じゃあねえって話もあやしいもんだ。それに、そんな小型のドラゴンならそいつらでも十分だろうさ。なにしろ、雷鳴の、あんたが一目を置くほどの魔術師の嬢ちゃんに、氷のエマまでいるんだ。おまけに、そこのそいつはドラゴンと闘ったことがあるって言うじゃあねえか。俺が出るまでもねえだろう」
ギルドマスターは困ったという顔をすると、こちらを向いて言った。
「どうじゃ、お前さんたちは引き受けてくれるか」
少し間を置いてトールが答えた。
「失敗したときのペナルティがなしでいいなら…」
「了解した。ペナルティはなしだ」
「報酬も割り増しで頼むぞ」
「それも了解だ。他に希望はあるか。必要なものはギルドが用意するので言ってくれ」
「当てにさせてもらうよ。準備ができたら、あらためて出かけることにする。必要なものがあれば出発前に連絡する」
僕とトールはギルドを後にした。ボルグはギルドマスターに引き留められ、部屋にそのまま残った。
「ボルグの奴にまかせる算段だったが…先手を取られちまったな」
「それどころか、僕たちが引き受ける羽目に…」
「あいつの言い方が…すまんな、勝手に決めて」
「いや、僕にも意地ってものはあります。でも、ノアたちになんて言うか…」
「まぁ失敗しても罰なしは言質をとったからな。万一の時は、ミスター、すまんが頼むぞ」
「そうですね、万一の時は逃げの一手で」
宿泊所に戻ってトールが説明するとソアとノアが声を揃えて…いや、声は揃っていないが同時に叫んだ。
「なんで引き受けてくるのよ!」
「やったー、ドラゴン戦だ!」
★★ 123話は4月2日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




