121 魔術師、逃げ帰る
翌朝、僕たちは準備をしてギルドに顔を出した。例の子どもはもうギルドにやって来ていて、待ちくたびれたと言わんばかりの態度で僕たちを出迎えた。
「おはよう、ソア姉ちゃん」
「はやいですね。ところであなたのことはなんと呼べばいいのでしょう」
「おいらはマークっていうんだ」
「それではマーク、今日はよろしく頼みますよ」
マークは斧を背負い、両の腰には鉈と短剣を下げていた。10歳の子どもには大きすぎる斧だが、それでも大人の使う斧よりも小さい。
「おう、坊主、その斧で木を切り倒すのか」
トールが笑いながら聞く。
「まだ木を切り倒すのは親方がやらせてくれねぇんだ。こいつは倒した木の枝を払うためだ。もうちょっと背が伸びりゃ、おいらだって…」
「その短剣も木こりの道具なのですか」
「どこの世界に、短剣で木を切り倒す木こりがいるってんだ。こいつは魔物と闘うためさ。親父が飛竜と出くわした辺りにゃ鎧狼やフォレストベアがいるんだ」
「安心しろ、俺たちがいれば狼や熊なんかどうってことはない」
「万一ってことがあらぁ、そんときはおいらが守ってやるからな、ソア姉ちゃん」
ソアが笑いながら答えた。
「頼りにしてますよ、マーク」
マークと一緒にギルドの外に出ると、入り口の脇にボルグが立っていた。
「ハンター様がお見送りしてくださるのかな」
トールが話しかける。
「なに、飛竜退治のお手並みが気になってね」
「ついてくる気か」
「まさか、ギルドで待っているよ。飛竜ごとき、見物する価値はない」
「そうかい、好きにするさ。ゴード、馬を6頭借りておいてくれ」
「…」
ゴードが広場の厩舎に向かう。
「6頭って…おいらの馬は」
「なんだ、坊主もひとりで乗れるのか」
「マーク、あなたはわたしと一緒です」
「おいらだってひとりで馬くらい乗れるよ」
「そういうな、馬もただでは借りられねぇからな」
「そういうことなら仕方が無い。ソア姉ちゃんと一緒でいいや」
トールが上手いことマークを丸め込む。万一を考えると、ひとりで馬に乗せるのは不安だ。
広場まで歩いて行くと、ゴードが待っていた。その横には6頭の馬がつながれていて、小柄な男がついていた。
「無事に戻してくだせえよ」
心配そうに見送る男を後にして、マークを一緒に載せたソアを先頭にして、アルルの村から森を目指した。
しばらくして貴重な木の伐採場所にやって来た。10人ほどの冒険者が警戒する中、木こりたちが木を伐っている。マークを連れた僕たちを見ると声を掛けてきた。
「あんたたちも護衛を引き受けてやって来たのか」
「いや、俺たちは別口だ。飛竜の討伐さ」
飛竜と聞いて、冒険者たちがざわついた。
「飛竜は2匹いるって話だぞ、たったそれだけの人数でやれるのか。おまけに2人はガキじゃねぇか」
「ガキはひとりだけよ。飛竜くらいあたしの魔法でちょいなんだからー」
「おう、そいつは大したもんだな、嬢ちゃん。しっかり頼むぜ」
冒険者がみんなで笑い出した。
あー、ノアさん、落ち着いて…
こんなとこで魔法を撃たないでね…
「ここから先は、すぐに道がなくなるんだ。馬はここにおいて、あとは歩きじゃないといけないよ」
マークの言葉に僕たちは、馬を木こりたちに預け、徒歩で森に分け入った。途中ではぐれの鎧狼を何度か見かけたが、群れからはぐれた狼は警戒心が強く、集団でいる僕たちに近づいてはこない。マークの話によると、狼の群れは昼間は隠れて出てこないという。このあたりまで飛竜の狩り場になっているためだろう。飛竜は夜は狩りをしない。フォレストベアには一度、出くわしたが、あっという間にトールとエマが切り伏せた。それを見てマークが驚いていた。
2時間ほど歩いたところでマークの表情が真剣になってきた。
「そろそろだ。親父たちが飛竜と出くわしたのは、このもうすこし先なんだ」
大きな木の下で、空からの視界が遮られている場所で、みんなを集めると、トールは僕に言った。
「ミスター、すまんが偵察を頼む」
「わかりました」
僕は空が見えるところまでみんなから離れると、基準点を設置して上空にテレポートして、飛竜の飛ぶ高度より高い位置で偵察飛行を始めた。
上空から俯瞰すると、みんながいる位置から1000メートルほど先で森が途切れ、荒れ地が続いている。その先は岩山だ。飛竜が巣を作るには絶好の地形だ。
森が途切れる所まですすむと、荒れ地に巣のようなものをひとつ発見した。あたりに飛竜は見当たらず、まだ卵もないようだ。2匹とも狩りに出ているのだろうか。巣の発見を報告するためにみんなのいるところまで帰ることにした。
ノアたちの待っている場所が見えてきたとき、事件は起こった。
それは、僕が飛ぶ高度より上から襲ってきた。後ろに気配を感じた瞬間、大きな爪でがっちりと身体を捕まれた。捕まれた僕の横をもう一匹が、ノアたちが隠れる大木に向かって急降下していく。
ばかな…
飛竜がこんな高度で飛ぶはずがない…
そう思いつつ、とりあえず僕をつかんだ奴を始末しようと、成層圏までそいつを連れてテレポートした。低温で動きを止めたところで、単分子の剣で首を落とす…
そのつもりだったのだが、そいつは動きを止めない。僕をつかむ力がますます強くなり、大きく開けた口が僕に迫って来た。
こ、こいつは飛竜じゃぁない
大きさこそ飛竜なみだが…
ほんもののドラゴンじゃないか
炎竜?
いや、氷竜?
ノアたちがまずい!
僕はこいつを残して、ノアたちのもとにテレポートで逃げ帰った。
すでにノアの感知でそいつが上空から襲ってくることを察知したのだろう。ゴードが大盾を取り出し、準備をしていた。そいつより、わずかに早く戻った僕は叫んだ。
「集まれ!テレポートで逃げる!」
事情は分からなかったと思うが、僕の叫びに尋常ではないものを感じ取ったのか、全員が問い返すこともなく一瞬で僕のところに集まった。マークもソアが抱えている。
そいつが僕たちの目の前でホバリングをして、口を開けたとき、僕は全員を連れてギルドの宿舎にテレポートした。
★★ 122話は3月30日00時に投稿
外伝を投稿中です
https://ncode.syosetu.com/n3559hz/
王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




