114 魔術師、寄り道をする
翌日アリサが戻ってきた。町を離れることはギルドを通じて治安部隊の了解も取ってあるので、すぐに出発をした。トールが隣町までの護衛依頼を見つけてきたが、護衛の最中に万一刺客に襲われたりしたら本末転倒。依頼主に迷惑をかける。ソアに指摘されてトールは護衛依頼を諦めた。
「皇帝からせしめた資金もかなりあるので、今のところ路銀に困ってはいません。のんびりいきましょう」
「ねぇ、ねぇ、この町なんかどうかな」
出発前に買った帝国の地図を見て、ノアが目を輝かせながら言った。
「温泉があるみたい」
「温泉は山の中とか、行くのが大変だぞ」
「でも、この町は街道沿いにあるみたいだよ」
トールがノアが手にする地図をのぞき込んだ。
「なんだ、このドラゴンの湯の街ってのは」
「最近出来たみたいだね。以前はガースの町って呼ばれてたみたい」
ガースの町と聞いて、エマが話に割り込んできた。
「ろくな町ではありません。悪党が仕切っていて、遊郭しかない町です」
「それなら大丈夫みたいよ。最近、ドラゴンにギャングたちが町ごと焼き払われたみたいだから。その後に温泉が湧いたので、ドラゴンの湯なんだって。今は温泉でにぎわう真っ当な町だって書いてある」
最近になって、帝国のあちこちで耳にするドラゴンの噂を思い出して嫌な予感がしたが、温泉と聞いてすぐに忘れてしまった。なにしろ温泉である。この世界に来て、ゆっくりと湯につかる風呂に入ったことがない。温泉ならたっぷりの湯につかれるかもしれない。
「温泉なら行ってみたいな」
僕の言葉を聞いて、ソアも賛同する。
「怪我は治ったとは言え、ミスターの体力はまだ万全ではありません。温泉でゆっくりとするのも良いかもしれません」
「よし、それじゃぁ温泉の町に行くとするか」
反対する者はなく、僕たちはドラゴンの湯の街を目指すことにした。
ゾンベルグの町を出て30分ほどたった。まだ陽は高く、平坦な街道は歩きやすい。しかしノアが騒ぎ出した。
「くたびれたー!どっかに馬とかないのー」
おかしい
いくらノアでも、冒険者がこの位で音を上げる訳はないのだが…
幼いターニャと遊びすぎてお子様気分になってしまったのか…
しかたがない、ここは僕が悪者になってやるか
「僕も少々つらいですね。回復魔法では怪我は治っても出血した血は元にもどりませんから、体力が持たないようです」
「そうですね、無理はいけません。どこかで馬か馬車を手に入れましょう」
ソアがトールに言った。
「のんびり歩いてって言ったのは誰だよ。はじめから馬か馬車で来ていれば…。まぁ、今更言ってもしかたがねぇ。ノア、地図を見てくれ。近くに村でもないか。馬か馬車を売ってもらおう」
「この先の分かれ道を左に行くと村があるね、アルルという村みたい。村と言ってもゾンベルグに近い割と大きな村だし、馬か馬車くらい売ってもらえるんじゃないかな」
「よし、それじゃあ、そこに行ってみることにしようや」
すぐに街道の分かれ道に着き、僕たちは街道から外れてアルルに向かう。ノアの我が儘にも困ったものだと思っていたら、ノアが僕に顔を向けた。
「少しは楽が出来るね、ミスター」
ああ、すまん、ノア
誤解していたよ
くたびれてなんかいなかったんだな
ノアの方が先に悪者になってくれたって訳だ
正直なところ、音を上げるほどではないにせよ
日向を歩くのは思いの外つらくて参っていたところだった
「すまんな、気を遣わせて」
「あたしが歩きくたびれただけだからー」
くたびれたと言っていたのに、ノアは村の方に走り出してトールを追い越していった。
ほどなく村の入り口が見えてきた。村というが、ウェルナーさん一家の済むソリトの町よりも大きそうだ。入り口に兵士が立っている。治安部隊だろうか。トールよりも先を歩いていたノアが話をしている。ノアが何やら文句を言っているところに、僕たちは追いついた。
「責任者はだれですか、子どもでは話ができません」
トールが兵士の前に出た。
「すまんな、俺がリーダーだ」
「誰が子どもなのよ!」
「ああ、こいつはノアと言って、もう成人しているんだ」
「そうなんですか、どう見ても…」
確かに14歳といっても通用しそうだからな、ノアは
「どう見ても大人じゃん!」
「ちょい黙っててくれ」
そう言うと、トールは兵士に用件を伝えて村に入る許可をもらった。
「村に入ってすぐ広場があるが、そこに厩舎がある。ゾンデルの町との定期便の馬車を出している商会だ。予備の馬を譲ってもらえるかもしれんから、話をしてみるといい。上手くいけば使い古しの馬車も売ってもらえるかもしれんぞ」
僕たちは門番の兵士に礼を言って、広場まで進んだ。屋台こそないが、広場には鍛冶屋や日用品を扱う店があって、村と言うよりも町と言った方がいいくらいだ。人も多い。
厩舎と言っていたが、馬小屋のようなものは見当たらず、馬車が何台か止まっているところに大きな建物があった。兵士の言う商会なのだろう。
「馬か馬車を譲ってもらえないか聞いてくる。みんなはギルドにでも行って待っててくれ」
商会の隣はギルドの建物になっていた。これまでの村ではほとんど村長がギルドマスターを兼ねていて、村長の自宅がギルドになっていたが、この村はちゃんとギルドの建物があった。
僕たちがギルドの建物に入ると、中には大勢の冒険者がいて、いっせいに僕たちの方に目が向けられた。みんな男だ。帝国でも女性の冒険者は希らしい。そこに4人も女性が入って行ったのだ。目立たない訳がない。おまけにアリサはいつものメイド服だ。いくら大きい村でもメイドを使うような貴族や大商人はいないだろうから一層目立つこと間違いない。さっそく声を掛けようと一人の冒険者が近寄ってきたが、ノアたちに続いて僕とゴードが入っていくと立ち止まり、もとの席に戻っていった。僕はともかく、ゴードの迫力に気後れしたのだろう。僕とソアはそのまま受付に向かい、ゴードはノアたちと空いているテーブルに座った。空いているテーブルはなかったのだが、ゴードが近づいていくと、なぜか席を立って、別のテーブルに移っていったのだ。
ゴードはいつも通り無言だ
脅してどかした訳じゃない
僕たちの人徳かな…
この村のギルドには、町とおなじようにちゃんと職員がいる。おおくのギルドの受付は美人なのだが、ここも例外ではないようだ。受付の美人さんにギルドカードを示し、旅の途中で立ち寄っただけであることを説明し、念のため泊まるところがあるか尋ねた。
美人さんによると、街道から外れた村なので宿屋というものはないそうだが、冒険者のための宿泊所ならギルドが用意しているという。食事も風呂もなく、ただ寝ることしかできないが無料だという。部屋はいつも空きがあるようで予約などは必要がないそうだ。
それにしては昼間から大勢の冒険者がギルドに集まっているので、その理由を尋ねると、村長が魔物退治の依頼をギルドに出して、周辺から集まってきているのだという。依頼の詳細は掲示を見てくれと言い、依頼が張り出されている壁の方を指さした。
僕たちは温泉の町を目指しているところだ。路銀にも困っていない。報酬目当てで依頼を受ける必要も無いので、掲示は見ないでゴードたちのいるテーブルに向かった。
テーブルに行くと、アリサが律儀に僕の椅子を確保していて着席を促す。その席の両隣が空いていて、ソアが右に座った。左にアリサが座るのかと思っていたら、掲示の前の人混みからノアが抜け出てきて座った。アリサは座っている僕の後ろに立ったままだ。
あれ、もうこのテーブルに空いている椅子がないな
「別のテーブルから空いている椅子を借りてこよう」
そう言って立ち上がろうとする。
「必要ありません。マスターの体力が万全に戻るまで護衛が必要かと」
「でも…」
周りのテーブルを見渡すと、他のテーブルでも空いている椅子はないようだ。立ったままの冒険者もちらほらと見える。
「すまないな、アリサ」
アリサに感謝を伝え、浮かせ掛けた腰を下ろした。
「鎧狼の群れの討伐の依頼で冒険者があつまっているんだね。なかなか報酬が魅力的だったよ。引き受けたりしない?」
「今はミスターの体力回復が優先です。お金にも困っていませんし、依頼を受ける理由はありませんよ、ノア」
「えー、つまんないー」
そこにトールがギルドに入ってきて、僕たちを見つけるとゴードの隣に立った。ゴードが席を譲ろうと立ち上がり掛けたが、トールに止められて、また席に着いた。
「馬と馬車を譲ってもらったぞ。あまり良い馬じゃぁないし、馬車はボロだ。おまけに相場の倍の値段をふっかけられた。足下を見られたようだが言い値で買った。値切るのは面倒だからな」
まだ陽も高いので、すぐにでも村を出て次の町に向かおうと相談していると、受付の奥から老人が出てきて、僕たちのテーブルに向かって近づいてきた。
「わしはギルドマスターのダレルというものじゃが、お主たちに話がある。すまんが聞いてもらえんじゃろうか」
★★ 115話は3月16日00時に投稿
外伝を投稿中です
https://ncode.syosetu.com/n3559hz/
王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




