112 魔術師、息が出来ない
ちょっとスプラッタかも。ご注意を。
「毒に侵された部分を取り除きます」
「手や足じゃないよ、お腹だよ。大丈夫なの」
「大丈夫じゃありません。普通は死にます」
「そんな…」
「でも、怪我ならば治せます。例え腹部が全て失われても、わたしなら可能です」
「治す前に死んじゃうよ…」
「わたしなら蘇生も可能です。ただし、蘇生の場合は希に後遺症が残ります」
「それは…」
「今回は、死んだとしてもすぐに蘇生の魔法が使えますから、後遺症が残ることはまずないと思います」
僕を無視して話をすすめないでくれ…
ノアの魔法ってことは…
腹部の細菌感染してる部位を全部焼いてしまうってことだよな…
死ぬよ、絶対、痛みだけで死にそうだよ…
「それしかないの」
「それしかありません」
「表面だけじゃなくて、お腹の中まで焼くんだよね…」
「そうです。腹部全部を焼き飛ばしてください」
「それって身体が上下に分かれちゃう…」
「わたしなら治せます。心配せず、どーんとやってください。できれば即死はなしで。即死じゃなければ後遺症無く治せますから。あなたも死なないよう頑張ってくださいね」
どう頑張ればいいんだ
身体が上下に分かれたら即死じゃないのか…
ノアがやる気になったようだ。僕の横にやって来て、手を腹部に向ける。
顔がひきつってますよ、もしかして笑っています?
「お、おちついてやってくれよ、ノア」
「心配しないで、万一蘇生で後遺症が残っても、あたしが一生側についていてあげるから」
まさかノアさん、それ、狙ってないですよね。
「手加減をせず、思い切って焼いてください。毒が回っている部分を残らず」
「どこまでまわっているかなんて判らないよ」
「だから、怪我を受けた部分を中心に多めに。下半身が千切れても大丈夫ですから」
「本当に大丈夫なんだよね」
「もちろんです」
「じゃ、いくよー」
ノアの手に青白い炎の球体が出現する。爆発させず、高熱で消し飛ばすつもりだ。
ちょ、ちょっと待ってノア
ええと、強心剤…アドレナリンか
ああ、構造式をしらないや…
痛み…麻酔だな
モルヒネ…これも構造式は憶えていないや
ちょっと、ノア!
僕は痛みを覚悟して歯を食いしばった。その直後に腹部に熱を感じたかと思ったら激痛が襲ってきた。かろうじて意識を保ち、視線を自分の腹部に移すと、脇腹が半分消滅して燻っている。内臓がどろりとこぼれているが、火の高熱で焼けたせいか、あまり出血はない。薄らぐ意識の中で、魔術師の声が聞こえた。
「だめです。まだ足りません。もっと焼いてください」
ええ!下半身が千切れちゃうよ!
ノアがふたたび魔法を放つ。下半身がベッドの下に落ちるのを見て意識を手放す。僕の名前を呼ぶアリサとエマの声、それにノアの笑い声が聞こえたような気がした。
知っている天井だ…
どうやら、あの世ではないらしい…
痛みはない
おそるおそる視線を下半身に落とす
ちゃんとつながっている
ズボンもちゃんとはいたままだ
視線を上にもどす
ノアとアリサがのぞき込んでいる
「目が覚めたよー」とノア。
「気がつかれましたか、マスター」とアリサ。
「ありがとう、ノアとアリサのおかげだ…心配をかけたな」
「意識を失っていたが、どうなったんだ」
僕の質問にソアが答えてくれた。
僕の見た光景は幻ではなく、2回目のノアの魔法で僕の腹部は炎に焼かれて消滅し、身体は上下に分断されてしまったそうだ。取り乱すノアをエマが引き離し、トールがベッドの下に落ちた僕の下半身をベッドに戻すと、覆面の魔術師がすぐに回復魔法を掛けた。
「さすがは回復の専門家です。見る間に内蔵や骨、そして肉が再生し、腹部が再構築されました」
「そう、すごかったんだよ。こう、腸がうねうねって感じで両方から伸びていってつながっちゃうんだ。あれが今、ミスターのお腹の中に詰まっているのかと思うと、ちょっと…」
ちょっと、何ですか、ノアさん
死にそうな顔をしていたのに、今は…
どうやら、一度死んで蘇生させられたのではなかったようだ。
良かったと思っていると、ノアが急にまじめな顔になって僕に抱きついて来た。それを見てアリサも後ろから抱きついてくる。二人に挟まれて窮屈だと思っていたら、ソアまでがノアとアリサに腕を回して身を寄せてくる。3人とも、元の世界の人間とは比較にならないほど強い力だ。余りに強く抱きしめられて苦しくなってきた。
あ、あの、ちょっと離してもらえませんか…
苦しいんですけど…
せっかく助かったのに…うう、死にそうだ…
息が、息が出来ない…
★★ 113話は3月12日00時に投稿
外伝を投稿中です
https://ncode.syosetu.com/n3559hz/
王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




