111 魔術師、恐怖する
二日が経過した。相変わらずソアの朝夕の回復魔法は受けているが、初日以上の効果は得られない。ノアには黙っているのだが、さらに良くないことに、怪我をした部分が微かに赤黒くなって、傷の痛みとは異なる鈍い痛みを内部に感じるようになった。どうやら細菌感染を起こしているようだ。ソアも判っているのか、回復魔法を掛けている最中の表情が暗い。
この世界に抗生物質はない。構造式でも判れば、錬金術もどきで合成できるのだが、残念な事に僕にその知識は無かった。まだ致命的な敗血症には至っていないが、このままでは時間の問題だ。欠損部位の回復どころか、蘇生すら可能な回復魔法でも、感染症は治せない。細菌感染という知識がないからだ。病原菌の存在すら知られていないと思う。自分で体内の細菌を片端から始末できればいいのだが、病原菌などという大きなくくりでは、対象が特定できないし、そもそも個々の細菌の区別もつかない。超能力を活かすために、物理学や化学は学んだが、生物学は一般教養止まりで、個々の細菌の知識はない。まずいことになった気がする。
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トールやゴード、エマ、それにソアが集まって話をしている。ノアの姿はない。トールが用事をいいつけてギルドに使いに出したのだ。
「ミスターの具合はどうなんだ、ソア」
「良くありません。わたしの魔法で出血は止め、傷の手当てもある程度できています。あとはギルドが依頼した専門家を待つのみなのですが…」
「何か問題か?」
「傷を受けた部分から毒が身体に回りはじめています。ノアの魔法で傷口を焼いたので大丈夫かと楽観していたのですが…」
「命にかかわるのか」
「まだ怪我の部分だけですが、いずれ毒が全身に回るようになります。そうなれば病気と同じで、回復魔法では治せません。最悪の場合…」
扉の外から声がした。
「ただいま戻りました。アリサです」
ゴードが扉を開けると、アリサが立っていて、その後ろにフードを被り、布で顔を隠した人物がいる。
「回復の出来る魔術師を連れて参りました」
そういって、後ろの人物と共に部屋の中に入った。
あやしい出で立ちに、トールが尋ねる。
「何者なんだ、アリサ。この近辺の回復が出来る魔術師はギルドが全て把握していて、全員にあたっているはずだ」
「誰にもしられていません。わたくしの伝手で来てもらいました」
覆面の人物が答える。
「すまないが名前は名乗れない。アリサの言葉を信用してもらうしかない」
「わたくしが保証します。この方にマスターを治療させてください」
声から判断すると、覆面の人物は女のようだ。
アリサはミスターに強い忠誠心を持っている。アリサの言うことを信じたトールは、このあやしい人物をミスターに合わせることにした。他のものたちもトールに同意する。
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ベッドで横になっていると、ソアがトールたちを連れて部屋に入ってきた。どこに行っているのかと思っていたアリサの姿が見える。
「ミスター、治療の出来る魔術師を連れてきた。傷を見せてやってくれ」
上半身の服をたくし上げ、微かに赤黒くなっているなっている患部を見せた。覆面の人物は袖をまくって患部に手を当てた。まくった袖から、アリサと同じようなメイド服の袖が見えた。全身を覆う上着の下は、メイド服なのか…
「アリサが連れてきてくれたのか」
「さようです」
やはりアリサのお仲間のようだ。公爵の組織は帝国にまでおよんでいるのか。王国の真の支配者は、あの公爵なんじゃないかと思ってしまう。
「内部の傷から毒が生じたようですね。まだ全身に回っていませんが、このままでは時間の問題です」
「毒が全身に回ると…」
トールの言葉にかぶせるように、その人物は答える。
「魔法では助けられません」
そのとき、扉の外で何かが割れる音がした。目にもとまらぬ速さでエマが、槍を手にして扉を開けると、青ざめた顔のノアが立っていた。足下に壺が割れた破片が散らばっている。
トールに言われてギルドに行ってくると言っていたので、帰りに何か飲み物を買ってきてくれるように頼んだのだが、飲み物が入っていた壺だったのだろう。
「今朝、何も問題ないって行ってたじゃない、ソア、そうだよね。あたしにだけ内緒にしてたの。なんで、あたしにだけ…」
そういって僕のベッドに駆け寄ろうとしたが、エマに取り押さえられる。
「治療中です、ノア」
「治療って、今、魔法では助けられないって言ってたじゃない!聞こえたんだから」
覆面の人物が言う。
「騒がないでください。まだ手はあります」
「どんな手があるって言うのよ」
「あなたは火の魔法が得意と聞いています」
「それが何の役に立つって言うの」
「病気や毒が回った患者は治せないと言いました。でも、怪我なら治せます。例え致命傷でも…」
「それって…どういう意味?」
おい、まさか…
★★ 112話は3月10日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




