110 魔術師、魔術師を待つ
知っている天井だ…
どうやら宿のベッドに寝かされているらしい。身体をひねって横を向こうとすると、脇腹に痛みが走り、思わずうめき声をあげてしまった。
「良かった…気がついたようですね」
横からソアの声が聞こえてきた。顔だけ横に向けると、ソアが回復魔法を掛けているのだろう、僕の腹部に掌を向けている。
「また助けられたようだ…ずっと回復してくれていたのか」
「現場から回復を掛け続け、宿についても一日中掛け続けでした」
「それは申し訳ない」
「その後は朝晩に30分ほどだけです」
「その後…僕は何日意識を失っていたんだ」
「怪我をしてから今日で3日目です。昨日の朝になっても、あなたの意識が戻らないので昨日はノアが取り乱して大変でした」
「ノアは?」
「あなたの足下で今は寝ています。昨日の朝からあなたの側を離れようとしません」
首を少し上げてベッドの足下を見ると、ノアがベッドに伏せて寝息を立てていた。
「まだ大部痛むのだが、治るまでどのくらいかかる?」
「わたしの回復魔法では、完全には治せません。出血を止め、ある程度傷を修復して持たせています。運が悪ければ傷から毒が回って…。」
この世界では敗血症の知識はなさそうだが、傷が悪化して死に至ることがあることは知られているようだ。
動揺を隠して、ソアに尋ねた。
「それで、どうしたらいい」
「おとなしく寝ていてください。ギルドに頼んで回復に長けた魔術師を手配しています。手配が間に合えば元通りに治ります。傷跡も残りませんよ」
「間に合わないと…」
「後遺症が残るか…最悪…」
「大丈夫だ、アリサが必ず間に合うように連れてくるに決まっている」
頭の上からエマの声がした。ベッドの頭の方にエマがいるらしい。
「エマもずっと着いていたのか」
「気にするな主殿。わたしは時々様子を見に来ているだけだ。わたしがいても出来ることは何もないからな。アリサは魔術師を探して連れてくると言って出かけている」
ソアが顔を寄せ、小声で囁いた。
「ノアほどではありませんが、エマさんもほとんど着きっきりでしたよ」
その声が聞こえたのだろうか、エマが小声で答えた。
「また別の刺客がくるかもしれないからな、護衛をしていただけだ」
「感謝するよ、エマ」
ここでノアが目を覚まして、寝ぼけ眼で僕の方を見た。少しの間、僕を見つめると、僕に抱きついてきた。
「気がついたんだ!良かった!」
「い、痛いから離れてくれ!」
エマが寄ってきてノアを引きはがしてくれた。ノアはエマに羽交い締めにされながらソアに言う。
「助かったんだよね、治ったんだよね、ソア!」
「一応…」
「一応って…」
「全力はつくしています。でも…わたしの力では…」
「それって、どういうこと。治らないの!助かるんだよね!」
「回復に長けた魔術師を手配してもらっているところです。間に合えば問題ありませんよ」
「間に合えばって、間に合わなかったらどうなるの」
エマを振りほどこうとして身体を動かしているノアに、エマが言う。
「大丈夫だ、ノア殿。絶対に間に合うから」
ドアがノックされ、トールとギルマスが部屋に入ってきた。
「魔術師は!」
ノアがトールに叫ぶ。トールの代わりにギルマスが答えた。
「近くの町では見つからず、4つ先の町でしか回復を得意とする魔術師はいなかった」
「それで、その魔術師は今どこ?」
「何とか頼み込んで、馬車でこちらに向かっている最中だが…到着に8日はかかる」
「8日もかかって、大丈夫なの、間に合うの、ソア?」
「8日も先では…」
ノアの表情がかわる。
「なんで8日もかかるのよ!町ごとに馬を換えて飛ばせば2日もあれば…」
「冒険者の治療に、そんな無茶をしてくれる魔術師はいない…」
ギルマスが呻くように言った。
「報酬ならいくらでも出すから」
「よほど困っているのでなければ…」
「駄目って言うの?」
「冒険者が…あれだ、こんな事になるのは珍しいことじゃぁないからな。おまけに王国の冒険者だ」
「あたしが連れてくる!無理にでも馬に乗せて連れてくる!離してよ、エマ」
もがきだすノアだが、エマが離さない。
「そんなことをしたら、俺たちがお尋ね者だ。ここは帝国で、俺たちはよそ者だ。途中の町で治安部隊に捕まる」
「邪魔したらみんな吹き飛ばす!」
「いくらノアでも治安部隊を相手にはできんぞ、たとえ俺たちみんなで行ってもな」
「帝国の軍隊だって相手にしたじゃない」
「ああ、しかし今回は期限付きだ。なんとかできたとしても、間に合わせるのは無理だ…」
「それじゃぁ、それじゃぁ、ミスターが…」
ノアが脱力して下を向き、エマに支えられる。
「なんとかならんのか、ソア」
ソアの代わりに僕が答えた…ノアに聞こえるように。
「大丈夫だ、魔術師が遅れても助からないわけじゃぁない。敗血症にはならないよ、きっと」
「ハイケツショウ?」
僕の声に、ノアは顔を上げて聞き返した。
「傷から毒が回る病気のことだな。運がわるいとなる。でも、近頃の僕は運がいいんだ。少しくらい遅れてもどうってことはないさ、ノア」
「でも、そうならなくても、回復が遅れたら後遺症が残ったりしないの」
「可能性はないとは言えないかな…」
「そうなって冒険者が出来なくなったら、あたしも冒険者をやめる。あたしが面倒を見るから」
おい、トール、変な顔をするな
まさか、そうなることを願ったりしてないよな
トールがギルマスに言う。
「馬車が万一にでも予定より遅れないように、護衛をつけてくれ。途中の町のギルドに依頼してくれ。報酬は十分に出す。俺からの依頼だ」
「わかった、すぐに依頼を出すことにする」
そういってギルマスは部屋を出て行った。
★★ 111話は3月8日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




