105 魔術師、かたをつける
ゾンデルの屋敷の前にやって来た。入り口には兵士が見張りに立っていた。
報告によれば、通じていた兵士と手下の魔術師をつれてゾンデルが地下室に逃げ込んだのを追って治安部隊の兵士が押し入ると、もぬけの殻だったという。その後の捜索で、地下室の石壁の後ろに抜け道が発見され、屋敷の裏庭から100mほど離れた倉庫につながっていることが判明した。3人はそこから逃げたと思われたが、街道の検問には掛かっていないので、近くの森に逃げ込んだと治安部隊は判断したようだ。現在、魔術師を中心に兵士の一団を森の捜索に出しているという。
僕たちは、とりあえず、その抜け道を見せてもらいたいと見張りの兵士に持ちかけた。ギルドの緊急依頼が出ていることもあって、僕たちの希望は問題なく許可された。
地下室の壁のそこかしこで壁が崩され、土がむき出しになっている。その内のひとつでは土の壁の代わりに、先の見えない暗い穴がぽっかりと空いていた。抜け道である。僕たちを案内してきた兵士に尋ねると、出口まで一本道で、何もなかったそうだ。
自分たちでも調べてみたいと言って兵士を帰すと、僕はノアに言った。
「魔力の感知はできないか?」
「治安部隊の魔術師も魔力感知で捜索したんじゃないかな」
「ノアより広範囲の関知はできないだろう、念のためだ」
「感知にかからないよ」
「念のためだ、感知しながら抜け道を進んでみようじゃないか」
僕は小さなプラズマ球を掌の上に出現させ灯りとすると、先頭を切って抜け道に入っていった。ノアとエマが続く。
「そろそろ半分ほどの位置か…」
50mほど進んだ位置で、僕の独り言にノアが反応した。
「反応がある…3人。200m以上離れている」
「ノアじゃなければ感知出来ない距離だな。どこだ?」
「右。ここよりさらに深い位置だね」
ノアの言葉に右を見るが通路の石壁が続いているだけだ。
「どこかに別の通路が隠されているんだな」
僕は剣を抜いて、目の前の壁に突き立てた。偽装の鉄剣が砕け散り、見えない剣が石壁に根元まで刺さった。そのまま引き抜き、石壁に空いた見えないほどの穴に手をかざしたが、何も感じられない。少し離れた位置で、また剣を突き立て、同じ事をする。しばらく繰り返していると、変化があった。
「ここの穴からは微かな空気の流れを感じる。ここの壁の向こうは空洞かも知れん」
そういって見えない剣を何度か大きく振るうと、石壁が崩れ落ち、下に向かって傾斜している新たな通路が発見された。
「この通路もそうだけど、石壁で塞いであって、どうやって出入りするのかな」
「奴は魔術師を連れている。出入りの度に土魔法で、石壁を作り直しているんじゃないかな。薄暗いせいもあるが、周囲の石壁との区別がつかない。かなり優秀な魔術師だな」
「この先まっすぐに3人いるよ」
しばらくすすむと、通路の天井が崩れてふさがっていたが、ノアが魔法で道を開いた。そこから少し進むと、木製の扉があり、僕は自身に障壁を纏うと、扉を開けた。
内部は板張りの部屋になっていて、3人の男が身構えていた。奥の壁には穴が空き、急いで抜け穴を掘っていたようだ。ノアの感知と同時に感知されたことを知り、逃げ道を作ろうとしたのだろう。間に合わないと知って、僕たちと対決する覚悟を決めたようだ。
「ここまで離れた場所なら感知されないと思ったのだがな…」
「すまんな、うちの魔術師は規格外なんだ。なかなかいい部屋だな」
周囲を見渡すと、大きな革袋や木の箱が積み重なっている。食料や水、そしてため込んだ金貨なのだろう。
「セーフルームってとこかな」
「なにそれ?」とノア。
「緊急時の避難所、隠れ場所ってとこかな…」
「何を言っている。お前らのような奴らがいたとは…とんだ誤算だ。死んで貰うしかないな」
ゾンデルの言葉を合図に、相手の魔術師の手が微かに動いた。
次の瞬間、ボクらの頭上の天井が音を立てて崩れ落ちてきた。
「やったか」
そう言ったゾンデルの表情が驚愕のものに変わった。土埃が納まったとき、崩れ落ちた土砂が静止し、僕たちの頭上で浮遊しているのをゾンデルは見た。
「わるいな、ちょっとした手品だ。あんたたちに真似が出来るかな」
重力のコントロールで、僕は彼らの立っている場所の重力を増加させ、ゾンデルたちを床に横たわらせた。
「同じことをしても文句はないよな」
ゾンデルたちの懇願するような表情を無視して、僕は天井に光の槍を放った。
彼らの上に天井が崩れ落ち、岩と土砂で部屋の半分が埋まった。崩れ落ちる音に混じり、微かに彼らの悲鳴が聞こえた。土埃が納まった時、崩れ落ちた土砂と岩の隙間から赤い液体がにじみ出ていた。
「捕まえなくてよかったのか、主殿」
「僕たちを殺そうとしたんだ、正当防衛だよ」
「捕まえるつもりなら、余裕だったよね、ミスター」
「そうかもな…。しかし、捕まえてどうなる」
「帝国でも山賊の仲間は死刑なのかな」
「そうだと思うが…奴が山賊と通じていた証拠が…」
「キーファーの手紙があるじゃん」
「奴が山賊の始末を依頼したってことだけだ、はっきりしているのは。奴が山賊と通じていたというのはキーファーの考えにすぎないからな。裁判になっても、町長の力で無罪になるかもしれん」
「兵隊を呼んでこようか」
「いや、ここはこのまま埋めてしまう。ゾンデルたちはどこかへ逃げ延びて行方不明だ」
「正当防衛なんだから隠す必要はないんじゃない」
「行方不明なら、町長も次の手が打ちにくいだろう。息子が死んだと聞かされたら、逆恨みするかもしれん。僕たちは町を出るからいいけど、ターニャたちはそうもいかないからね。いつまでも息子からの連絡を待って貰おうというわけだ」
「町長はどうにも出来ないの?」
「そもそも町長が息子とぐるだというのも可能性にすぎないからね。もしかしたら真っ当な町長かも知れないじゃないか」
「そうだったねー。ところで、万一、治安部隊が隠し通路を見つけたら…」
「そうだな…」
僕はマイクロブラックホール球を作り出し、目の前の土砂をゾンデルたちの亡骸ごと吸収して消滅させた。
「これでいいかな」
ノアの魔法と僕の力で隠し通路を埋めながら、地下室からの抜け道に戻ると、隠し通路への入り口の石壁を念入りに復元した。
屋敷の入り口に戻って見張りの兵士に言った。
「何も見つからないね…」
★★ 106話は2月26日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




