103 魔術師、証拠を得る
回復魔法のおかげで、僕の火傷は翌朝にはきれいに治って痕一つ残っていない。もちろん痛みもない。すっかり元通りである。ギルドを通じて事件を聞きつけた治安部隊の兵士がキーファーの遺体を回収していった。事情を聞かれたが、キーファーという冒険者に挑戦をされて決闘をしたということだけ話した。決闘の理由を怪しまれたが、正当防衛が認められ特にお咎めはなかった。
「なんで、一人で戦うのよ。あたしやアリサ、それにエマが一緒なら、あんな火傷を負うこともなかったのに。相打ち覚悟の攻撃でもしたの」
「証人になって貰おうと思ったのさ、戦いの前に説明したはずだ」
「結局殺しちゃったんじゃ、証人にはなれないじゃん」
「そうだな…もう少し上手くやれると思ったんだが…」
「結局無駄な戦いだったって訳か。まぁ、ともかく、ミスターが無事で済んで良かったじゃないか。許してやれ、ノア」
トールがノアをなだめている。
「僕と戦ったのはゾンデルの依頼ではないとキーファーは言っていたけれど、奴がこのままターニャを諦めるとは思えないのです」
「ええ、それに仮に諦めたとしても、わたしたちが証拠を握っていると疑っている限り、何らかの手を打ってくるのは確実でしょうね」
「でも、あたしたちが証拠を持ってたら、ターニャを取り返した今、すぐに治安部隊かギルドに訴え出るはずだと考えるのが普通じゃん。訴え出ないのは、あたしたちが証拠を持っていないからだとは考えないのかな、ゾンデルは」
「証拠がなくて訴えることができなくても、俺たちから噂は広がるかもしれん。町長の息子、評議員としては都合が良くないからな、口塞ぎをしたいだろうさ。それとも…悪党の考えることは自分基準だからな。自分ならやるだろうって事を他人もやるだろうって考えちまうんだ」
「どういうこと」
「つまり、俺たちが訴え出ないって事は、証拠をネタに奴を強請るつもりだと考えてるんじゃねぇかな」
「ターニャとは関係なく、わたしたちを狙ってくると言うことですか…」
「そうだな。ま、その方が願ったり叶ったりだがな」
「しかし、上手く立ち回らないと僕たちの方が悪党にされてしまいますね」
そのとき、部屋のドアがノックされた。
皆に緊張感がはしり、扉から離れる。
「ひとりだけ!」とノア。
トールがドアに近づこうとするのを止める。
「僕が出る」
僕ならば障壁がある。不意打ちされても、そう簡単にはやられない。障壁を張り、武器を確認してドア越しに声を掛けた。
「どなたでしょうか」
外から聞こえてきたのは子どもの声だった。
「この宿の下働きです。ミスター様にお言付けを預かっています」
ドアを開けると、少年が手紙のようなものを持っている。
「あなたがミスター様でしょうか」
「そうだが…」
少年は手に持っていた手紙を僕に差し出した。
「これを君に預けたのは?」
「お名前はおっしゃりませんでしたが、槍を持った冒険者風の方でした」
キーファーに違いない。
「ご苦労さん、これは駄賃だよ。ありがとう」
ポケットから銅貨を2枚出して渡すと、少年は嬉しそうに受け取り、頭を下げて帰って行った。
「キーファーからだ。戦いの前に預けておいたに違いない」
僕は手紙を広げて目を通す。
「なんて書いてあるの」
「供述書だな…ゾンデルから山賊の口封じを依頼されたこと。ゾンデルが山賊にターニャの誘拐を依頼したことが書かれている」
「証拠じゃん!」
「勝負の結果にかかわらず、証拠を渡すつもりだったようだな、こいつは…」
トールがキーファーの亡骸に目を落としながらつぶやいた。
「すぐに治安部隊に届けようよ、それで万事解決だよー」
「あわてるな、ノア。アリサの話では僕たちがターニャを取り返した時に、治安部隊の隊長が町長と会っていた。町長が息子を庇うつもりでいたら握りつぶされるぞ」
「治安部隊もぐるだってこと」
「少なくとも隊長がな…」
「そうなると、相手の出方を待つしかありませんね」
「ソアの言うとおりだ。しかし、こちらから手出しはできねぇが、出来ることはある。ソア、すまんが治安部隊の詰め所に行って警備兵を呼んできてくれ」
「供述書を持ち込めないのなら、何をしに行くのですか」
「キーファーの亡骸をそのままにはできねぇからな」
「ギルドに頼んだ方が良いのでは」
「治安部隊と関係を持てば、証拠を持って訴え出るかもしれないとゾンデルの野郎は思うかも知れん。そうすれば、余計なことをしてボロをだすかも知れんからな」
「そういうことなら」
ソアが了解すると、エマが口をはさんだ。
「一人でいくのは少々不安があるな。わたしも一緒に行こう」
「おう、そうしてくれると有り難い。ソア、エマ、たのんだぞ」
ふたりは早速とばかりに部屋を出て行った。
「俺はギルドに行ってギルマスと相談してくる。今度はキーファーの供述書があるからな。ターニャたちの保護くらいは協力してもらうつもりだ」
トールが僕に向かって言うと。アリサが言った。
「ギルマスは信用できるのですか」
「ギルマスも町長の仲間だったら、これまでにいくらでも細工が出来たはずだ。今頃俺たちが悪党にされて、治安部隊が殺到してるさ。まぁ、信用していいんじゃねぇかな」
「それじゃぁ、ミスター、後は頼む。警備兵が来ても供述書のことは言うなよ。隊長に知られないようにな。それと、ターニャたちの守りもよろしく頼むぞ」
「供述書は持って行かなくて良いのか」
僕の問いかけにトールは答えた。
「そうだな、ミスター。俺に預けてもらえるか。見せるだけで渡しはしねぇつもりだ」
僕はトールにキーファーの供述書を渡し、念のため、トールと一緒に行くように、アリサに言った。
供述書を持ってトールとアリサはギルドへと出かけた。ゾンデルの手下が見張っていたら僕たちがギルドと連携を取っていると思うだろう。これもゾンデルに掛ける圧力だ。とにかく、向こうから手を出して貰わないと、どうしようもない。
ギルマスなら何か上手い手を思いつくのだろうか…
★★ 104話は2月18日00時に投稿
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




