102 魔術師、無茶をする
勝ち筋が見えないのに、何故か僕は落ち着いていた。この世界に転移してからというもの、感情面の変化が生じてしまったようだ。好きこのんでやったことではないが、人の命を奪っても驚くほど冷静でいることが常だ。そして今、危機に瀕しても冷静な自分に驚いている。
もっとも、危機に瀕して冷静なのは、いつでも逃げられるという意識のせいでもある。テレポートは偉大である。とはいえ、逃げるのは最後の手段だ。できれば殺さずに勝って、ゾンデルを訴える証人になって貰いたい。そのためにも障壁の強化は必須だ。参考にしようにも、この世界にバリアのような魔法は存在しない。魔法を無効化したり阻害したりする魔道具は存在するが、物理攻撃を止める魔道具はない。残念王女ならば実現可能か?そうだとしても今ここに無ければ意味は無い。
いや、まて。物理攻撃を無効化する魔法があった…ゾルドバの炎の障壁だ。ノアも再現していたが、高熱のバリアである。バリアに触れた剣を燃やしてしまう熱障壁である。あれはどんな理屈なんだろう。僕の力で同じような物ができないだろうか。高熱か…。
現在の障壁の外にもう一回り障壁を張る。その間に存在する空気をプラズマに変えて超高熱の層を作る。ゾルドバはどうやっって自分自身を熱から守っていたのだろうか。考えても仕方がない。ドラゴンのブレスを耐えたときのやり方を使おう。内側の障壁に伝わってくる熱は、光子として通過してくる。この光子のエネルギーを中性子に変えて外側に放出する。錬金術もどきである。同時にいくつもの現象を維持コントロールしなければならない。放出する中性子の向きまではコントロールできないので、相手への攻撃には使えないのが残念だ。失敗すれば自殺も同然だが、内側にもうひとつ障壁を張っておけば、失敗してもテレポートで逃げるわずかな時間は稼げるかも知れない。リスクはあるが、それを保険としてやって見よう。
この方法を使うと、外部からの光子を遮断することになるため、外部が見えなくなる。ドラゴンのブレスを耐えるときはそれでも構わないが、今回は相手を攻撃できないといけない。細かいことはいらない。相手の位置さえ判ればいい。どうする…。
どう考えても無理だ。仕方が無い。危険は増すが、眼鏡のように目の前方の部分だけはプラズマを作らないでおくしかない。目を狙ってこないことを祈ろう。
どんなに超高温のプラズマでも、希薄では熱量がたりない。周辺の空気分子を取り込み、十分な密度にしないと、触れた武器を瞬時で燃やすことはできないだろう。
まずは障壁を2枚追加して、外側の2枚に挟まれた空間に外から空気分子を詰め込んでいく。ついでにポケットにあった銅貨や銀貨もその隙間に入れる。
まだ攻撃してくるなよ…
時間稼ぎも限界だ。プラズマ化を開始する。僕の全身がまぶしく輝き始めたのを見て、キーファーは攻撃を再開した。用心して様子を見ようと思ったのか、ナイフを投げてきた。よく見れば僕の目の部分の輝きが鈍いことに気づいたかも知れないが未知の現象に気を取られて、気がつかないようだ。ありがたい。
僕はナイフに構わずキーファーに向かって走り出した。ナイフは僕に命中すると同時に燃えて蒸発する。そのまままっすぐ突っ込んでいく僕を、避けるか、槍で迎え撃つか一瞬の躊躇がキーファーの敗因になった。その一瞬でキーファーの左右と後ろ、そして頭上に、ブラフの黒球を力のおよぶ限り多数作り出す。触れてはいけないと思っているキーファーは覚悟を決めて槍を構え、突きの体勢に入る。僕から発する熱を感じ取り、脅威には思っているだろうが、この世界にはあり得ない超高温であることまでは想像の外であろう。
まるで科学忍法火の鳥だな、これは…
キーファーの渾身の突きが僕の胸に向かって繰り出された。心臓の位置で一瞬止まり、外側の障壁を突き破った。その綻びから超高温のプラズマが噴き出す。キーファーの槍を蒸発させ、キーファー自身に放流が降り注がれた。
これは僕も考えていなかった、思わぬ結果だった。僕はキーファーの槍を蒸発させた後、そのままキーファーに組み付いて火傷を負わすつもりでいたのだ。
槍と一緒に、キーファーの両腕の肘から先が燃えてなくなり、プラズマの放流はキーファーの上半身を焼いた。噴き出したプラズマは急速に拡散して温度を下げたため、キーファーの身体は蒸発せずに残った。僕がすぐにプラズマを消滅したことも理由のひとつだ。キーファーの身体は表面が炭化してしまったが、まだかすかに息があるのか、火傷を負っていない下半身がわずかに痙攣している。死なせるわけにはいかない。証人になってもらうのだ。僕はキーファーと共に宿の部屋にテレポートした。
「ソア!治療を頼む。死なせるな、なんとしてでも」
目の前に瀕死の火傷を負ったキーファーと僕が出現し驚いたようだが、すぐに回復魔法をかけ始める。
「わたしひとりでは無理です。ギルドにいって回復魔法の使い手を連れてきて!」
僕はそのままギルド裏にテレポートして、表通りに回りギルドに駆け込むと、受付に向かって回復のできる魔術師をと叫んだ。
ギルドに居合わせた冒険者に魔術師はいなかったが、職員にひとり回復魔法が使える者がいたので、有無を言わせずテレポートで宿まで連れてきた。
「一緒に回復を頼む。死なせてはいかん」
連れてきた魔術師にそう言って、ソアを見ると、キーファーの横に座りこんで首を横に振っている。
「どうしようも出来ませんでした…」
全く動かなくなったキーファーを見つめる。
「証人が…」
キーファーの亡骸を見てトールがつぶやく。
「どうすれば、こんな風にやれるんだ…」
「どんな魔法を…」
ノアもつぶやいた。
黙って返事をしない僕にソアが回復魔法を掛けてきた。
「ミスター、あなたも全身火傷だらけですよ。ノア、水を貰ってきて。できるだけたくさん。わたしの魔法では大量にはだせません」
ノアよりも早くアリサが部屋を飛び出し、ノアとエマがそれに続いた。
3人がそれぞれ両手に水の入った桶を持って戻ってくると、ベッドのシーツを切り裂いて待っていたソアが、それを水に浸して僕の火傷の部分を冷やし始める。ギルドから連れてきた魔術師も、我に返って回復魔法を僕に掛けだした。
パニックを起こしかけているノアに、ソアが声を掛けた。
「大丈夫ですよ、ノア。命に別状はないし、痕も残さず回復しますから」
緊張が解けて、あちこちの火傷の痛みが襲ってきて、僕はその場で床に仰向けに倒れ込んだ。
痛みをこらえながら考えた。ポケットにあった銅貨や銀貨。あれを使って学園都市の中学生のまねごとをすればよかったのではと…そう、レールガンである。
★★ 103話は2月16日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝




