100 魔術師、キーファーと戦う
キーファーは窓の隙間から僕の顔を確認すると、踵を返して去って行く。とっさにキーファーが立っていた場所にテレポートすると、僕は彼の後を追った。
すぐに彼の後ろ姿を捕らえ、声を掛けた。
「キーファーか」
彼は立ち止まって振り返る。
「そうだ。素速いな」
「口封じのために、ゾンデルに雇われているのか」
「山賊のときはな」
「では今は?」
「お主と手合わせをしたい。一対一でな」
「アリサやエマが承知しない」
「そいつは困るな。わしはエンダーほど自信家ではないのでな。アリサとやらはともかく、エマも一緒に相手をする気は無い。勝てる気がせんのでな」
「僕もひとりであんたと戦う気は起こらないのだが」
「お主が勝ったら、わしが証人になっても良い。まぁ、そのときに命があればの話だが」
「なんの証人だ」
「奴が山賊と手を組んで、あの嬢ちゃんを誘拐しようとしたこと。そして山賊の口封じをわしに依頼したこと。これでも戦う気にはならないかな」
「あんたを殺さないようにして勝つのは難しそうだな」
「簡単ではわしが困る。わしに勝てるならば、損はない話だ。上手くいけば証人が手に入る。わしが死んで証人になれなくとも、今より困ることはない」
「あんたに勝てなかったら、僕が困るじゃないか。死ぬのは願い下げだ」
「負ける気などないくせに…。お主たちが証拠など持っていないことは判っているぞ。山賊を襲ったときに何も手に入れていなかったはずだ。わしの証言がなければ、いつまでもゾンデルを始末できんぞ。ここは奴の町だ。時間が立てば何をしてくるか…」
「なぜ僕と…エンダーの仇ということか」
「仇を討つ義理はない。ただ、エンダーを倒した男だからだ。わしだけではない。エンダーに勝ったと言うことは、そういうことなのだ」
「この場であんたに降参して負けを認めたんじゃ駄目かい」
「わしを馬鹿にするのか」
いずれ戦うことになるかも知れないと思っていたが、とうとう戦わざるを得ないようだ。
「明日の朝、日の出の時刻に町の南の入り口で」
「今ではないのか。罠など張るつもりなら止めておけ。そのときは証人にはならんぞ」
「そんなつもりはないさ。一対一で真っ当に戦うよ」
「ひとりで来いよ。お主がその気でも、あのアリサとやらがお主ひとりで戦わせるとは思えん。必ず邪魔をするだろうからな」
「承知した」
僕の返事を聞くと、キーファーは闇の中に消えていった。
「キーファーだ」
「キーファーって、あの槍使いの?何しにきたのよ」
「落ち着け、ノア。山賊討伐の時の奴の依頼人はゾンデルだ」
「山賊の口封じというわけか…」
トールの言葉に
「じゃぁ、今度はあたしたちの口封じに雇われたってこと」
「いや、そうじゃないようだ」
「じゃ、何よ」
「奴が証人になってくれそうだ。ゾンデルと山賊が組んでいたということのな」
「ラッキーじゃん、これでゾンデルをやっつけることができるよね」
「そいつはありがてぇ…が、ただじゃあるまい。条件はなんだ?」
トールが真剣な表情に変わる。
「僕と戦って、僕が勝てば証人になるそうだ」
「命までは掛けない勝負ってこと」
「いや、命がけだよ」
「そんなのって、ミスターが不利じゃん。向こうは殺すつもりで戦えるのに、ミスターはキーファーを殺せないじゃん、証人にするには」
「僕も手加減はしないさ。証人にできなくても今より困った事になる訳じゃぁない。上手くいけばラッキーということで」
「わたくしも共に戦います」
「すまんがアリサ、一対一が条件なんだ。一緒に来るのは駄目だ。僕ひとりで行く」
皆が沈黙する。
「心配するな、僕の力はみんなが知っているものだけじゃぁない。負けたりはしないさ。ちょっと作戦を考えたいので、この後はひとりにしてくれないか」
そう言って僕は部屋を出ると、宿の受付で新たに部屋をひとつ借りた。
作戦を考えるというのは言い訳で、みんなと、特にノアと話をするのを避けたかったのだ。僕がピンチになれば必ず勝負に手を出そうとするだろう。冒険者は生き残ってこそ。卑怯も汚いもない。エンダーやキーファーは冒険者というよりは、僕の世界で言うところの武芸者なのだろう。証人とするには、手出しをさせてはまずい。明日の朝に戦うことを言わなかったのは、そのためだ。
どう戦うか、眠れぬ夜をすごし、僕は朝を迎えた。
空が明るくなり、もうじき日が昇るという頃になり、僕は窓を開け、上空へとテレポートした。町の南の入り口に向かって飛行する。入り口でキーファーが待っているのが見えた。キーファーから見えない位置に着地し、歩いて入り口に向かう。
「早いな…」
「来たか。ここでやるのか」
「いや、通行人が来ると面倒だ。あそこの丘の向こうでどうだ。罠を疑うのならあんたが場所を選んでくれ」
「お主を疑うわけではないが、そうさせてもらおう。向こうの丘の先ではどうだ」
僕が示した丘とは街道を挟んで反対側の丘を指し示した。僕が頷くと、キーファーは先に立って丘の方に歩き始めた。僕が後ろから襲うとは考えてもいないようだ。もちろん、そんなことはしない。
丘の頂を越えて下って行く。町の入り口が丘に遮られて見えなくなったところでキーファーが立ち止まった。こちらを振り返る。キーファーは何故か槍を3本ほど手に持ち、背中にも一本背負っている。2本の槍を足下に突き立てると、残りの一本の槍を構えた。
「ここらでよかろう」
僕は黙って剣を抜き、足下に振り下ろす。偽装の鉄剣が砕け散り、柄だけが残ったように見える。キーファーには正体をあかしてある。見えない剣を隠す必要は無い。そもそも剣で戦うつもりはない。キーファーから見れば素人も同然だろう。超能力全開で戦わせてもらうつもりだ。僕はいつも通り障壁で身体全体を覆った。
キーファーの得物は槍。そして腰にショートソードを下げている。背中の槍と、地面に突き立ててある槍も忘れてはいけない。おそらくダガーなどの投擲武器も持っているだろう。投擲武器では僕の障壁は破れない。問題は槍とショートソードだ。エンダーの一撃は障壁でも防げなかった。あの女騎士の一撃も危なかった。キーファーも油断はできない。障壁に頼るのは危険だ。ドラゴンのように、宇宙まで一緒にテレポートするか…。しかし、一瞬の間で相打ちにされる恐れもある。いざとなったら周囲一帯、この丘もろとも奴を消し飛ばすつもりで行く必要がありそうだ。ノアに言った通り、手加減する気はない。とりあえず、いつもどおりテレポートでの奇襲から入ることにしよう。
僕は見えない剣を構えて、少し後ろに下がり、距離をとってキーファーと向かい合った。
「では始めようか」
言い終わると同時に、キーファーの右後方にテレポートした。
★★ 101話は2月12日00時に投稿
外伝を投稿中です
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王女と皇女の旅 ~魔術師は魔法が使えない 外伝~




