10 魔術師、異世界を実感する
それぞれが位置につくと、町に入った時の道を逆にたどって門番のいる入り口の扉にやってきた。巨大な扉が開いたままになっているのでタルト氏に尋ねると、昼の前後3時間ほど、一日6時間くらいは開けたままにしているとか。確かに巨大な扉をその都度開け閉めするのは大変そうだ。
「こんにちは、タルトさん。お出かけですか」
「こんにちは。コレトの町に行って明日帰ってくる予定です」
「ご無事の旅を」
門番は挨拶の最中に僕に気がついたようで話しかけてきた。
「お、昨日の人じゃないか。その格好だと冒険者になったのか」
「はい、トールさんたちのパーティーに入れてもらって、今日は早速護衛の仕事です」
「そいつはラッキーだな。ソアさんとノアちゃんと一緒のパーティーだなんて、ほかの冒険者に睨まれたんじゃぁないか」
「それはもう」
「ふたりに手を出したりすると袋だたきだからな、せいぜい気をつけなよ」
「それはもう心に刻んでいますから」
「おい、そろそろいくぞ」とトール。
門番さんに頭を下げるとタルト氏について入り口を出た。
町を出るとすぐにトールが僕の方にやってきた。
「このあたりはまだ安全だ。先頭はノアに任せて、おまえに話がある。さっきのリーダーのことだ」
「それでは、お話の間、わたしがノアさんと一緒にいることにしましょう」
トールの真剣な表情にタルト氏は馬を進めて場をはなれる。
「なんでしょうか、トールさん」
「まぁそんなに緊張せずに聞いてくれ。このメンバーでそうそう盗賊に遅れをとることはないから、あくまでも万にひとつの場合のことだ」
「はい…」
「出会ったら盗賊はその場で皆殺しが原則だ」
「殺しちゃうんですか、降伏しても」
「そうだ、町へ連れて行っても盗賊は死刑だ。例外はない。その場で殺さなくてもどうせ死刑だ。連れて行く手間とリスクは避ける。武器を捨て、這いつくばって懇願されても必ず殺すんだ」
「追い払うだけじゃだめですか、あるいは捕まえても見逃してやるのは?」
「だめだ、そいつらは再び商人を襲って護衛を殺す」
「…」
「問題は盗賊に負ける場合だ。そんなことは滅多にないけどな。盗賊は護衛以外を殺したりはしない。奴隷は別にして、女子供をさらったりもしない」
まだ見かけなかったけれど、奴隷がいるんだ…
「ずいぶん盗賊は紳士的なんですね」
「別に紳士だからじゃぁない。護衛も武器をすてて降伏すれば殺されることはない、まあ殺し合ったばかりだから袋だたきくらいは覚悟がいるが。降伏したら冒険者としては終わりだ。二度と依頼はこないし、ギルドの信頼も失う。だから降伏する冒険者は滅多にはいない。たいていは全滅するまで戦って死ぬ」
「降伏したら殺されたりしないんですか」
「商人を殺したり、女子供をさらったりしたら軍が動く。護衛が殺されても軍は動かない。しかし、降伏した護衛が殺されたらギルドが圧力をかけて軍を動かす。軍は犯人の一味はもちろんのこと周囲一帯の盗賊をすべて殲滅する。改心して平和に暮らしている元盗賊も見逃さない。皆殺しだ。盗賊の協力者や家族も残らず捕らえて奴隷に売られる。だから盗賊は護衛以外を殺さない。降伏すれば護衛も殺さない。これが盗賊と護衛、商人のルールだ」
「ずいぶん盗賊に分の悪いルールですね」
「ああ、それでも盗賊をするしかねぇやつらもいるってことさ。俺とゴードは絶対にかなわないと思っても死ぬまで戦う。しかし、俺とゴードが倒れたときはお前が武器を捨てて降伏を宣言してくれ。雇い主の許可はいらない。護衛の権利だ。ソアとノアじゃぁ絶対に降伏はしないからな。だからお前を万一の場合のリーダーに指名したんだ。リーダーの判断がパーティーでは絶対だ。お前が降伏すればふたりも従うしかない」
「…」
「ソアとノアを死なせたくないからな。前に言ったろう。五体満足生きているうちに冒険者をやめさせたいと。あとはお前たち3人で平和に暮らしてくれ」
「トールさんが降伏を宣言すれば良いのでは」
「言ったろ、降伏したら冒険者として終わると。俺やゴードは冒険者としてしか生きられない…」
う~む…やばそうなら僕が「トクギ」を使って盗賊を殲滅すればいいか…
ここはトールの覚悟をたてておこう。
「わかりました」
まじめな顔をして答える。
「よーし、そん時はふたりともちゃんと嫁にしてやってくれよ、ミスター」
そういってノアのいる先頭に戻っていった。
大丈夫、そんなことは起こさせませんよ、僕が…
入れ替わりにタルト氏が戻ってきた。
「なんのお話だったのですか。いや秘密の話ならお聞きはしませんが」
「なに、たいしたことではありませんよ」
「そうですか、ところで記憶は戻られましたか」
「いや、さっぱりです」
「そうですか、何、気長にまっていればそのうち戻りますよ」
いや、いくら待っても戻らないから、そもそも失ってないから…
でもいい機会だ、記憶喪失に乗じてこの世界の知識を仕入れよう。
「このあたりには、ヒト以外の種族は住んでいないのですか?」
「ヒト以外というと?」
「何千年も生きるエルフとか魔族とか…」
「商人をしておりますから、国の内外をあちこちと旅していますが、そういう話は聞きませんな。水や食べ物のせいか寿命は地域によって多少の差がありますが、何千年も生きるというのはおとぎ話ですな。トールさんたちの出身の村はこのあたりでは長命の村として有名ですが、それでも300年くらいですかな」
「へ?300年!?」
「普通は200年くらいですぞ。かく言うわたくしは今年で130になります。もう引退ですかな」
異世界だ!間違いなく異世界だった…
「そうするとソアやノアもあと300年くらい…」
「個人によって差はありますな。全員が300年生きるとは限りません」
う~む、300歳のばあさんになったソアやノアが想像できない…
「タルトさんはかなり若く見えますが」
「それも記憶喪失ですかな。人は20歳から30歳くらいで成長がとまり、160歳くらいで老化がはじまって200歳前後で寿命を迎えます。トールさんたちだと老化が始まるのは260歳くらいからだと思いますよ。うらやましい限りです」
エルフだ!
エルフがいないんじゃない、ヒトがいないんだ。
こいつらは全員エルフなんだ。
耳はとがってないけど…
ちょっと待て…
ということは、今のパーティーも100年以上は余裕で現役をつづけそうだよね。
僕、ついて行く自信がないのだが…
それに、もしも、もしもだよ、あくまでも仮の話だが、
僕があの二人を万一にでも嫁にしたら、
僕がじいさんになっても二人の姿は今のままってことじゃないか…
僕、絶対に見捨てられるな…
若返りの魔法なんて、おとぎ話だよね、異世界でも…
「ええと、若返りの魔法なんてありませんよね」
タルト氏は笑った。
「おとぎ話でも聞いたことはありませんな」




