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01 魔術師、冒険者と出会う

異世界転移ものです。ゲームのような世界ではなく、剣と魔法の世界ですが現実的な世界です。読み進むことでこの世界の魔法や世界観を主人公と一緒に知っていくことになります。当初は魔法や異世界の社会についての説明が多く、ゆっくりと進みます。

R15は念のため。

友達もつくらず一人でいる方が好きだけれど、寂れた町で深夜の道を一人で歩いていると少しばかり寂しさを感じる。


いや、寂しいのは懐具合か…。コンビニであんパンとおにぎり、それにペットボトルの水を買ったら財布の中身は小銭で300円少々。それが今の全財産だ。明日が期限のアパートの家賃も払える宛てはまるでない。


引きこもりのニートってわけじゃぁないぞ。これでもプロの魔術師だ。ちょっと前まではテレビで天才魔術師として引っ張りだこの人気者だったんだ。誰にもトリックの種を見破れないというのが売りで、観客の他に上下左右にハイスピードカメラを設置し、小道具はその場ですべて仕掛けがないことを確認してもらってから手品を披露したこともある。それでも種を見破られることはなかった。本物の魔法じゃないかと騒ぐファンもいて、調子にのって本物の魔法だなんて自称したこともあったけれど、もちろん魔法なんて使えるはずはない。


しかし、人気は長続きしなかった。芸人として致命的欠点があったからだ。そう、演技力と話術がまるでダメだった。つまらない、おもしろくない、人気がなくなりテレビからもお呼びがかからなくなるのに時間はかからなかった。少しの間は地方巡業でかせげたけれど、これまたお呼びじゃなくなるのははやかった。この半年、仕事は何もなかった。


夜道を一人であるいているうちに、なんだか気持ちの整理がついた。魔術師はあきらめて別の仕事をさがそう。特技を活かせばいくらでも仕事はあるはずだ。僕にしか出来ない僕だけの特技があるんだ。そう思ったら訳もなく楽しくなって道の真ん中でステップを踏み出した。


車の運転手は酔っ払いが道の真ん中でフラフラしていると思ったに違いない。寂れた町の深夜の道、いつもなら車なんか一台も通らないのに、脇道からかなりの速度で車が飛び出してきた。運転手の驚いた顔がなぜか面白かったが、その直後に意識は闇に落ちた。痛みは感じなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


意識がもどり、目を開けた。


知らない天井……じゃない……青空だな


道に大の字になって倒れているが、身体のどこにも痛みは感じない。車にはねられたと思ったけれど、かろうじて避けられたのか。その弾みで転けて頭でも打ち、意識を失っていたようだ。それにしても、そのまま放置していくなんてひどい運転手もいたものだ。

「だいじょうぶか?何があった?」

誰かが声を掛けてきた。声の方に顔を向けると男がひとり上からのぞき込んでいる。

「あぁ、だいじょうぶ、なんでもない」

返事をして上体を起こすと目の前に抜き身の剣を持った男がいた。


びっくりして座り込んだ状態のまま手と足で後ずさりをしながらおもわず聞き返した。

「あ、あんたこそ何だ、それに、そ、その剣は?」

「おれは護衛だ」

そういいながら顎で僕の後ろを示す。振り返ると50メートルほど離れたところに馬車がとまっていて、剣を持った男が一人、それぞれ弓と杖を持った女が二人、それに太った男と御者がこちらを伺っていた。

「道の真ん中にあんたが倒れていたので俺が様子を見に来たんだ。行き倒れなら問題ないが、盗賊の待ち伏せってこともあるからな」

「行き倒れって、問題ありまくりじゃないですか」

「俺には問題じゃない」

「まぁ、武器も防具も身につけていないし、誰も襲ってこないところをみると、盗賊の待ち伏せじゃなさそうだ。あらためて聞くが、あんたの名前は?それになんでこんなとこで倒れていたんだ?」

立ち上がりながら名前を答え、あらためて聞き返す。

「ここはどこなんでしょうか?」

「ここはトール街道で、トールの町の入り口まであと3時間ほどのところだ」

「俺は冒険者のトール、町の名前と一緒だがここの領主とは何の関係もない。たまたま一致してるだけだ。向こうで様子を見ているのが俺の仲間と雇い主だ」

男は大丈夫だとばかりに馬車に向かって手を振った。


ゆっくりと馬車が近づいてくる。武器をもった3人が護衛なのだろう。女二人は武器の構えを解いているが、男は剣を構えたまま近づいてくる。


こわいな、うかつな動きはしないよう注意しよう。

いきなり斬られるのはゴメンだ。


用心しているせいかずいぶんとゆっくり近づいてくる。

その間に何が起こったのか考えよう。

不思議と気持ちは冷静だ。

パニックになっていてもおかしくはない状況なのだが…。


まず、ここはどこだ。

目の前のトールとか言う男はトール街道と言っていたな。

そんな通りは聞いたことがない。

それに周囲は見渡す限り草原で、山も見えない。

日本とは思えない風景だ。

いや、そもそもさっきこいつが話していた言葉は日本語じゃあなかった気がしてきた。

なんで意味がわかるんだ。

それにこっちも自然に同じような言葉で話しているじゃないか。

僕は英語だってろくに話せないんだぞ。

ネットで読んだ異世界小説のようじゃないか。

いや、目の前の男を見る限りそうとしか思えない。

革鎧を身につけ、剣をもっている。

こいつの仲間だって…

コスプレにしてはリアルすぎる。

そうなると、異世界に召喚された?

どうみても目の前の男が召喚したようには思えない。

魔王を倒してくれとか頼まれてないし…。

じゃぁ、車にはねられて死に、異世界に転生したのか?

それにしては定番の神様が出てこないじゃないか。

言葉が通じることは別にして、チート能力なんてもらった覚えがないぞ。

右も左も判らずいったいどうしろと…。


そんなことを思っているうちに馬車の者たちが近づいてきて、弓を持った女が言った。

「ねぇトール、その方はどなたなのでしょうか?」

「いや、よくわからん。とりあえず盗賊の類じゃなさそうだ」

「どうして倒れていたのかな」

杖を持った女が誰に聞くというのでもなくつぶやいた。


まずい、なんて説明しよう。

ダンジョンで転移の罠にかかって…

いや、この世界にそんなものがあるかどうかも判らない。

ヘタに作り話をしない方がよさそうだ。

ここは定番の記憶喪失で押し通そう。


「いや、何がどうしたのかわかりませんが、気がついたらそこのトールさんでしたっけ、話しかけられていたんですよ。でもって、なぜ倒れていたのか思い出そうとしてるんですが、まったく思い出せないのです。自分の名前はわかるのですが、ここがどこなのか、どうしてここに倒れていたのかさっぱりで…」

「何か身元がわかるような物は持ってないのか?冒険者か商人ならばギルドカードがあるはずだ」

答えようとすると、女と一緒にいたもう一人の男の方が無言で剣を首元に突きつけてきた。


うっかりすると問答無用で斬られそうだ。そう思いながら剣の刀身を見ると、いつも通りの自分の顔が写っている。異世界にきても、若返ったりイケメンになったりはしていないようだ。良く切れそうな剣だ、間違いなく本物だ。頼むから弾みで斬らないでくれよ。そう思いながら答える。


「その何とかカードって、何なんですか?もっている物といったら、あれ、コンビニ袋はどうした?」

首をうごかさないようにして視線だけ左右に動かすと、道の端に落ちているのを見つけた。

「あ、あの袋に入っているのが持っている物の全部です」

「変わった袋ですね。見たことがありません。何でできてるのでしょうか」

弓女がひろって僕に手渡そうとすると、トールと名乗った男が横から奪い取った。

「うかつに渡すんじゃぁねえ。その前に中を調べさせてもらうぞ」

コンビニ袋からペットボトルを取り出した。

「なんだこれは」

「ただの水ですが…」

「いや、この瓶は何だと言ってるんだ」

「ただのペットボトルですが…」

「なんだ、そのペットボトルってのは」

「なんだと言われても…」

「ガラスにしては軽すぎるし、柔らかいじゃないか」


そういえば最近の水のペットボトルはやたら薄くなってペニャペニャだったな。

この世界にはペットボトルがないのか。

異世界物の定番だ。

現代日本より科学技術が進んでいる異世界ってのはないのかな。

もっともそれはそれで原始人扱いされても困るわけだが…


「ええと、僕の住んでた町で使われていた入れ物です。落としても割れないし、軽いので便利なんです」


「素晴らしい!その瓶を譲ってはもらえませんか」

少し離れて話を聞いていた太った男が近づいてきた。

「金貨10枚、いや15枚でいかがでしょうか」


売ってしまっても大丈夫かな。

水がなくなるけど、砂漠の真ん中じゃあるまいし、すぐにどこかで手に入るだろう。

男も町まで3時間ほどって言ってたしな。

一文無しでは始まらないので渡りに舟だ。


「ええと、記憶がさっぱりなくて、お金のことも思い出せないのですが、金貨1枚ってどのくらいの価値なんでしょうか」

「これは驚きました。そんなことも忘れてしまっているのですか。」

「そこそこの宿に泊まるのに一日銀貨2枚だな。金貨1枚は銀貨にすると20枚だ」

トールが横から口をはさんだ。

「風呂付きの宿ならその倍、一日銀貨4枚くらいかな。飯を食うなら贅沢を言わなければ銅貨5,6枚だ。銅貨は12枚で銀貨1枚になる」


むぅ、10進法じゃないのか。面倒だな。

銅貨1枚が100円から200円くらいかな。

100円とすると金貨1枚は銅貨240枚だから24000円くらいか。

15枚ならば360000円か。

大金じゃないか。

即決だ。


「喜んで売ります」

「おお、ありがとうございます。では金貨15枚、お確かめください」

太った男は下げている鞄から革製の巾着袋をだし、金貨をとりだし、手の上で数えこちらに差し出した。

「確かに15枚いただきました。ペットボトルはあなたのものです」

太った男はトールからペットボトルを受け取ると大事そうに鞄にしまい込んだ。

「あっ、中の水は普通に飲めるはずですが、ご不審ならば捨ててください」


なんとか当面の金はまかなえたようだ。その後はまたそのとき考えよう。


「まだ何か入ってるぞ。これはなんだ。パンのようにも見えるが」

トールはあんパンの袋を取り出した。

「あんパンといって、パンですね。ちょっと貸してください。」

用心深そうにトールはあんパンの袋を差し出した。ちょうど空腹だったので

「ほら、こんな具合です」

袋を破ってあんパンを取り出すと、二つに割って、片方をほおばった。

「食べてみますか?」

もう片方をトールに差し出す。トールが迷っていると、杖女が手を伸ばして奪い取る。

「あたしが試してみるねー」

まわりの者が止める間もなく食べ出した。

「おい…、大丈夫か」

「甘い!それに柔らかくてふかふか。中に入っている甘いのは何?こんなパンは食べたことがないよ」

「俺にもちょっと…」

トールが言いかけたときには、すでにあんパンの片割れは杖女の口の中に消えていた。ほっぺたがハムスターのように膨らんでいるのが可愛い。

「あのー、袋の中のおにぎりも渡してくれませんか」

「おにぎりって、これか」

疑念がはれたのか、用心する様子も見せずにおにぎりを渡してきた。僕の首に剣を当てていた男もいつの間にか剣を納めていて、興味深そうにおにぎりを見ている。

「それも食い物なのか」

「そうですよ。こうやって包装、えぇと、外側の包みをとって食べます。これも試してみますか」

おにぎりを二つに割って、片方をトールに渡す。これまた杖女が手を出してきたが、とられてたまるかといった感じで女の手を振り払うと端のほうをちょっとだけ囓った。

「麦…じゃないな。似たような感じだ。塩味しかしないぞ」


すまんね、具の入っていない塩にぎりを買ってたんだ。


「腹にはたまるかな…」

男は塩にぎりの残りを食べてしまった。

「そのコンビニ袋も返してもらえますか」

「これか、これも見たことがないもので出来た袋だな、そら返すぞ」

僕はおにぎりとあんパンの破れた包装をコンビニ袋の中に入れると、くしゃっと丸めてジーパンのポケットにねじ込んだ。


ゴミを道に捨てちゃあダメだからな…

というのは嘘で、ペットボトルみたいに高値で売れるんじゃないかという下心だ。


「で、あなたはこれからどうされるのでしょうか?」

「ねぇ、ねぇ、さっきのパンて、もっとないの」

「ノアはだまってて。わたしは皆からはソアと呼ばれています」

「いいじゃない、あたしはノアよ。町まで行くんでしょ。一緒に行こうよ」

トールが太った男の方に視線を向けると、

「かまいませんよ。よろしければご一緒しましょう。記憶がないのでは他に行く当てもないでしょう」

「雇い主が承知なら問題ないと思うが、どうだ」

「…」、剣の男は無言で頷く。

「仕方ないわね」と弓女、ソアだっけ。

「わーい」と杖女、ノアだったな。

「ではぐずぐずしないで出かけるか。明るいうちに町に着きたいからな。あらためて名乗っておこう。俺はトール。このパーティーのリーダーだ。そっちの男がゴード、俺と同じ剣士だ。で、杖を持ってるのがノア、魔術師だ。弓がソフィア、ソアって呼んでいる。見ての通り弓使いだ」

「魔法もノアほどではありませんが少し使えます」

「ソアは回復魔法もつかえるんだよ」


おい、ほんとに異世界だな。

魔法があるんかい。


「そちらの方がタルトさん。俺たちの雇い主で商人だ。御者はタルトさんの使用人でテイトさんだ。」

馬車の上から御者が無言で会釈をした。


「右も左もわかりませんが、町までよろしくお願いします」

僕も挨拶を返し、それから自分の名前を名乗った。


「なんか、呼びにくい名前だよね。どこの生まれー?」

「ノア、失礼ですよ」


日本人の名前は発音しにくいようだな。

魔術師の芸名でも伝えておこうか。

今となっては恥ずかしい名前だが、異世界人には分かるまい。


「以前はミスター・ミラクルとも呼ばれていましたから、みなさんはミスターとでもお呼びください」

「わかった、ミスターさんね」

「いや、ただのミスターで」

「わかった、ミスター」


魔術師だというノアって娘はやたらなれなれしいな。

いくつくらいなんだろう。

15歳くらいに見えるのだが。

ソアって娘は20歳くらいかな。

男二人は30半ばに見えるが、もう少し若いのかもしれない。


御者のとなりにタルト氏が乗って出発だ。護衛の4人は馬車の前後に二人ずつになって歩きだした。僕は後ろの二人と一緒だ。馬車には乗せてもらえないのかなと思って幌の中を覗くと、荷物がいっぱいで人が乗れるようなスペースは空いていなかった。商人と言っていたが行商には見えないから仕入れの帰りなのだろう。残念。


コンビニに行く際にスマホはアパートに置いてきちゃったし、腕時計は持っていないし、時間が分からない。でも3時間は歩いた気がするので、トールの言ったことが確かならそろそろ町に着いてもいいんじゃないかと思っていると、先頭を歩くトールが後ろを振り返って前を指さした。

「町の入り口が見えてきたぞ」


はぁ、ようやく終点か。

こんなに長いこと舗装されていない道を歩くなんて人生で初めてじゃないか。

でも、その割には疲労困憊って感じじゃないな。

もしかして異世界チートで体力筋力がアップしてるとか。

チートで無双もありか!

お、道ばたにちょっと大きめの石というか岩があるな。

持ち上げてみようじゃないか。

岩に駆け寄って、両手で持ってヨイショ……持ち上がりませんでした。

おまけに腰が…


「腰が痛い…」

「何かトラブルか」

馬車が止まり、先頭からトールが剣に手を掛け厳しい表情で駆け寄ってきた。

「いや、ちょっと、持ち上がるかなと」

「この岩がどうかしたのか」

両手でひょいと持ち上げる。

「下には何もないな」

脇にドスンと放り投げた。

「ねぇねぇ、ふたりで何やってんの」

ノアもやってきて岩に手をかける。

「あたしもやってみる」

「重いから止めたほうが…」

言いかけて言葉を失った。エイと声を出すと、あの岩を持ち上げている。

「あ、さすがに重い、投げるのは無理!」

杖女は岩を元の場所に戻した。


どうやら僕の筋力は元から1ミリも増えていないようです。

チートはなしかぁ…


「冒険者って、みなさん力持ちなんですか」

「いや、この位の岩だったら冒険者でなくても持てて普通だぞ」

「女のあたしにはちょっときついかな。だいたい魔術師だし、あたし」

「このくらいの岩もあげられないとは、あんたはいいとこの坊ちゃんだったりするのか」

「いや、そんなことはないです…」

「そんなとこで遊んでないで早く町に入りましょう」

ソアが催促すると、馬車が動き出した。


チートどころか、女の子以下の力でした……。


初の投稿です。当面は毎日追加の予定。

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