零章ノ壱 : 聲の現
いつもどおり、倍率を4倍にして見ていると、この空間の彼方から「こんにちは」と、無機質ながらも可愛い声が聞こえた。
振り向くと、そこには昨日戦った少女がいた。
私はすぐに警戒したが、少女はそれを察して「待って下さい」と止めた。
「この前は、ありがとうございました。
あのとき、あなたに助けてもらえなければ、私はどうなっていたかわかりません。
もしよかったら、お礼をさせて欲しいです。」
と、私の意見を聞くでもなく、定型文のような感謝と提案をまくし立てた。
本当に信じるかどうか、私は迷った。
そして、ある一つの結論に辿り着く。
『透視。』
【ルース】
『Lv』 : 500/99999
『HP』: 100000/100000
『耐久』 : 50000/999999
『魔素』 : 0/0
『種族』 : オートマタ
『攻撃』 : 20000/99999
『魔法攻撃』 : 0/99999
『スキル』: スキャンⅢ、オーバロードⅣ、スピードⅣ、ダガーⅤⅩ、
『エクストラスキル』: EMP Ⅱ
『肩書』: 顕現された魂《聲》、救済された魂《聲》
状態異常もない。これは多分、信用していいだろう。それに、この子はシンギュラリティだ。
──正直、この世界の秩序はある程度保たれているので助けてほしいことはないのだが、ずっとここにとどまっていることもつまらない。
だから私は、「それじゃあ、あの世界を探索してみたいの。案内、お願いしてもいい?」と提案した。
少女は少し間を開け、「私もわからないところはまあまあありますけど、それでもいいなら」と前置きをし、快諾してくれた。
『転移。』「コンバート。」
それから早速私達は依世界へと降り立った。
私達はこの前の林道ではなく、街に出現した。
「わぁすごい。意外と大きい。」
「そうですね。私も意外でした。まさかたった4日でこんなに出来るとは。」
そのとおりだ。文明の構築速度が異常に早い。食べ物のいい匂いが鼻腔をくすぐり、お腹の虫が鳴った。
「…お腹、減ってきた。」
「じゃあ、何か食べましょうか。屋台はあっちです。このあたりでは、屋台が主流です。商人たちも、色んな所にお店を建てられますし、繁盛するのでしょう。」
と、丁寧な解説。
確かに、世界的にも発展途上なので、固定でお店を置くとどうしても赤字になってしまうようだ。そうするよりは、多くの客を集めやすい屋台の方がいいかもしれない。
「着きましたね。ここが、屋台街です。」
屋台街か。昔の中華街みたいな感じかな?
いろんな店が出ていて、とても楽しめそうだった。
少女も我慢できなくなったのか、「あっ!あれ見てください!運がいいですね!今日やってたんですか!ちょっと行ってきます!」と言って駆け出し、ある1つの屋台で食べ物を購入した。
「戻りました!いやぁ、危なかったです。
あと2つでした…!どうぞ!」
渡されたそれは完全にクレープだった。
この世界にもクレープはあるのか…。
そんなことを考えていると、少女はすでにクレープにかじりつき、もぐもぐと食べている。可愛い。いや、決してロリコンではない。
「あ、付いてる。」
私は少女の口周りにクリームがついていることに気づき、それを指で取り、無意識に舐めた。
「ありがとうございます……っ!?」
何故か少女はびっくりして、赤面しながら私の方を見つめている。なにかしたか?
私はよほど疑問形な顔をしていたのか、少女は答える。
「華さん、私の口についたクリーム食べましたよね…?あの…その……」
………あ。
思い出して、あとから恥ずかしさが襲う。そして、決して少女にこんなことを言わせたい訳じゃない。
「……早く食べないと、溶けますよ」
私はそのまま、手に持ったクレープを食べた。
「華さんは、何か食べたいものってありますか?」
歩いて周りを見ていると、そんな質問が投げかけられる。
別にこれと言って食べようと思ってるものはない。
「もう一個おすすめあるんですけど、食べますか?」
手にはいつの間に買ってきたのか、焼きそばがあった。
懐かしい。昔はこれを後輩達とよく食べたものだ。
「ありがとう。」
食べてみる。変わらない味。あの頃を思い出させる。
「おいしい。」
「そう言うと思いました。」
安心した。
少しして、私達は泊まることになった。
少女は用意周到で、宿屋まで手配していた。
「今日泊まるところはここです」
そう案内された場所は、なんの変哲もない、MMORPGとかでよくある普通の宿屋だ。
「ここ、支配人さんが良くしてくれて、すごく助かってるんですよ」
馴染んでるな、この子。
とは言っても、一応オートマタではあるが。
それから私達は夕食を部屋で食べ、一緒のベッドで寝ることとなった。ふたりとも風呂に入り、ちょっとまあ、ハプニングがあったりなかったり。
「…さっきのこと、思い出してませんか。」
ジト目で見られる。視線が痛い。
「…いや、あれは私悪くないから。」
弁解はする。しかしもちろん納得はしてもらえず、少女は怒ったままだ。
「…私が悪いならそれでいいですけど。」
やばい。その展開はよろしくない。
まるで私が無理やり納得させてるみたいじゃない。
「…ごめんなさい。私が悪かったです。
だから許してぇぇ〜…」
「気持ち悪いです。もっとちゃんと謝ってください。それともなんですか?私の裸を見ておいて、それで許されるとでも?」
完全にご立腹でいらっしゃる。
「ほんとにすいませんでした。神様に誓って二度とこのようなことはしません。」
誠意を込めて、しっかりと謝罪した。
「…いいですよ。今回だけは許します。でも次はないですからね。
あと、あなたは一応神様ですよ。誓うなら神官とかにしてください。」
あ、そっか。
とりあえず、再発防止に努めよ…
その後ベッドで一緒に寝ることになったが、何か話しかけて失言でもしたら怖いのでそのまま眠りにつくことにしたのは言うまでもない。
私はこのまま、世界が平和に続けばいいなと思った。