6:死〜天使の禁忌〜
ゆらゆら、カーテンが風で揺れてるのを、いつものように彼女は見ていた。
ガチャッ
「誰でしょう。」
病院のベッドに一人で横になって、窓を見ていた彼女は開いたドアの方を見る。
そこには見たことのない、黒い服を着た金髪の少女が立っていた。
「ノゾムのお母様ね。」
「望のお友達?」
瞬間、病室がまぶしい青で埋め尽くされた。
「私は心がないのよ。友達なんて、わからないの。」
「やめろ、サヨ!」
開いていた窓から入ってきたユキゲが、光の中サヨに向かって飛んだ。
「きゃっ!」
光の中、サヨの叫び声が聞こえた。
と思ったら、青いまぶしい光がかき消えた。
残ったのは、呆然としているユキゲと、ベッドで目を閉じている女性。そして、サヨの腕を引いている望と、バランスを崩し後ろ向きに望に寄りかかっている、サヨだった。
ユキゲは安堵のため息をついた。
「何してくれるのよ!」
サヨは望の腕を振りほどき、睨む。
望も、何したかわからないという顔で自分の手のひらを見つめていた。
「何してるって聞きてぇのは俺だ!」
ユキゲは小さい手で、サヨの胸ぐらをつかんだ。
「わかってんのか?お前、また禁忌を犯すとこしたんだぞ!」
「どうゆうこと?」
今までボーとしていた望が、口を開く。
今まで望に対して愛想よくしていたユキゲが、望を睨んだ。矢のように望のところに飛んでいく。
「お前のせいだ!お前みたいな人間が、サヨに近づいたから…」
「意味わかんないよ!」
普段、声を荒げることのないような望が、顔を険しくして叫んだ。
近くにいたユキゲはもちろん、サヨも驚いて目を丸くした。
「サヨは何しようとしたのさ!?何が俺のせいなの!?」
望は手を広げ、また叫ぶ。
それで、ユキゲもサヨも我に返る。
「サヨはな!お前のために」
「ユキゲ!やめて!」
ユキゲの後ろで、サヨの悲痛な叫び声があがる。
「お前の母親の寿命を、延ばそうとしたんだ!」
「え?」
望が驚いたように息をのむ。
ユキゲは畳みかけるように言う。
「それは誰もが知ってるタブーだ。それなのに、サヨは!」
「ユキゲ!」
ユキゲの後ろで、サヨが険しい顔で叫んだ。
本当に、怒っていた。
「んだよ!」
サヨは振り向いたユキゲをよそに、まだ動揺してる望の前に立った。
「今なら、間に合うよ」
「な、にが?」
望を見上げるサヨの目は本気で、真っ直ぐだった。
「お母さん。まだ、死んでないの。今からでも間に合う。」
「それって」
サヨは力強く頷く。
「冗談じゃねぇよ!」
ユキゲは、また叫ぶ。怒りじゃない、心配なのだ。サヨも、わかっているけれど、何かがサヨを突き動かす。
望か?それとも、心?
「どうするの?」
「それは…」
望は、ぐったり目を閉じている母を見た。
そして、下唇を噛みうつむく。
そのとき、サヨは延ばしてくれと言うと確信した。
しかし、
「延ばさない」
「どうして!」
サヨは、予想外の展開に驚く。ユキゲもまた、あり得ないものでも見るように、望を見た。
望は、ゆっくりと顔をあげ、また母の姿を見る。
「寿命なんだよな?」
「そうだけど。延ばせるんだよ?」
望は、首を横に振った。
「延ばさない方が、いいんだよ。」
「っ!」
サヨは、穏やかに悲しそうに微笑んでいる望の頬を力一杯叩いた。
そのときのサヨの顔には、怒りがありありと表れていた。
「この薄情者!」
サヨはそれだけを言い残して、早足で病室を出て行った。
刃のようなサヨの言葉を受けた望は、ふらふらと母のベッドの横に行くと、糸を切られた操り人形のように、すとんとイスに腰を下ろした。
うつむいているためその表情は見えないが、すすり泣きの音が聞こえて泣いていることがわかった。
ピッピッピッ
心電図の機械音がやけに大きく聞こえる。
ピッピッピッピ―
甲高い機械音が、彼女の死を告げる。
それを見届けたユキゲは、彼女の上へ飛んでいき、ポケットから透明な小さいガラスを取り出した。ちょうど、サヨのネックレスに埋め込まれているガラス玉ぐらいだ。
ユキゲがそれをかかげると、まぶしい白い光が瞬いた。
すると、ガラス玉がシャンパンのような綺麗な琥珀色に染まった。
「じゃぁな」
ユキゲは静かに病室を出て行った。