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35:太陽の光

 サヨは体のだるさを感じながら、仕事を今日もこなしていた。疲れが出たのだろうか?それにしては酷いような気もする。

「おい。大丈夫かよ」

最近、自分の羽で飛ぶことを覚えたユキゲが、心配そうに見つめてくる。

 どうもしてないとでも言いたそうにサヨは微笑むが、どう見ても大丈夫そうには見えない。だからと言って、サヨを休ませることも出来なかった。天使の仕事は重要だ。それを怠れば大変な事になる。世界の理を狂わせるとも聞いたことがある。実際の事は知らないが。

 最近のサヨは動きが鈍くなっていった。体力がなくなったように見える。疲労だろうかと思ったが、それでここまで酷くなるわけがない。病気という事もない。天使は神のご加護故に、病気をしないはずだ。加護さえ、あれば。

 ユキゲは嫌な考えに思い当たった。それは、起きてはならない事。一番犯してはならない禁忌。

 嫌な汗が背中を伝う。

 サヨに限ってそんな事はないと、信じているのに。考えはどうしてかぬぐい去れない。

「もしかして、お前…」

「サヨ!?」

遠くから、といってもそこまでは遠くないところから、駆け寄ってくる1つの影が見えた。

 苦しそうにゆがんでいたサヨの顔が一気に、明るく光を灯した。

 学校帰りなのか、初めて見た制服姿はどこか可笑しくて笑えた。チェックのズボンも、紺のブレザーも、シャツもシワだらけのよれよれで、彼の日常が少しうかがい知れた。

「学校帰りなの?」

声の届くところまで来た彼に微笑みかけると、ニッコリと笑い返された。思わず、顔が赤くなる。いつになったら、慣れるのだろうか?

 サヨに質問をするタイミングを完全に失ったユキゲは、不満そうに腕を組んでいた。

「うん。今日、バイトが急に休みになってぶらぶらしてたとこ」

なにもない普通の会話に、サヨはどきっとした。あのあと、星司はどうしたのだろう?

 サヨの頭に暗雲がたちこめた。考えるなと、必死に言い聞かせてみても、隅では誰かがずっと語りかけてくる。「あなたは天使なのよ」と。

 それを振り払うように、明るく、うんと明るく声を出した。

「じゃあ、ちょっと付き合ってよ。行きたいところがあるんだ」

サヨは、望の腕に自分の腕を絡める。肩に、ぺちゃんこのバッグの生地が当たる。

「ほら、ユキゲも行くよ。美味しいプリンがあるお店に行くんだから」

暗い顔をしていたユキゲを振り返るサヨからは、先ほどの嫌な予感が感じ取れなかった。いつも通りのサヨがそこにはいた。

 気にしすぎか?だとしても、調べるほかない。

「オレ、パス。お熱いお二人さんの邪魔しちゃいけねぇからな」

わざとらしく、嫌味ったらしく言ってみる。サヨをからかうのは楽しいからな。

「え?来なよ。最近ユキゲと会話してないし」

望の寂しそうな顔。確かに、最近望とはろくに話した事もなかった。お互い、いろいろとあったのが関係しているのだろう。

 望とはいずれちゃんといろいろと話し合わないといけないと思ってはいたが、今は違うな。

「わりぃな。デートの事はあとでサヨが話してくれっから、それを楽しみにしてるわ」

「ちょっと!ユキゲ!」

サヨが急に慌てだした。この反応がたまらなく笑える。

「こいつ、最近お前の話ばっかでよぉ」

「何言ってんの!」

「ノロケ話って言うの?マジで胸焼けするかってぐらい…」

最後のあたりはもごもごとしか聞こえなかった。サヨはユキゲを捕まえると、窒息でもさせるぐらいの強さで口を押さえ込んだ。

 必死の形相のサヨも、凄くうける。

 それでもバカにしたようなにやけ顔をやめないユキゲを、サヨは思いっきり黒い笑顔で睨みつけてやった。

「いけないお口はコレかしら?余計なことペラペラと!」

ユキゲの、小さい頬を思いっきり指で横に引っ張る。抵抗する手は、まるでハエが止まったぐらいにしか感じなかった。

 悪かった。と口にしようにも、引き延ばされた唇からは言葉という言葉は出てこない。

 カエルみたいな顔になっても、ユキゲに反省の色が見えないと判断したサヨは、ぐりぐりとつまんだ頬を回した。

 気の毒そうにユキゲを見ていた望は、思い出したように口を開いた。

「俺の話って、何話したの?」

びくっと肩を震わせたサヨは、恐る恐る望の方を振り返った。そこには、面白そうに笑っている望がいた。

 サヨの顔はなにを思いだしたのか、かぁっと赤くなっていった。

 コレ幸いと、力が弱まった指からユキゲは抜け出した。ひりひりする両方の頬をさする。

「それは…その…」

口をぱくぱくとさせ慌てているサヨを横目に、ユキゲは望の方へと飛んでいった。

 それにサヨが気づいたときには、ユキゲはすでに望に耳打ちをしていた。

「ほら、この前のクリスマスの時のこととか」

「え?」

それを聞いた望の顔は一瞬にこわばった。そして、一気に顔が赤くある。

 その反応は予想外のため、ユキゲは目を丸くした。そして、面白そうににやりと笑った。

 望は恥ずかしがっているような、慌てているようなそんな表情をしていた。

「サヨ、いったいなにを話したんだよ」

その言葉はサヨに向けられていたのに、ユキゲはもう一度耳打ちしようとしていた。

「オレが教えてやろおかぁ」

「ちょ、変なこといわないでよ!私、あのことまでは…」

慌てたサヨは、ユキゲを止めるためにかけだした。しかし、慌てすぎた。足がもつれ、地面が近くなっていく。

 ぶつかる。倒れる。

 サヨはきつく目を閉じた。しかし、肌に感じたのは地面の固い衝撃ではなく、優しくも力強い感覚だった。それがサヨを支えるための手だと、すぐに気がついた。目を開けたときに見えたものは顔を青くして手を伸ばしている望だった。しかし、支えてくれているのは望ではなかった。視線の端に映る銀の髪。

「そんなにボクに抱きしめられたかったの?」

後ろから抱きしめるようにサヨを支えているセイメイが、イタズラっぽくサヨの耳元で呟いた。思わず、ぞっと鳥肌がたった。

 望が少しムッとしているのを気づいているのか、抱きしめている腕に少し力を入れてサヨの肩にセイメイはあごを乗せた。さすがのユキゲも、大胆な行動にギョッとした。

「あんたが勝手にしたんでしょ!」

慌てたサヨは、どうにか逃げようとセイメイの腕の中で暴れた。しかし、放してはくれない。むしろ、面白そうな笑顔でもっと体を密着させてくる。

「もう放しなよ。サヨもいやがってるし」

「いたんだネ。気づかなかったヨ、雨宮」

言葉は望に向けているのに、視線はサヨから放そうとはしなかった。捕まえたサヨを放そうともしない。

 穏やかな性格をしている望も、眉をよせた。

「サヨを放しなよ」

「まぁ、失礼な方ですわね」

高い少女の声。そして、嫌味くさい口調には聞き覚えがある。

 いったいどこから現れたのか、ひょっこり望の肩にウスイは乗っていた。

「セイメイがいなかったら今頃サヨは、全身を打ちつけていましたのよ。感謝しなさいな」

ニッコリとウスイは皮肉混じりの笑顔をした。

「助けるにしてもよ。あれはねぇんじゃねぇの?望の前だし」

「助けて差し上げたのに、感謝の言葉の前に苦情ですの?常識を知りませんのね」

バカにしたようなウスイの言葉に、ユキゲはムッとした。しかし、ウスイの笑顔は変わらず。二人の間に火花が散っているのはいうまでもない。

「ねぇ、サヨチャン。感謝のしるしに、ボクにキスしてくれるかい?」

サヨは、ギョッと目を見開いた。さすがに抵抗を強めた。

「全力で断る!」

セイメイの腕から逃れるために、グッと力を入れる。すると、急に視界が暗くなった。はっとしたサヨは、少しだけ見上げる。

 すると、そこには不機嫌そうな顔をした望がセイメイの腕を握っていた。

「冗談が過ぎるんじゃないのかな」

不機嫌がさらけ出された声に、サヨは少し胸が鳴った。すっとセイメイの瞳が見えたような気がした。

 望はグッとサヨの肩を掴むと、自分の方に引き寄せた。どうしていいのかわからないサヨは、ただ望の胸にすっぽりと収まった。

「冗談?ボクは本気だヨ。サヨチャンが好きだからね」

そう言うと、サヨに笑顔を向けた。それが気にくわないのか、子供のように望は口をとがらせた。制服姿のせいか大人っぽく見えていた望が、いっきにいつもの子供っぽい望に戻った。

 しばらく、セイメイと望の睨みあいが続いた。

 それを傍観しているユキゲとウスイは、少し面白そうだった。

 しかし、この睨みあいに割って入ったのは意外な人物だった。

「雨宮じゃん!」

空気を読んでいないだろう、望と同じ制服を着た少年だった。望が驚いたような、気まずそうな顔をした。

「加藤」

「え、それ誰?」

加藤と呼ばれたその少年は、サヨを見ると意外そうな驚いたような顔をする。そして、その顔を次第ににやけへと変わった。

「あ、もしかして…」

「彼女だよ」

照れくさそうに、望はサヨに目を落とした。ぼーっと見上げていたサヨと目があって、ほんのり赤くなった。

 突然の乱入者により、放置されたセイメイは小さくため息をついた。

「少し、大人げなかったのではありませんの?」

ウスイはそのセイメイに、小さく耳打ちをした。もう一度ため息をついたセイメイは、サヨと必然的に目に入ってくる望に視線を向けた。ウスイの問いかけには、答えなかった。

 加藤は望の背中をバシバシ叩いて、大きな声で笑った。

「そっかぁ、あの望にやっと彼女がねぇ」

「痛いんだけど」

「しかも、こんなトコで抱き合っちゃって。恥ずかし~」

そう言われて、二人は周囲の視線と自分達がしていることに気がついた。どちらからとなく、二人は慌てて離れた。

 その様子を、加藤は弓なりに細められた目で見ていた。

 そして加藤は、恥ずかしそうに目を泳がせていたサヨに、手を差し伸べて愛想のよい笑顔を向けた。

「俺は加藤。望のクラスメート。よろしく」

「…私は、サヨ。こちらこそ」

ぎこちなくサヨも挨拶をして、握手をした。その手は大きく上下に振られ、頭が揺れた。

 それが終わると、探偵のようにあごに手をつけてサヨの顔をのぞき込んできた。

「流石は我がクラスのアイドル。すんごい美人さんを捕まえましたなぁ」

「アイドル?」

サヨは首を傾げた。アイドルというものは、どういうものなのかサヨにはサッパリだった。

「雨宮望といったら、我が学校のイケメンの一人なのだよ」

望が慌てたように加藤の口を押さえようとしたが、それは意図もたやすくかわされた。

「そりゃあモテモテで、女子からのラブコールは星の数」

望をかわしながら、加藤はのんびりと学校の望に関して話してくれた。

「しかし、誰とも付き合わず。聞いた話じゃ、好きな人がいるだとか」

その言葉に、サヨは一気に体が熱くなった。

「まさか、もうゲットしてたとは。しかもこんな美人を」

「美人じゃ、ないよ」

恥ずかしそうに、サヨは俯いた。その反応に加藤は、面白そうに目を細めた。

「ちなみに、どこ高?あ、もしかして年上だったりしちゃう?」

年上といえば年上だけど。サヨは対処に困っていた。

 ナンパを上手く受け流したことは幾度となくあったが、今の様な場合はどうするべきなのだろう。

「うるさいぞ、加藤」

望はぽこっと加藤の頭を小突いた。いてぇよと頭を不満そうに言っているが、加藤の顔には笑みがまだあった。助かったとサヨは胸をなで下ろした。

 と、不意に肩に腕が回された。加藤のものでも、望のものでもない。さっとサヨの鳥肌が立った。二人でないとすると、彼しかいない。

 またさっきの繰り返しになるかもしれないと、サヨは離れようとした。

 しかし、肩にあった腕が腰をがっしり掴む。逃げられない。サヨは焦った。

「ボクはこれから返事をもらいに行くんだヨ」

耳元でささやかれた言葉に、サヨの胸が大きく鳴った。

 そんなサヨを知ってか知らずか、セイメイはふっと笑うとサヨの頬にキスを落とした。

 さっきまであんなに笑っていた加藤が、驚いたような顔をする。望も、不快そうに眉を寄せている。

「そんなに驚かないでヨ。別れのキスぐらいでサ」

ウスイに行くよと合図を送ったセイメイは、サヨから離れて何事もなかったかのように歩いて行った。

 しかしサヨは、全く動こうとしなかった。瞬き、1つしないでただ同じ格好で、立ち尽くしていた。

「セイメイにはあとで言っておきますわね」

ウスイは望に耳打ちをした。

「しっかり、キツイのをお願い」

1つため息をついてそれだけ呟く。ウスイは可笑しそうに上品に笑うと、セイメイのあとを追った。

 加藤に帰るように促す望。

「え?何?三角関係的な?」

「いいから、帰れ」

さすがに空気を読んだ加藤は、渋々という雰囲気で帰って行った。

 いまだ固まったままのサヨの前で、ユキゲは変顔をしてみる。しかし、反応はない。若干、ユキゲはむなしくなっていた。

 なにを見ているのか、サヨは一点だけ見つめていた。なにを考えているのかわからない表情。感情があらわれない瞳。そこにいるのはまるで人形。

「サヨ!?」

望は怖くなってグッとサヨの肩を強く掴んだ。すると、息を吹き返したように、サヨの顔には感情が現れた。しかし、それは困惑、恐怖、不安。そういった負の感情だった。

「いかなきゃ」

まるで暗示でもかけられているように、サヨは弱々しくそう呟く。目が小刻みに揺れ、正気には見えなかった。

 サヨの足が、さっきセイメイが去っていった方へと向かう。

 しかし、それ以上望は進ませようとしなかった。グッとサヨの腕を掴み、自分の方に引き寄せる。後ろから、ギュッとサヨを抱きしめた。こうしていれば、サヨはどこにも行かないと安心できるような気がしたから。

「私、行かなきゃ」

それでもサヨはそう呟く。

「おいサヨ。お前、どうしたんだ?」

心配そうにユキゲがサヨの顔をのぞき込む。その顔は、見るものに不安を覚えさせるものだった。どんな感情が見えるかと問われると困るが、どのような顔かと問われると、そういう顔をしていた。

「いかなきゃ」

それしか呟かないサヨの声は酷く震えていた。

「どこに行くの?セイメイになにか言われたの?」

「私、行かなきゃ!」

サヨの耳にはなんの言葉も届いていないのか、サヨは声を荒げると望を強く突き飛ばし走っていった。セイメイが去っていった方向に。しばらくすると、その体はフワリと宙に浮き上がり、青い空に遠ざかっていった。

 望はあまりにも衝撃的すぎて、それをただ見つめることしか出来なかった。

「追わねぇのか!?」

慌てたようにユキゲは望の手を引っ張った。ようやく我に返った望は、とにかくサヨが去っていった方角に走り出した。

 サヨがどこに向かったのかも、なにを考えていたのかもわからない。

 その事実が望を不安にさせ焦りも感じさせた。


 締め切った窓とドアに影が映るたびに肩を震わせては、そのシルエットがあの銀髪でないと確認し、ほっとする。その動作を朝から繰り返していた。

 そんなに怖いなら部屋に引きこもっていればいいのに、星司はそれをせずにカウンターに座っていた。手に握られているのは、先日届いた手紙。カウンターに散らばっているのは以前もらった手紙。古いものなのに痛んでいないところをみると、大事に取っておいたのがわかる。

 誰にもさわらせたことも読ませたことも存在を教えた事のない、手紙の山。

『来世でも会えますでしょう』

愛しい字で書かれた残酷な言葉を、幾度となく読み返した。

 答えは、出ない。出るわけがなかった。

 2つの考えが心の中で平行線を張っていた。

 アイツがしたいことがあるなら、そうさせてあげたい。今を過ごせなくても。

 アイツとの今が大事なんだ。来世なんか知ったこっちゃない。アイツを止めたい。

 星司は一度、全ての考えをはき出すように深く長いため息をついた。

「ため息をつくと幸せが逃げるそうだヨ」

不意に聞こえた声に、星司は驚いて立ち上がった。がたんと大きな音を立てて、座っていた椅子が床に倒れる。

 星司の見開いた瞳に映っているのは、銀髪、そして、あの貼り付けたような笑み。

「そんなに驚くことかナ?ホントに今日はどこに行っても邪魔者扱い。失礼だヨネ」

肩を落としてがっかりそうにしている姿が、相変わらずわざとらしい。

「わかってるヨ。サヨチャンが来る前にだよネ。キミも、ボクを非難するのか」

誰と話しているのかわからないが、少しだけ時間ができて星司は落ち着くことができた。 セイメイといったか。こいつが来るということは、ヒナガへの返事に関することだ。

「お引き取り願おうかねぇ。まだ決まってなくてね」

それだけ言うと、星司は手紙の山に目を落とした。嘘はつけないから。

 すると、セイメイの顔からすっと笑顔が消え失せ、ぞっとするような瞳が覗く。

「言ったはずだよネ。チャンスは今しかないって。手遅れになっちゃうヨ」

セイメイの顔にはいつもの笑みが戻っていた。しかし、オーラはそれはとてつもないものであった。

 星司は思わずギュッと目を閉じた。ギリギリと拳の爪が皮膚に食い込んでいく。

「正直言って、ボクは十分生きたから消えてもいいんだよネ。ウスイはどうか知らないけど」

星司はいったいなにをセイメイが言っているのか、わけがわからなかった。しかし、そんな事は今の星司には聞き流すべきつぶやきだった。

 ただ自分にどうしたいか問いかけて、自分の気持ちを知るのが大事な事だった。

「ウスイ、嘘はいけないネ。折角ユキゲと仲直りができたから、そばにいたいんでしょ」

ケラケラとセイメイはなにかを笑っていた。いったい、なにと話しているのだろう?ウスイとはいったい何なのだろう?

「ボクかい?ボクはいいんだヨ。サヨチャンが幸せになったからネ。見込みもなくなちゃったし」

あのセイメイが、切なそうな笑みをした。しかし、どこか満たされているようにも見える。アイツもあんな顔をするんだと、星司は驚いていた。

「話を広げたのはウスイじゃないか。わかってるヨ」

セイメイは星司に視線を送ると、ニッコリと笑った。思わず、星司は後ずさった。

「答えないならそれでもいいヨ。元々あの手紙は返信不要だしネ」

セイメイはドアノブに手を置いた。背を向けられて、表情が見えない。

「疲れたから、ボクはもう来ないヨ」

店内に眩しい太陽の光が差し込み、星司ははっとした。

 しかし、顔を上げて口を開いたときには、ドアは閉じていた。

 やっと出た答えは、手遅れになってしまった。

 まだ、心は決まってないけどヒナガと直接話したい。会わせてくれ。

 どうして、最初からそれが思い浮かばなかったんだ?

 思っていることを全部ヒナガに話せば、なにかが変わったかもしれない。それが矛盾したことでも。

 悔しさから、星司はカウンターに拳をたたきつけた。

 ダンッという音が、静かな店内に響いてはすぐに消えていった。

 と、そのときドアベルが荒々しく鳴った。

 太陽の光が、もう一度店内に差し込んだ。


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