32:カプチーノ~満開の桜~
ヒナガがいつ来るかいつ来るか、毎日毎日そわそわして待っていた。
そのくせ、いざ来ると態度が素っ気なくなる。
それでも最後にヒナガは「また来ます。次もカプチーノお願いしますね」っと、可愛く微笑んでくれた。
さすがに知り合いも俺たちの仲を怪しんで、からかってくる。別に、そうゆう気持ちがない訳じゃなかったけど、なんか言われると否定したくなる。
「この前、そのお店のケーキがとってもおいしいって聞いたんです」
「へー。今、人気だよな、その店」
「はい。コーヒーもおいしいそうですよ」
「ふーん」
俺はカップをカチャカチャといじっていた。何の意味もなく。
落ち着かないときの俺の癖だって、言われなくともわかってる。てか、言うな。
わかってるんだって、アイツを気にしてるって。でも、どうしてもそれを口には出来なかった。そうすることで気持ちが伝わる。でも、どうしてか取り返しがつかないことになる。それも、悪い方向に。
そんな予感ばかりがよぎって、俺はいつも何も出来なかった。
話は途切れてしまった。気まずそうにヒナガがコップに口をつける。何かを待っているように。それがなかなか来なくて、残念がっているように。顔が仕草が態度がオーラが、とにかく全てがそう語っていた。俺の勘だが。でも、俺の勘はなかなか当たる。
「……その店、行ったことあるの?」
「あります。でも、店には入ったことが無くて…」
「は?そんなの、行ったことないのと一緒じゃないのさ」
彼女は少し驚いて見せた後、恥ずかしそうに笑った。
カプチーノはすっかりぬるくなってしまった。
熱々がうまいのに、コイツは何をしてんだ。なんて、悪態をついてたな。心の中で。
「一人で行くのが恥ずかしくて…。みんな、友達とか恋人とかと、一緒のようで」
「友達誘わないの?」
とたん、ヒナガの顔は真っ赤になった。茹で上がったたこみたい。
失礼。リンゴみたいに頬が赤くなってかわいらしかった。といった方が、ロマンチックだろうか。
そわそわ。あたふたあたふた。あきらかに動揺していた。
もしかしての、もしかして!?
俺は内心無茶苦茶期待した。今まで無いぐらいドキドキしたしキラキラわくわくした。
「その…」
きた!
俺は心の中で絶叫した。
「一緒いく友達はいるんですけど、行けなくて」
へ?
「というか、行ってるんだけど行ってることにならないのですよ」
俺の完全なる勘違いか?え、期待損?
「嘘でしょ~」
頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
アイツは知らないにしろ、恥ずかしい。恥ずかしすぎる。しかも、期待が大きかっただけにショックも予想以上にでかい。
もう、立ち上がれない。起き上がれない。再起不可能だ。
あぁ、俺の人生はもう終わってしまった。
「だから…」
いや、星司。お前は男だろ。女から誘われんの待ってんじゃねぇよ。男だろうが。
俺は勇気を振り出して立ち上がった。
「俺と…」
「一緒に言ってくれます?」
「へ?」
俺は間の抜けた声をあげた。それが言葉なのかすら怪しい声を。ちょ~かっこわるい声を。
ヒナガは恥ずかしそうに顔全体をもっと赤くした。茹で上がったカニかエビ。じゃなかった。火?炎?違うな。なんだ?その…、バラ?でいいか。バラみたいだった。
違う違う。今大事なのはそこじゃないって。
俺、今、デートに誘われてんの?しかもヒナガに?
えっと、現実だろうか?夢じゃないの?
頬をつねってみた。痛い。
手の甲をつねってみた。痛い。
髪を引っ張ってみた。痛い。
コーヒーカップを振り上げた。止められた。
「え?なにやってるんですか?」
「いや、ちょっと、確認?」
コーヒーカップを戻して、首を傾げる。
現実のようだ。手首を握っている、ヒナガの手が温かいから。
あぁ。そうか。現実なんだ。そうかそうか。
「って、いつまで握ってんの」
俺は思わず、その手を振り払ってしまった。
名残惜しい。惜しいことをしたのかも。
「すみません。危なかったので」
ヒナガは心配してくれただけなんだ。俺のことを心配して。
まぁ、誰でも目の前でコーヒーカップなんか振り上げられれば、止めるよな。
今度は絶対勘違いしないぞ。
俺は、さっきのショックが大きすぎて、少し人間不信になっていた。
しかし、心の奥底、じゃないところでは、脈ありなんじゃないのかと期待が溢れていた。
「あの、そんなに嫌でしたか?」
不安そうに眉毛を下げる彼女に、胸がずきんずきんと痛んだ。
俺はもちろん慌てた。
「違うって。確認だって言ったでしょうが」
「確認?」
訳がわからないだろう。そりゃあな。俺だってわからないからな。
「なんだ。別に、一緒に行ってやってもいい」
やっぱり、ぶっきらぼうな言い方になってしまう。
でも、顔が喜んでいるのと赤くなっているのは流石にわかった。
情けない。見られない様にヒナガの目を覆いたい。
「本当ですか!」
その顔は卑怯だ。
満開の桜のようなその笑顔は、卑怯だ。