31:カプチーノ~プロローグ~
俺が15の頃だったかな、あいつに出会ったのは。
情けないことに、俺は車に轢かれそうになった。そんとき、助けてくれたのがヒナガだった。
はっきり言って、俺の一目惚れだった。
ホントにあいつは天使のような奴だった。
周りにいる女と違ったオーラを放っていた。特別な女だった。
でも、それっきりだった。俺は普通の人間だから、ヒナガが天使なんて見抜けなかったし。サヨと希みたいに会う理由も約束も無かった。
だから2年間も会えなかった。
だけど、あの日やっと俺はあいつに再会できた。
俺の知り合いがやってた喫茶店にあいつが来てた。そこの常連だった。
理由が出来たんだ。あいつに会える理由が。
俺はそこの手伝いをするようになった。ヒナガに会うために。
最初はヒナガは俺に気づかなかった。同じ店にはいたけど、顔を合わせることも話しをする機会もなかったから。
でも、やっとチャンスが来た。俺が1人で店番していた時にヒナガがタイミング良く来た。
店員は俺だけ。絶好のチャンスだった。
見慣れた店がどこか違う違う空気に満たされたみたいな、変な感覚に襲われて。緊張してたんだな。
カウンターにヒナガが来るまでに俺は、髪に服にとにかく整えるものは整えた。
でも、すぐには話せなかった。
やっぱり、どんな恋にも邪魔って入るじゃん。まあ、そんときのは軽いものだったけど。
「にーちゃん、おかわりくれっか?」
「かしこまりました~」
俺は心の中で舌打ちをした。
ここは店で、もちろん客がいるわけで、二人っきりってわけじゃなくて、俺は一応定員ってわけだ。まあ、仕方ないのだけれど。まぁ、これも彼女と会うためで。
そう言えば、このエプロンチョーださくないか?
この店の制服みたいなもんだから、脱げないわけだけど…。
なんか、マシに出来ないものか…。
俺は客におかわりを持って行きながら、思案した。
そこでひらめいたのが、このバンダナってわけだ。
調理実習で三角巾の代わりに使ったのが、ブレサーのズボンのポケットに入っていた。
「私にカプチーノお願いします」
「かしこまりました」
心臓の音をBGMのなか、俺はあいつのカプチーノを入れた。
らしくなく、手が震えていたっけな。
「どうぞ」
ぶっきらぼうな不機嫌そうな声だなぁって思ったな。俺って、緊張するとそうなる癖で。
でも、カプチーノは我ながら良いできだ。コーヒーとかは入れる人によって、味は違うもんだ。まぁ、豆も関係してるけど…。
「あら?あなた、新しい人ですか?」
「まぁ、他に比べれば」
「そうでしたか。はじめまして。私はヒナガです」
握手を求める手が伸びてきた。
真っ白でほっそりしてて、この世のものじゃ無いくらい綺麗だった。絵か彫刻か、そういう芸術もんだった。
「俺は星司。よろしくな」
握手をしようと手に力をいれたが、どうも俺の手は芸術品に触れるのに勿体ない代物だった。
だから、俺は手を挙げるだけの挨拶をした。
望んでいた反応を待ちわびている彼女の手は、気まずそうにカップに触れた。
一口、コーヒーを運ぼうとしたあいつは、なにか思い出したように首を傾げた。
そして、俺の方をじっと見つめてきた。正確には顔を。
「あなた、この前事故に遭いそうになった子?」
「この前?」
ごく最近の俺の生活には、そんな危険は無かった。むしろ、平和そのものだった。地獄というよりは天国だったし。
轢かれそうになったのは…。
「それって、2年前じゃないの?」
「あら、この前じゃないですか」
楽しそうにニッコリと笑って、考えが当たっていたことに喜んでいた。
「でも、2年も経てば人間の男の子ってこんなに成長しちゃうんですね」
「人間の、男の子?」
俺が眉をひそめると、しまったと言うような顔になって何か慌てだした。
「えっと、その…」
「男の子って、俺もう17。今年もう18なの。子供じゃないの」
「え?」
今度はヒナガがハテナマーク出した。
さすがの俺も突っ込みどころが違うな、って思うわ。
「え?」
俺もそんな反応が来るなんて思っていなかったから、驚いた。
いったい、何に慌てたのだろう。
その時の俺にはさっぱりだった。
「あぁ、そうですね。申し訳ありません」
ほっとしたようにおっとりと微笑んだ。
まじで俺はあいつにベタ惚れだった。
と、店の時計がなった。
時間の流れは速いなぁ。なんて、なんか悲しくなった。
「まぁ、もうこんな時間。ごちそうさま」
ヒナガは、空になったコーヒーカップを置いて立ち上がった。
残念だが、あいつにも用事もあるし俺にも仕事がある。次いつ話せるかわからないが、わがままは言えるわけがない。
俺はレジを開けた。
会話もおつりもない、つまらない会計。
店から出て行こうとしたヒナガは思い出したように、俺を振り返った。
「カプチーノ、一番おいしかったです。今度来たとき、また入れてくださいね」
それが俺たちのきっかけだった。