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30/39

30:星司

 新年を迎えても、世界は普通にまわっていた。いつも通りに変わらず。

 クリスマスを終えたからと言って、新年を迎えたからと言って、サヨの周りには特に変化はなかった。

 ただ、最近ウスイとユキゲがやたらと仲が良い。セイメイも、相変わらずセイメイだ。

 ただ、変わったと言えば最近サヨ体がおかしい。うまく動かないことが多い。

 どうしてしまったのだろう?

 サヨには全く訳がわからなかった。

 疲れかなと、一人で納得をしていた。実際のところは崩壊が進んでいると知らずに。


 今日は、珍しくサヨはHEARTに顔を出していた。

 いつか寄ろうと思っていたが、寄らないまま日にちが経っていた。

 と、カウンターにはいつものようにマスターがいた。

 しかし、今日は新聞ではなくいくつかの折り目のついた紙を読んでいた。それが手紙だと、気づくには時間はいらなかった。

 文章を追っている目には、何とも言えない感情が見え隠れしていた。

 愛おしそうな甘い目だったり、悲しそうな苦い目だったり。サヨには難しい、けれどどこか知っているような…。

 胸が、思わず苦しくなった。息がうまく出来ない。よくわからないうちに、涙が滲んでいた。

 ふと、マスターがサヨの方を見る。息をのんで目を見開く。いったいマスターは何をそんなに驚いているのだろうか。

「お、はよう、ございます」

思わず、ぎこちない挨拶をしてしまう。しかも、今は昼時だ。

 どうしたらいいのかわからず、サヨはそのまま立ち尽くす。

 静寂が店を包んだ。聞こえるのは外の音と店内に流れているひっそりした音楽。

 からん、からん。

 綺麗なドアベルが来店を告げる。

「いらっしゃいませ」

マスターが営業スマイル貼り付ける。それが、仕事をする出来た大人なのだろうが、どこか悲しかった。

「マスター。私が店番するよ」

「いや、でも悪いっしょ」

「もう、今更何言ってるのさ。昔だってこき使ってくれたじゃん」

サヨはイタズラっぽく笑ってみせる。すると、マスターは困った様な助かったような顔をした。

「ありがとね。じゃあ、ちょっと俺は休憩するわ」

急ぎ足で店の奥に入っていった。

 サヨは、そそくさとお客の方に歩いていった。あの人は常連の人だ。

 また、ドアベルが鳴る。

 今日は客が多い日なのか?

「…ですね、かしこまりました。いらっしゃいませ~」

オーダーを取ったサヨは、大急ぎでカウンターに戻り営業スマイルを出入り口に向けた。

 と、次の瞬間その笑顔は引きつった。

 太陽を反射して眩しい、銀色の髪。安っぽい笑顔。

「やぁ、サヨチャン。まさか、今日はここにいたなんて」

セイメイは、幸せいっぱいというような眩しい笑顔でカウンター席に座る。

 サヨは気にしないという素振りでコーヒーを入れる。

 実は内心そんなんではない。セイメイとはいろいろとあった。実はあれ以来まともに話したことはない。ましてや二人でなんて。

 後ろめたさと謝罪の気持ちと、感謝と、やっぱり友情と…気まずい。

「なんで、あんたがここに来るのよ」

何事も無かったかのように、昔のように接した。接しているつもり。

 実際どうなっているんだろう?

 サヨの胸は今にでも破裂しそうだった。

「一応客だヨ?そんな態度でいいのかい?」

「客なら注文しなよ」

サヨは入れ立てのコーヒーをさっきの客の席へと運ぶ。

 カチャカチャと陶器がぶつかる旋律は、コーヒーの苦い独特の香りといいハーモニーを作り出していた。

なぜか指輪のさびが落ちていくように、サヨの心も綺麗になっていくような気がした。

「おませしました。……ごゆっくりどうぞ」

そそくさとカウンターに戻ってくるサヨ。

 なにをそんなに急ぐ必要があったのか、サヨにすらわからないでいた。

「ボクもアレ」

「ホントに注文したし。お金持ってるんだか」

「失礼だネ。ボクだって働いてるんだヨ。それに、注文しろってサヨチャンが言ったんだからネ」

「そーでしたね」

サヨはてきぱきとコーヒーを入れはじめた。

 なんか、以前と比べてセイメイが意地悪になったような気がする。

「で、なんで来たのさ。こうゆうとこ、セイメイ来ないじゃん」

「ちょっとオツカイさ」

「おつかい?あんたが?いったい誰があんたに命令するのさ」

「それは秘密なんだヨ。サヨチャンにも言えないんだ」

サヨはカウンターにコーヒーを出す。

 しかし、セイメイは黒い液体を眺めるだけで、いっこうに口をつけようとしない。

 しかも、話は途切れてしまった。どこか、気まずい空気。

 と、さっきのお客が財布をサヨにかかげて見せた。お会計という意味だ。

 サヨはレジを開ける。おつりもなければ、親しい会話もない会計が終わる。

 とてとてと空いたコーヒーカップを取りに行く。

 重たい空気はこの店に充満しているのだろうか?それとも、サヨにまとわりついているだけ?

 空のカップを持って戻ってきたサヨに、セイメイが静かに話し出す。

「幸せかい?雨宮とうまくいってる?」

思わずサヨの心臓が大きく鳴った。

 セイメイは未だにコーヒーに口をつけていない。なにかがその中にでも映っているように、ただただ見つめていた。

 どこか寂しそうな表情。

 一度は愛そうとした人のそんな顔は、サヨの胸に刺さった。

「…うん。幸せだよ。また、あの日だまりに戻ってきたみたい。信じられない」

一言目は、喉に絡みつきなかなか出てこようとしなかったが、出てきてしまえばその後はサラサラと言葉が流れ出てきた。

 クスッと小さくセイメイは笑って、ブラックのコーヒーを口にした。

 それがどういう意味なのかはサヨには全くわからなかった。

「キミには、日だまりが似合ってる。一生そこにいてもらわないとネ」

「変なセイメイ」

サヨにはわかっていなかった。セイメイの言葉にどんな意味が含まれていたのか。

 今のサヨにはわかるわけがなかった。

 純潔を失うことがどうゆうことか、知らない彼女には。

 「サヨ。俺…」

散歩してくると言いかけたマスターは、目を丸くしサヨの後ろで静止していた。

 やぁ。と、セイメイがそれに手を振る。

 わけのわからないサヨは、二人の顔を見合わせることしか出来なかった。

「返事がもらえるかなっと思ってネ」

「…」

あの陽気なマスターが、下唇を噛み苦しそうにうつむいていた。拳は強く強く握られていて、小刻みに震えていた。

 うっすらと、セイメイの瞳が現れる。ゾッとさせる色の瞳。

「その様子じゃ、返事はまだなんだネ。残念だヨ。チャンスは今しかないのに」

「俺は…」

「あの人が聞きたいのは、アンタの気持ちだよ。本当のネ」

「ちょっと!待ってよ」

ただならぬ雰囲気と、わけのわからない会話にサヨはパニックを起こしていた。

「いったい、なにが起こってるの?セイメイとマスターが、知り合い?あの人って?」

「サヨチャン。キミが知らなくてもいいことが世の中には、たくさんあるんだヨ」

「これがそうだって言いたいの?でも…」

チラリと、マスターを見る。

 どこか昔のサヨに似ていた。

 どうすればいいのかわからなかった時の。道に迷って、なにもわからなくなった時の。自分の気持ちを包み隠した時。愛するものを一番思ってた時。そして、失った時。

「知る権利は無いかも知れないけど、マスターをこのままには出来ないよ」

スッと、少し細めたセイメイの冷たい瞳がサヨを射貫く。

 負けじとサヨも決意にこもった目で返す。

 さすがのセイメイも心が揺れる。

「ボクが話すわけには行かないんだヨ。ボクは傍観者にすぎないからネ」

さすがに負けたセイメイは目をそらし、申し訳なさそうに言った。

 飲みかけのコーヒーを置いて、セイメイは出入り口へと歩いていった。

 からん、からんと、不規則なメロディー。

「また来るヨ。返事、早めにしな」

店を出て行った途端、セイメイの姿は消えてしまった。

 後味の悪い、別れ方だった。

「あいつと、知り合いだったのね」

「それはこっちのセリフだよ。いったいなにが起こっているの?」

サヨはうつむいている星司を見つめた。何でも受け入れると言うように、真っ直ぐ。

「つーことは、サヨは天使ってわけなのね。いろいろと納得いくわ~」

目を細め、いつものような口調で明るく振る舞う星司は、痛々しくて見ていられなかった。空元気なのは、どう見てもわかる。

「マスターは天使を知っているの?もしかして…」

「いや、俺はいたって普通の人間よ。ただ…」

星司の言葉が詰まった。

 言葉を選んでいるよう。決意を固めているようで。

 口を開けては閉める。幾度もそれを繰り返す。

 サヨは、その口から言葉が発せられるのを待った。

「サヨは、ヒナガを知ってるか?」

心臓が鷲掴みにされたように、胸が一気に苦しくなった。

 ヒナガ。

 その名はもちろん知っている。

「うん。知ってる。ヒナガは、私の…」

その後がうまく出てこないのはどうしてだろう?

 しかし、なんて言っていいのかわからないのは確かだった。

「俺は…ヒナガを待ってるんだ」

「え?」

もう、何が何だかわからなかった。

 どうして、ヒナガが出てくるのか。どうして、今になって星司の口からヒナガの名前が出てくるのか。

 サヨの頭には疑問しか存在しなかった。

 次に何が口から出てくるのか気になって、それを凝視した。

「俺はもう、十何年もあいつを待ってるんだ」

星司は、全てを静かに話し始めた。

 それがどんなものなのか。今後のサヨの運命にどう影響するのかわからない。

 でも、サヨは静かに耳を傾けたのだった。

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