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29:クリスマスに運命は再び…

 サヨ達の運命が再び廻りだしたのはクリスマスの事だった。

 しかし、それを語るには少し早すぎる気がする。

 でも、語らなければサヨ達の物語にピリオドを打つことは出来ない。

 物語は、クライマックスを迎えようとしていた。

 どうか、彼女たちのハッピーエンドを祈って欲しい。


 街は、楽しそうなクリスマスソングであふれかえり、星のような綺麗なイルミネーションで飾られていた。

 街を歩く人の顔を一段と輝いて見えるのは、クリスマスのせいだろうか。

 そう、今日はクリスマス。世界中が幸せに包まれる日。なんて、誰かが言っていたけど、本当なのだろうか?

 少なくとも、サヨは幸せだった。

 今日は、望とクリスマスデートだった。

 デートは何回もしてきたけれど、今日はクリスマス。特別だ。

 だから、今日はうんとおめかしをしてきた。

 黒をメインにしたいつもの服とは正反対の、それでもサヨらしさのあるクリスマスしようの服。

 髪型だって、1つ2つアレンジした。

 手には望へのクリスマスプレゼント。何日も何日も悩んで悩んで、やっと昨日買ったもの。

 今までのクリスマスまでの期間、ワクワクしてキラキラしていた。

 冬の寒さなんて、吹き飛んだって言いたいけど、やっぱり寒くて寒くて手のひらに息を吹きかけては、こすり合わせる。

 サヨは一人で待ち合わせ場所にいた。ユキゲはサヨが言う前から、ついて行かないと言った。

 最近のユキゲは、どこかおかしい。

 具体的にこれとは言えないんだけど、なんかおかしい。

 おかしいと言えば、最近サヨはセイメイを見かけないでいた。

 いくらあのセイメイでも、失恋のショックはきつかったのだろうか?

「サヨ!」

ふと、空から白い結晶が舞い降りてきた。

 雪。頬に落ちたそれは、すぐに溶けて消えてしまった。

 その中に見える望。

 いつものような子供っぽい笑顔で、大きくサヨに手を振っている。

 サヨも、手を振り彼の元へ歩いていく。

 あぁ、こんなにも簡単に彼に歩み寄れるなんて、昔の自分は思っていなかった。

 クリスマスのせいか、サヨはそんなことを考えていた。


 「下の世界は、クリスマス騒ぎか」

暗い部屋で呟いたユキゲの声は、闇に溶けて消えていった。

 セイメイとあの話をしてから、自分でもわかるぐらい変だ。

 なんでもないことにむしゃくしゃしたり、いちいちアイツが頭に浮かんだり。

 やっぱり、いかれたな。

「…全部問い詰めてやるか」

ユキゲは重い腰を上げた。


 映画館から出てきた瞬間、異様に空が眩しく思えた。暗闇にいすぎたせいだね。

「いや~、なかなか面白かったね」

「そうか?定番って感じしたけど」

頭を傾けている望は、さりげなくポケットに手を突っ込んだ。

 その隣では、望の言葉をうけて考えだしたサヨがいた。

 その胸元には、鈍く光る希がいた。

 なぜか、複雑な気持ちになった。サヨには偉そうなことを言ったけど、なんか変な感じだ。

「そんなこと無いよ。ほら、あの雪のシーンとか、ここんとこがなんていうの?ほんわりした」

自分の胸に手を当てて力説してくる。

 望はそこが定番だってなんて思いながら、ポケットから小さい袋を取り出した。チェックで可愛らしいリボンがついている、クリスマスっぽい袋。

 それを望は力説して、身を乗り出しているサヨの顔の前に差し出した。

「へ?」

思わず手に取ってみたサヨは、目を丸くしてそれを眺めた。

 軽くて、そんなに大きくない。と言うか、小さい。

「クリスマスプレゼント」

いっつも明るくて元気で、子供っぽい彼が恥ずかしそうな照れているような顔をして、頬を掻いていた。

 そんな彼がとても可愛いと思いながら、あれ?と首を傾げた。

「クリスマスプレゼントって、女の子が男の子にあげるものじゃないの?」

「はい?」

緊張していた望は、サヨの意味不明な発言に一気に脱力した。

 いったいコイツは、クリスマスを何と勘違いしてるんだ?

 こうゆう風に付き合ってみると、サヨはあまり人間の生活を知らないと言うことがわかってきた。

 サヨはしっかりしていて、大人のイメージがあったんだけど…。

「それは、二月十四日のバレンタインだよ」

「バレンタイン?なにそれ?」

「女の子が好きな男の子にチョコをあげる日だよ。セイント・バレンタインデー」

「マジで!?知らなかった!準備しないと」

「いや、それより…」

なんだ、チョー可愛いんですけど。

 あたふたしているサヨを見て、望は胸がきゅーっとなった。

「開けていい?」

「うん」

なんか、急に照れくさくなって望は自分の靴先を見つめた。

 かさこそと袋を開ける音。

「これ…」

サヨの驚いたような、嬉しそうな、複雑な声が聞こえて、ようやく顔を上げる。

 サヨの細くて白くて綺麗な手で輝く、シルバーチェーン。

 望からのプレゼントのネックレス。天使の羽をモチーフにしているネックレス。

「何がいいかいろいろと悩んだんだけど、やっぱりサヨはそれかなって」

「ありがとう。嬉しい」

聞こえる言葉は感謝で望んでいたものなのに、響きはどこか虚ろで困っているようだった。

 サヨはネックレスをじっと見ているだけだ。

 その内側でどんな考えが渦巻いているのか、望にはわからない。でもきっと、それは想像以上の葛藤なのだろう。

 でも、何を?

 望は自分が情けなかった。こんなに大好きな子の悩みをわかってあげることが出来ないなんて。

 しばらくすると、サヨはそっと自分の胸に手を当てた。そこには、希がいた。

 あぁ、そうか。

 望はサヨの考えている事が少しわかった。

 あのネックレスは希で、そこは希の場所で、誰も入ることの出来ない領域。

 例え、望であっても不可能に近い。

「別に、無理につけなくていいよ。寒いからどっかお店に入ろう。ほら、手がこんなにも冷たい」

胸に置いていたサヨの手を取り、歩き出す。

 その時、チラリと見えた鈍く光る希にもやもやした感情を覚えた。

 強がってみたけど、やっぱりきつい。

 どんなことがあっても、希は消えてくれなくて、サヨと希は1つで…。

 そう考えて、望は1人苛ついて悔しがっていた。


 滅多に立ち入らない区域。大天使の区域だ。見習いは普通来ない。天使だって、しょっちゅう来れるわけでもない。

 そんなとこに、ユキゲはいた。

「お前なら、全て知ってんだろ?」

まるで女神のように微笑んでいた彼女は、眉を寄せて苦しそうな目をした。

「いつか、あなたが来るとは思っていました。その時が、あなたに話すべき時なのだと」

「なら、全部話せよ。ヒナガ」

恐い顔をしているユキゲに、ヒナガは冷静な仕草、口調、表情で話し出した。

 それによって、運命がいい方に向かってくれることを祈りながら。

「はじまりは、私です。私は、人間に恋をしました。天使だった頃です。

 その時のパートナーがウスイでした。彼女は元々白天使だったのです。あなたもご存じでしょう。

 あなたは、白天使だった頃のウスイを覚えているのでしょう。そのパートナーで見習いだったときのサヨも」

それは、ユキゲの記憶に深く刻み混まれている記憶だった。

「それが、なんだって言うんだよ」

「おかしいと思ったことはありませんか?自分が存在していることに」

ユキゲは思わず目を見開いた。

 幾度となく疑問に思ったことだった。

 ユキゲは何十年も前に、エンテンと共に処分されるはずだった。なのに、今も存在している。

「ウスイですよ。あなたの代わりに自分が消えると、私に申し出たのです」

「ウスイが?」

ユキゲは信じられなかった。

 自分とウスイの間にそんな関係があっただろうか。そんなに、大切な存在だっただろうか?

 そう考えていると、なぜが胸のあたりがモヤモヤした。

「ええ。白天使であるウスイの存在を消すことによって、あなたの処罰を無くした」

「でも、ウスイ、今黒天使の見習いじゃねぇか」

「私が、ウスイを黒天使の見習いにしました。彼女の白天使のでの働きを代償に」

ユキゲにはとうていわからない世界での話だった。

「そんなこと、できんのかよ」

「ほぼ成功しました。ウスイを黒天使に転生させることに成功し、セイメイを天使にする事も」

「問題ねぇじゃねぇか。ウスイを記憶の間に仕向ける理由がみつかんねぇな」

「それもお見通しでしたか」

「お前とウスイはチョ~仲良しだったからな」

ヒナガは溜息を軽くついて、顔の前で手を組んだ。

「完璧ではなかったのです。普通、天使は神によって生まれます。しかし、2人は私によって創られた天使なのです。神に認められていない天使。

 勘の鋭いあなたなら、わかったでしょう」

ユキゲは急に、息苦しさを感じた。なんでだろう。

「つーことは、2人は存在しているのに存在していない」

「そうです。創造主である神に認められていない2人は、存在を許されない。

 2人がいくら仕事をしても昇進することはない。

 そして、消えるのです。遠い未来でなく近い未来。

 存在しないものが存在することはあり得ません」

奈落に落とされた感覚がしたとは、この事をさすに違いない。

「神の加護を最初からうけていなかった2人は、日に日に崩壊しています。今や、消滅と隣り合わせなのです」

「どうにかなんねぇのかよ!」

噛み付くように叫んだ。自分でも信じられないくらい、動揺してる。

「昔、神は人間を想像しました。しかし、生まれてしまったのです。人ならざるものが人。心が欠落した人間が」

「今、そんなのカンケーねぇよ!」

「黙ってお聞きなさい」

凛として澄んだ声の圧力で、ユキゲはグッと感情を押し込めた。

「神はそれを哀れみ、翼を与え、場所を与え、仕事を与え、神の力を分け与え、目標を与えた。そして、純潔で崩壊から守っている。これが、天使です。

 私が、ウスイを記憶の間に仕向けて得た情報です。

 彼女には、2人の崩壊を止める術を探して貰っています」

「神の加護。純潔。それを2人に与える方法」

「しかし、いくら探してもなかなか見つからないのです。早くしないと…」

「ユキゲ、なんで…」


 見知らぬ街。見知らぬ道。そこを慣れた足取りで歩いていくサヨ。

 その背中は、いつもの見慣れたサヨのもののように見えない。そんな気が望はしていた。

 サヨが、行きたいとこがあると言ったのはまだ何時間も前の事じゃない。

 今日は、最高のクリスマスになると思っていたのに…。

 暗い細い路地に入って行くサヨの背を、見失わないように追いかける。

 直接は言わなかったけど、何となく行き先はわかってる。

 その後、自分たちはどうなってしまうのかが心配で仕方がない。

 何も言葉を放たない口からは、白い息が途切れ途切れ。

 しばらくそうしていると、突然サヨの歩みが止まった。

 視線の先には、廃墟のような建物。

「ここが、希のアトリエだよ」

サヨはそれだけ言うと、真っ直ぐ前を見据えて入って行った。

 自分も行くべきなのか悩みながらも、望もその後を追って足を踏み入れた。

「懐かしいな。なんにも変わってない」

埃っぽくなったアトリエは、以前となんにも変わってはいなかった。

 床に散らばった、たくさんの紙。

「片付けようとすると怒ったっけ?」

懐かしむように床に散らばっている紙に手を触れた。

 懐かしむようなサヨを見ていると、なぜか胸にモヤモヤがたまっていく望は、思わず顔を背けた。

「希の絵。やっぱり、すてきな絵だと思うよ」

きちんとしまわれている絵を1つ1つ見ているサヨの横顔には、綺麗な微笑みが浮かんでいた。

「ゆずちゃんがね、このアトリエを残してくれたんだよ」

静かな声でたくさんの事を希に呟きながら、1つの扉の前に立った。

「この部屋、絶対入れてくれなかった」

その扉の取っ手に手をかけた。冷たくて少しだけサヨの手が震えた。

 この先には何があるんだろう。なんて、とぼけて見せたサヨは扉を開いた。

 そこは、思わず息をのむような部屋だった。

 もう夜なのに、そこだけなぜか暖かな光に包まれているような錯覚に襲われた。

 電気をつけて、光をさしてみると身動きがとれなくなってしまった。

 部屋を見据えたままの目からは、涙が溢れ流れた。

 真っ先に目に映る壁一面に、天使の羽を広げ女神のように柔らかく優しい微笑みをしているサヨが描かれていた。

 一瞬サヨだとわからなかった。それぐらい、神聖なものに見えた。

 そして、いくつか置いているキャンバスにはあの日々が柔らかなタッチで描かれていた。

 笑いあう、サヨと希。バイトのみんな。懐かしい日だまりの日々がそこにあった。

 真ん中の真っ白い、キャンバスが1つだけこの部屋で浮いて見えた。

「希、綺麗だね。ねえ、見えてる?なんで隠してたのさ」

サヨはそっとネックレスを外した。

 鈍く光っている希に一筋の涙が落ちた。

「いい…思い出だね、希」

その時、希が小さく光った。

「もう、行くんだね。違うか、私が縛り付けてたんだった」

あははと小さく笑って、サヨは希をギュッと抱きしめてから、真ん中に置かれた何も描かれていないキャンバスに掛けた。

「さようなら、希」

瞬間、暖かい光に包まれる。

「さようなら、サヨ。幸せに」

懐かしい、昔大好きだった希の声が聞こえた。懐かしいぬくもりが頬に触れた。

 光かひいて、あの部屋に戻されたサヨの胸には望から貰ったネックレスが光っていた。

「全部、決着をつけたよ。望」

振り返った先には、ずっとサヨのことを待っていてくれた今の愛しい人がいた。


 「ヒナガ!ユキゲに何を話しましたの!?」

扉の前に動揺を隠しきれないウスイと、冷静なのかもわからない感情のない笑顔のセイメイがいた。

「あなたが全部話しちゃったんだネ。そのうち、ボクが話そうと思ったのに。先越されちゃったヨ」

「申し訳ありません。しかし、これは私の役目なので」

穏やかな声に聞こえるのに、どちらともどこかトゲが見える。

「全部って、まさか!どうしてですの!?ユキゲに教える必要はなかったはずですわ!」

珍しく感情をあらわにするウスイ。

 いや、最近はこっちの方が多い。

「彼にはいずれ話さなくてはいけないことでした」

「そんなことありませんわ!余計なことを…!」

「彼は、関係者です。余計なことではないはずです」

「でも…!」

「いい加減になさい!いつまでユキゲから逃げるつもりです?」

母親のようにウスイを叱りつけるヒナガ。それに、何も言えなくなったウスイ。

 そんなの、わかっていた。わかってる!だけど…

 もう頭に血が上ってしまって、冷静な判断が出来ないウスイは感情のままに部屋から出て行った。

 どうしたらいいのかわからないユキゲは、ウスイが出て行った扉をずっと見つめていた。

 あとを追うべきなのか。追っていいものなのか。考えがあっちに行ってはこっちに行って、ひとつにまとまらない。

「キミは追わないんだネ。キミにとってウスイはそんなものだったんだ」

セイメイのその言葉が、ユキゲの胸にグサッときた。

 そんなものだって?俺がウスイをそんな風に思ってるわけない!

 そのことにやっと気がついた。ユキゲは風にも勝らず劣らずの早さで飛んでいった。


 ちょっと気まずいムードだと思っているのは望だけなのが、隣を歩いているサヨは繋がっている手をブラブラと大きく揺らしている。

 もう、夜が更けている。そこら辺の高校生が出歩いてはいけない時間。いったい、何にそんなに時間を使ったのだろうと、望は首を傾げた。

 さすがに警察にお世話になりたくないので、望は家路についていた。

 サヨはそれの付き添い。なんか、逆なような…。

 もうすっかり、雪は止んでいた。道ばたに積もった雪は、ほとんど溶けて水と交じっていた。

 滑るんじゃなくて、足を取られて転びそうだった。

 しかも、この道は少しきつい坂道。

「サヨ、転ばないようにね」

「大丈夫だよ、転ぶわけ…!」

突然視界からサヨの姿が消え、体がサヨのいた方に傾いた。こっちまで、転ぶところした。言うなら、道連れ。

 地面に腰を抜かしたように転んでいるサヨは、泣きそうな顔をしていた。

 相当痛かったのだろう。それに、雪を被って寒そうだった。

「ほら、すぐ家だから。着いたらシャワー浴びなよ」

望は自分の背をサヨに向け、乗るように指示した。

 びしょ濡れのサヨは一瞬ためらったが、今日見た映画のワンシーンを思い出し彼の背に体を預けた。

 映画の彼女も、こんなに幸せな気持ちだったのかな。


 「ほら、着いたよ。シャワー浴びなよ。着替えは俺のを後で持ってくるから」

望はサヨを脱衣所におろして、忙しそうに出て行った。

 望の家は2階建てのオシャレな家だった。お母さんの趣味だと帰り道に聞いた。望の家族は今は父親だけらしい。昔は病弱なお母さんが中心の温かな家庭だったらしい。

 今は会社のちょっとお偉いさんのお父さんが忙しくて、なかなか家に帰ってこないのだとか。1人で、寂しい家に早変わり。

 なぜか胸がきしむように痛かった。

 ざーっと降り注がれるシャワーを浴びて、体を温める。私たち天使にはあまり意味をなさない行動。

 それなのに、彼に言われるとそうしなくてはいけないという衝動に駆られるのはなんでだろう。

 きっと、サヨを心配する望の心に影響したに違いない。

 一方、望は脱衣所に入るタイミングをドアの前で考えていた。

 もしも、以前モールで起こったような間の悪いことが起こったら?

 望はそう思うとドアノブに手を掛けることさえ、ためらった。

 でも、着替えがないとサヨが困る。あがってからでは遅い。

 こうなったら、意を決して入るしかない。

 グッとドアを押し開けた。

 幸いのことに、サヨは未だにシャワーを浴びていた。望の入って来た音にビックリしたのが磨りガラス越しに見えた。

 磨りガラス越しに、見てしまった。

 望は一気に体温が上昇し、脈が速くなった。

「あ、その、着替え。うん、着替え持ってきたから。大きいかもしんないけど。えっと、置いておくから」

早口でそうとだけ言うと磨りガラスの方に二度と目を向けないように、早足で出て行った。

「うん。ありがと」

と、こっちの様子を知らないサヨのいつもの声が遠くに聞こえた。

 バンッとドアを閉めた望は、その場にズルズルと倒れ込んだ。

「ダメだ~。やっぱ、俺も了介さんみたいに男なんだ~」

望は、しばらくその場に倒れ込んでいた。


 暗い暗い夜。闇に隠れるようにウスイはいた。闇に溶けてしまえばと、願ったに違いない。

「ウスイ!」

「来ないで!」

ようやく見つけたのに、完全なる拒絶。

 いつものユキゲなら、せっかく探してやったのにとムッとなるところだが、さすがに今の状況ではそんな余裕はない。

「来ないでくださいませ。わたくしはやはりあなたに関わるべきではありませんでしたわ」

一歩一歩とウスイは、闇の中に消えて行こうとした。

 ユキゲは思わず、その腕をとる。そうしないと、本当に闇に溶けて消えてしまいそうだったから。

「何をしますの!放しなさい!」

「じゃあ、オレから逃げんじゃねぇよ!」

なんで、オレは怒鳴ることしか出来ないのだろう?なんで、ウスイに対してこんなにもとげとげしくなってしまうんだろう。

 ついつい、そんなことが頭によぎってしまう。

「お前がなにしたか全部話せよ」

ふっと、暴れていたウスイの動きが止まる。

「話したら、わたくしを消してくれますの?」

「な!?」

思わずユキゲは絶句した。

 ウスイの言葉、そしてこのなにもかもに疲れて絶望しきったような笑顔に。この笑顔には見覚えがあった。

 あの時のサヨと同じ顔をしていた。全てを諦めたときのサヨの笑顔に。

「お話しいたしますわ。きっとあなたなら、わかってくださいますわ」

なにをわかってくれるって?

 ユキゲは自然にウスイを掴む手に力をいれていた。絶対逃がさないように、放してしまわないように。

「わたくしですわ、エンテンを罪人にしたのは」

ウスイの告白にユキゲは絶句した。

「あなたは知っていまして?エンテンは人間に恋をしていましたのよ。

 その彼女にね。殺して欲しいって、頼まれたそうですわ。

 わたくしはそれを相談されましたわ。当時のわたしくしは冷たくて他人のことを考えられない天使でしたわ。だから、無神経なことを言いましたの。思った通りにしなさいと。

 そして彼は、彼女を殺しましたわ。

 わたくしがエンテンを罪人にしましたの」

しんとした闇に響くウスイの声は、直接頭に響いて聞こえているように錯覚させた。

「憎いでしょう?あなたの人生めちゃくちゃにしたわたくしが。

 どこまでヒナガに聞いたか知りませんけど、わたくしは見習いだったサヨのパートナーのウスイですわ」

2人の間に少し、沈黙が流れた。

「最初から、知ってた」

「え?」

今度はウスイが驚く番だった。

 闇の中でもはっきりとウスイが驚いているのが見える。

「最初、セイメイと現れた時から気づいてた。オーラがウスイそのものだったからな」

「今まで、黙っていましたの?」

「お前が特に何も言わなかったからな」

信じられないという風な目で見つめてくるウスイ。

「なぁ、なんでオレの代わりをしたんだ?それがわかんねぇんだ」

ウスイは眉を寄せうつむいた。どう話せばいいのか、言葉を探していた。

 静かな夜が、こんなに辛いなんてはじめて知った。

「うまく、言えませんわ。

 あなたは関係ありませんでしたわ。あなたが消える理由はありません。

 わたくしが罰を受けるのがあたり前ですわ」

ウソだわ。そんなこと考えていなかった。わたくしはただあなたが存在していれば良かっただけなのに。

 この気持ちは、うまく説明のつかない複雑なものだった。

 今にも逃げ出したかった。こんな弱い自分を見られるなんて。

 ウスイは、グッと掴まれている腕に力をいれた。

 絶対放してくれないユキゲの手が、今はなぜだか嬉しかった。

「お前、バカだな。なに深く考えてんだよ」

ユキゲが軽く笑った。体をくの字に曲げ、おかしそうに。

「オレ、サヨとノゾムのことに関わってるんだぜ。

 確かに、過去だって簡単に割り切れるわけじゃねぇけど、過去のことだ。過ぎたことをいつまでもウジウジちゃいけねぇよ。

 オレも、よくわかんねぇ。確かにお前にイライラしてた。

 けど、今お前と話してなんか…。

 やっぱ、わかんねぇ」

頭をひねってユキゲは悩んでいた。ウスイは、なぜかその姿がおかしくて思わず笑ってしまった。

「やっぱり、ユキゲはユキゲですわ」

「どうゆう意味だよ。

 つか、お前サヨの心配しすぎだから」

「え?」

と、もう一度ウスイはおどろいた。

「やっと今気がついた。

 エンテンのことがあったからだろ。サヨの邪魔をしてたのは」

ユキゲはどこまでも鋭い。

 なるほどと、ユキゲは1人で納得していた。

「人間に恋をしたから、エンテンは罪人になった。

 サヨにそうなって欲しくなかったから、邪魔したんじゃねぇの?」

「あなたって、そんなに鋭いやつでしたの?」

驚いたように首を傾げ、思わず笑った。

 どうして、こんなに笑ってるんだろう?

「失礼だな」

ユキゲは不満そうに眉をひそめた。

 そうか。また、ユキゲとこんな風に話せるようになったから、嬉しいんだ。

 なぜだか嬉しいのに、泣けてきた。ウスイは笑いながら泣いていた。

 それにユキゲは驚いた。驚いて、あたふたした。

「なに泣いてんだよ」

どこかに拭くものがないかと、ポケットを裏返してみたり、ものが入りそうなところに手をつっこんで見たり、と忙しそうだった。

 というか、困っていたようにも見える。

「大丈夫ですわ」

「オレ、なんか言ったか」

「違いますわ」

ふと、掴まれていたはずの腕が解放されていることに気がついた。

 それを見て、またウスイは笑顔がこぼれた。

 少し痛む腕を抱くように胸に引き寄せる。

「嬉しいの。また、あなたと話せるようになって」

思いっきり、笑顔になる。

 なんだろう。こんなにも幸せなんて。

 でも、ユキゲは拍子抜けたような顔をしていた。

「なんだ、そんなことかよ。

 あたり前だろ、友達なんだから。昔からのな」

嬉しい言葉なの、胸がきしむように痛い。

 友達。

 それでも、2人の思いはすれ違う。

「友達、ですわね」

自分に言い聞かせるように、ウスイは呟いた。

 本当の、自分のこの気持ちを知って欲しい。でも、怖くて、この関係を壊したくなくて。

「ええ、友達ですわ」

ウスイは全力で微笑んだ。


 望の服を着たサヨは、明かりの灯っているリビングに向かった。

 テレビで、 クリスマス特集をしていた。

 望はサヨが入ってくるとテレビから視線を外した。

 少し大きめな望の服を着ているサヨは、本当に普通の女の子に見えた。

「服ありがと」

「うん」

不思議と、会話が続かない。

 どうしてだろう?

 サヨはちょこんとテーブルの傍に座った。

「…ごめんね。何か、せっかくのクリスマス台無しにしちゃったね」

「気にすんなって」

また沈黙。

 と、テレビを見ていた望がひらめいたように手をポンッと叩いた。

「なぁ、ここでクリスマスパーティーしようよ。ケーキとか食べ物とか、コンビニにあると思うから、俺買ってくるよ」

まるで遠足でうかれている子供のように、うかれていた。

 バタバタとリビングをあがると音が聞こえて、サヨはハッとした。

「私もついていくよ」

望の後を追って階段を何段飛ばしに上がる。

 最後の一段を登り切るとき、すぐそこの自室から出てきた望と激突した。

 体に鈍い痛みが走り、宙に放り出された。どちらも、それぐらいの勢いで慌てようだった。

 やばい、ぶつかるとサヨは目を瞑った。望も階段を駆け下りサヨをキャッチしようとしていたが、間に合わない。

「あ」

その時、サヨはあることに思い出した。

 バサッと、望は久しぶりに目にする翼を見た。

 そうだ、サヨは天使だ。

 勢いよく落ちていたサヨは宙で勢いを落とし、ゆっくり着地した。

 それは、本当に神聖なる天使の如く。

 唖然としていた望は足を止めるのを忘れて、派手に壁に激突した。

「望!?ちょっと、大丈夫?」

その場に倒れ込んだ望は、Vサインををして玄関に向かう。立ったまま靴を履くと、アハハと乾いた笑い声をあげながら、夜に消えて行った。

 クリスマスパーティに必要なものを買いに行ったのだ。

「あ、まんまと置いてかれた」

サヨは、静かに閉まった扉を見つめて口を尖らせた。

「気まずいからって、置いてくことないじゃん」

不平不満を並べながら、サヨは脱衣所に行き服を乾かそうと乾燥機に入れようとした。

 その時、かさっと足下に何かが転がった。

「ん?」

何かと思って拾ってみると、それはサヨが望のために買ったクリスマスプレゼントだった。

 そういえば、渡し損ねていた。

 と、サヨの頭に良い案がひらめいた。


「サヨ~、帰って来たぞ~」

無造作に靴を脱ぐと、一目散にリビングに向かった。

「お~い、パーティはじめるぞ。…て、あれ?」

しかし、そこはもぬけの殻だった。ただテレビの音が流れるだけの無人の空間だった。

「服でも乾かしに行ったのか?それとも、便所?」

テーブルに買ってきたものを置いて、テレビを消して、リビングを出た。

 脱衣所に行ってみたけど、乾燥機が静かな音をたててまわっているだけだった。トイレも電気がついていなかった。

「俺がいない数分の間に何があったんだ?」

なぜか、焦ってきた望はとりあえず人が入れそうなところの戸を開けまわった。

 一階の何所にも、サヨはいなかった。じゃぁ、二階?

 望はとりあえず、自室の扉を開けた。電気はついていなかった。しかし、暗闇の中何かが動くのが見えた。

 望のベッドのあるあたりだ。

 望はあえて電気をつけないまま、それに近づいていった。

「こんなとこで、なにしてるの?」

なにやらこそこそしていたサヨが、肩をふるわせた。

 驚いたように息をのんだ音が聞こえた。

「望。おかえり。いつ帰って来たの?」

さっとサヨが何かを隠したのが見えた。

 怪しい。

「さっきだよ。…今何隠した?」

「なにも!なにも持ってないよ」

慌てたような声。

 怪しい。

「白状しろ!」

「ダメ~」

サヨの隠したであろうものを取るために望は身を乗り出した。サヨも取られまいと、ベッドの上で転げ回った。

 それがしばらく続く。

 望も諦めなければ、サヨも白状しようとしない。

「取った!」

「やめて~」

勝者は望だった。この勝負が決まるまで、ベッドはグチャグチャになっていた。取ったものも、グチャグチャだった。

 もう目は暗闇に慣れていた。

 手に握っていたものはプレゼント用の袋だった。

「これ、クリスマスプレゼント?俺に?」

恥ずかしそうに、サヨは小さく首を縦に振った。

 中身を取り出してみると、それはネックレスだった。十字架のサヨのつけていた、希に似ていた。

「渡し損ねて。望、買い物にいちゃったし。それで、確かサンタは子供の枕元にクリスマスプレゼントを置いてくって、聞いたことあって、サプライズ、みたいな」

あたふたと、焦っているサヨはとても可愛かった。

 可愛くて愛おしくて大好きで、望は思わずサヨの唇に自分の唇を重ねた。

 甘くて何かくすぐったくて、幸せなキスだった。

「ごめん、サヨ。もう限界」

もう一度、唇と重ねるとそのままベッドの上に2人で倒れ込んだ。


 雪の降るクリスマス。

 サヨは最も破ってはならぬ禁忌を犯してしまった。

 この日、1人の天使が純潔を失った。 

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