27:アイツ
儚い夢を見ていた。
叶うことのない願いが見せた、夢。
現実じゃない、夢。
夢でしかないと、自分に言い聞かせる…。
今日はデートにはもってこいの天気だった。
今日はサヨに仕事のない日で、望と街にいた。あ、おまけのユキゲも。
サヨの容姿は、やはり目を引くのだろう。時折、周りの視線を感じる。
サヨは慣れているようだけれど、望はまだ慣れていないようで、視線に少しビクビクしている。
「街に来たのはいいけどよ~、どこ行くんだ?あて、あんのかよ」
「ん~。あ!モールとかは?女の子が行くって言えば、そういうとこじゃない?」
「もーる?なにそれ?」
サヨの発言に望は目を丸くした。
それもそのはず。女の子の休日の過ごし方、デートなんて、ショッピングだとかそうゆうイメージだろう。
それなのに、目の前にいる少女は、その存在すら知らないとは。
「ショッピングモールだよ。買い物しないの?」
「買い物ぐらいするよ!でも、あそこがそんな名前だったなんて…
世の中、まだまだ知らないことが多いなぁ」
なんてサヨは真剣に悩み出す。
それを見ていた望が声をあげて笑いだした。
突然のことで、目を丸くするサヨ。
更に、周りの視線が集まってさすがのサヨも、逃げたくなった。
「何がそんなにおかしいのよ。ほら、早く行くよ」
グイッと望の腕を引いて、歩き出す。一刻も早く、この視線から逃げたい。
「だって、真剣に考え出すんだもん。おかしいだろ」
「なんですって!そんなに人が考え事してるのが、おかしいの?」
「だってさ~。ねぇ」
「いや、オレしらねぇし。つか、お邪魔なようだから、帰るわ」
同意を求められたユキゲは、逃げるようにそそくさと人混みの中に消えていった。
捕まえようと伸ばした手は、むなしく宙に残された。
「だって、なにかなぁ?」
「ごめん!なんか奢るから」
「もう。いいよ。そんなことしなくて」
イタズラをした子供を許す母親のように、軽く息を吐いたサヨ。
ホッとしたように、胸をなで下ろす望。
掴んでいた腕を放し、サヨは手を差しのべる。
「さぁ。そのモールに行こ」
「うん」
ギュッと掴んだ手が、温かかった。
自分は、幸せ者なんだと改めて実感した。
「ねぇ、サヨ」
「ん?」
好きだよ。
そう言おうとした口を、グッと結んだ。
大事なことは、簡単に口にしてはいけないと思った。
それに、ギュッと握った手から、サヨの笑顔から、その存在から、伝わるから。
と、望は少し微笑んだ。
「なんでもない」
どうしたものかと、腕組みをして考えているユキゲ。
人に見える天使がいないことには、何も出来ない。
人を見下ろせる宙で、横になって空を見上げる。
下にある世界で何が起こっていても、同じ空。
今、突然世界が終わっても、この空はずっと同じままなのだろうかと、思った。
別に、そんなこと自分には関係ないこと。それなのに、唐突に考えてしまう。
「意味わかんねぇな」
1人考えておいて、1人で拗ねるユキゲ。
ふと、アイツの泣き顔を思い出した。
アイツ。ウスイの。
どうしてだろう。最近、アイツのことが引っかかる。
「なんでアイツは、昔からオレをイライラさせるんだ」
チッと、舌打ちをして体を起こす。宙であぐらをかく。考えを、アイツを頭から振り離すように、頭をブンブンと振る。
アイツは、昔っから氷の女って呼ばれるぐらい、笑わず、冷静沈着、他人と関わらず、干渉もしない、一匹狼、とがったナイフだったのに、どうしたんだ?
あんなに、人間くさくなって。
他人に干渉するし、感情的で、それだけで行動するようになった。
アイツに何があったんだ?
何もかもが、おかしい。
別に、ウスイが人間くさくなったことはいいことだ。
でも、あんな事するなんて。それなら、昔の氷の女でいた方がいい。
「あ~、ウゼェ!」
頭振って追い出したはずなのに、なんで考えているんだ。と、頭をかきむしった。
「今日は一段と機嫌が悪いようだネ」
「あ゛?」
ぎらっと睨んだ先には、飄々と笑っているセイメイがいた。
ギクッと、思わず身構えた。
セイメイがいるということは、ウスイがいるということだ。
ユキゲは、思わず後ずさりした。
「ああ。ウスイはいないヨ」
「そう、なのか?」
「ボクがウソつけるとでも言うのかい?」
「そこまで言ってねぇよ」
さっきまでの考え事で疲れているというのに、更に疲れそうなそうな相手に会ったことに、少し溜息をついた。
コイツはいつもニコニコ、ニコニコ。悩みないんじゃないかって思う。
「君、1人なのかい?」
「どう見ても、そうだろう。サヨなら、デート中だぜ」
「そう。幸せそうだネ」
ふっと、細い目から漆黒の目が覗く。これが、憂いの表情と言うのか?
オレの周りの奴らは人間くさい奴らばっかだ。
と、ユキゲはイラッとした。
そして、オレもそうなのかと疑問に思った。
いつだったか、サヨに心があるんじゃないかと言ったことがある。
でも、言った自分自身がそれを信じていない。
矛盾している。
「で、なんで機嫌が悪いのサ?」
いつも顔に戻ったセイメイがユキゲの事を掴み上げる。
「テメェに関係ねぇよ」
「ウスイのことでしょ」
「な!?」
驚いて目の前のセイメイを見るけれど、そこにはいつもの飄々としたユキゲ。
「最近、ウスイの様子がおかしいんだヨ。君ぐらいだろ。ウスイをあそこまで落ち込ませるのは」
「なんで、オレぐらいなんだよ」
「ウスイは不器用だから」
「はぁ?意味わかんねぇから。つか、放せよ」
羽根を掴んでいるセイメイの指を、叩くが全く力は弱まらない。
「ウスイ、人との接し方がわからないんだヨ。だから、ついついトゲのある言葉を言っちゃうんだ」
「じゃぁなんだ?アイツがオレに対しての態度がわりいのは、仕方ねぇって事か?」
「きっと、すんごく気に入ってるんだヨ」
虚を突かれて、オレは目を丸くした。
そして、胸んとこがむずかゆくなった。
「…」
「ウスイの事、嫌いかい?」
「そんなんじゃ!」
反射的に出た言葉。自分でもビックリしていた。
嫌いじゃない?あんなにイライラしてサイテーなヤツを?
そう思うと、胸がチクチク痛くなる。
「放せよ!!」
牙をむいて叫ぶと、さすがのセイメイもユキゲを放した。
解放されたとたん、ユキゲは風にも劣らないぐらいの早さで、天界へ帰って行った。
残されたセイメイは、息をふっと吐き出した。
「だってサ、ウスイ。そこまで悩まなくてもいいんじゃないの?」
「…」
セイメイの背に隠れていたウスイは、黙り込んでいた。