26:今を…
サヨががHEARTからかなり遠い喫茶店で、ゆずについての話を聞いている。…はずだったのに。
了介は他の女の子をナンパしていた。しかもこれが一人目じゃない。
わざわざ席を立ってまでも、する事か!
と、サヨはテーブルの上の拳を震わせていた。
終わったのか、本当にとうとう終わったのかわからないけれど、了介がまた席に戻ってきた。
「何となく、ゆずちゃんがふった理由がわかる気がする」
「うわ。サヨさん、きついッスね」
「そんなことないと思うよ」
サヨは怒りに震えながら、ニッコリと笑ってみせた。
どんなに鈍感な人でも、サヨの怒りのオーラは伝わるはずだ。
しかし、そんなのを気にしないとても言うように、お得意の爽やかなイケメンスマイルをする。
「で、どこまで話しましたっけ?」
「どこまでって言われても、進んでいないような気がする」
本当に、ここに来てわかったことは、彼の女好きだ。
「あ。昔、サヨさんナンパしたの覚えてます?あん時、サヨさんをゲットしなくてよかったッスよ。俺、口うるさいオンナ苦手ッスから」
「はぁ!?」
急に何言い出すんだ、コイツは!
さすがのサヨも、爆発する。
でも、目の前にいる女の敵は眩しいぐらいのイケメンスマイル。
「でも、強気なオンナは大好きなんッスよ。だからゆずにはまったんッス」
そう言った彼の顔に憂いが浮かぶのを、サヨは見逃さなかった。
この人、本気でゆずのことが好きなんだと、サヨの気持ちが揺らぐ。
怒りが一気に引いていった。
誰かを本気に好きになる気持ちは、痛いほどわかる。
「ははっ。でも、こんな女好きのナンパ魔ッスから、捨てられて当然」
「そんなに簡単に、諦めるの?本気で好きじゃなかったの?」
思わず口から出た言葉。サヨ自身、ビックリしていた。
目の前でスマイルを崩し、目を丸くしている了介ぐらい、驚いていた。
「ご、ごめん。そんな、簡単じゃないよね…。私も、そうだったから」
「原谷希君ッスよね。ゆずから聞いたことあるんで、知ってます」
原谷希。
やっぱり、関係あるんだ。いや、それしかない。
サヨは、覚悟を決めた。
「了介君。ゆずちゃんが話してたこと、教えて」
「…いいッスよ。その代わりに、あとで俺の相談、乗ってくださいね」
「いいよ」
目の前にいる青年が、悩み苦しんでいる少年に見えた。
「ゆずと付き合ったのは、もう3年前です。そんで別れたのが、去年のことッス。
俺が話せんのは、その間に話したことだけッスよ。
ゆずの見た目って、めちゃくちゃ目立つっしょ。だから俺、ゆずに聞いたんッスよ。
そしたら、ゆず、サヨになりたいって言ったんッス。
サヨさんのこと、すんごく好きみたいでしたよ。あいつ、よくサヨさんの話してましたから。
あと、よく原谷希の話もしてくれました。
希君はサヨさんとお似合いで、あたしはあの二人が大好きなんだって、言ってました。
あたしも、あの二人みたいな恋をしたいって。俺の前で言うもんッスから、リアクション困るんですよ。
あと、俺が原谷希に何となく、似てるとも。なんか、思い出しただけで、むしょ~に腹立つ。
んで、俺と別れる時に言った言葉なんですが、俺、いまいちイミわかんないんっすよ。
ごめん、別れなきゃ。これ以上一緒にいたら、ダメなんだ。忘れちゃいけないのに。
イミわかんねぇ」
彼の口から出てくる、ゆずの言葉がサヨの耳には、ゆずが話しているように聞こえる。
了介は、悔しそうに下唇を噛んでいた。
「ありがとう。了介君」
それだけ言うのが、今のサヨには精一杯だった。
ゆずが別れたときに言った言葉。どこか自分にも心当たりのある言葉。もしかしたら、ゆずも…。
今すぐにでも、ゆずと話したい気持ちを抑えて、サヨはもう一度了介に向き合った。
「それで、了介君。私に相談があったんだよね」
「そうなんッス。サヨさん」
眉をひそめる彼の姿は、とても幼く見える。
「俺、ゆずがまだ好きなんです。アイツは、俺の運命の相手だと思うんッス。アホに聞こえるかも知れませんが、マジなんです。
だから、ゆずが俺をふった理由が知りたいんッス。真実を」
「そう。それなら、大丈夫よ」
私は微笑んで見せた。
そう、大丈夫。
それは決して彼を安心させるだけの軽い言葉なんかじゃない。
確信ではないけれど、きっとこの2人の結末は、ハッピーエンドのはずだから。
サヨは、了介に頼んでゆずを呼び出した。ゆずは案外あっさりと、了解した。
その様子を見ていたサヨの考えは確信に近づいていく。
しばらくすると、清楚なサヨのそれとは正反対の服装のゆずが店に現れた。
了介と一緒にいるサヨを見つけたとたん、ゆずは逃げだそうとした。
しかし、それよりも店を出て間もない歩道でサヨに捕まった。
「待って、ゆずちゃん」
「いや!放せよ!」
サヨが掴んでいる腕を振り回すゆず。
後から追ってきた了介を見たとたん、裏切り者と叫んだ。
「なんでサヨといるの!よりによって、サヨと!」
「違うんだ!ゆず。話を聞いてくれ」
「いやよ!話すことなんてない!」
更に暴れるゆずを、サヨは逃がしてしまった。
いつの間に、こんなに足が速くなったんだろう。と、サヨはゆずを追いながらふと思った。昔のゆずは、運動音痴で、嫌いだったはずなのに。
「話を聞いて!ゆずちゃん」
サヨがそう叫んだとたん、ゆずは走るのを止めた。
今ならもう一度ゆずを逃げないように掴むことが出来るのに、なぜかそれが出来ない。
「これ以上、何をあたしに聞けって言うの?」
皮肉を含んだゆずの声に、サヨは胸が痛んだ。
「あんたは、どれだけあたしを苦しめれば気が済むの?希君の次は了介?」
「違うの。ゆずちゃん」
「あんたはあたしから、たくさんのものを奪い取ったくせに、否定できるの?」
振り向いたゆずちゃんの顔には怒りが。目には、涙が浮かんでいた。
「あたしから奪ったの、希君だけだと思ってた?いいえ!
あんたはあたしの人生を狂わせたのよ!」
「わかってる」
冷静を保っているふり。
でも本当は平気じゃない。大好きな友達に嫌われているなんて…。今にでも泣き出したい。
「私が嫌いでもいい。でも、話だけは聞いて。あなたと、了介君のこと」
「ふざけないで…!」
「聞いて」
さすがに、自分でも冷たい声だと思った。
でも、おかげでゆずは黙った。
「ゆずちゃん。了介君のこと、希より好きになってしまったんでしょ」
後ろにいる了介と、目の前にいるゆずの息を飲み込む音が響く。
「そんなこと…ないわ」
「ゆずちゃんも、私と同じ。希に。過去に縛られてるの。
そして、彼を忘れることを恐れてる。
でもね、ゆずちゃん。希は過去なの。いつまでも過去に縛られちゃいけないの」
「簡単に言わないでよね!希君は、あたしの全てだったのよ」
「だった、んでしょ。今は?」
ゆずちゃんの泣きそうな目が、サヨの後ろへ向けられる。
「了介君なんでしょ。なんでそれを受け入れられないの?」
「サヨには、わからない!」
「そんなことない!言ったでしょ。ゆずちゃんは、私と同じ」
フンッと鼻で笑い、顔に不敵の笑みをゆずは浮かべた。
「同じ?笑わせないでよ。同じなもんですか。あたしはふられたのよ」
「確かにその点は、私とあなたは違うかも知れない。でも、気持ちは同じだったはずよ」
「なんて馴れ馴れしいの?」
「逃げてるだけなのよ」
ゆずの不敵の笑みが消える。
「私たちは、逃げてるだけ。今から」
「今から…、逃げる?」
「後ろを振り返ってばっかりで、前を向こうとしないの。進むことを、拒んでるの。決して、逃げられないのにも関わらずに」
「…」
ゆずは俯いてしまって、表情が見れない。
あの時の私を見ているようだった。望を希と重ねていたことに気づいた時、自分の気持ちに気づいてしまったときの私に。
「私たちの過去が強烈すぎるだけなの」
望の受け入れだけど。でも、そう考えると、気持ちが軽くなる。
「ゆずちゃん。今を生きてみない?」
ゆずちゃんが自分の顔に手を動かす。涙を拭いている様。
「あたし。希君が好きだった。今もこれからもずっと、希君が一番で特別で、忘れちゃいけないって、思ってた。希君に好きになってもらうためなら、なんでも出来るぐらい。
だから、サヨと希君が駆け落ちしたって知ったとき、ショックだった。
今でも、希君が特別。でも、一番じゃなくなったの。それが、恐かった。希君を忘れるのが。このままじゃ、ダメだって。
だから、了介と別れたの。
でも、やっぱり希君以上に了介が好きなの。了介が運命の人なんだって、わかってるのに。認めるのが恐い」
「ゆず」
了介君が、ギュッとゆずを抱きしめる。
泣きながら抱きしめ返すゆずちゃんは、可愛かった。
「ごめんね。了介。大好きだよ」
「ホント、バカだな」
ほらね、ハッピーエンドでしょ。
と、サヨは微笑みながら天界に帰って行った。
次の日、HEARTに行くとマスターが1つの手紙をサヨに差し出した。
水色の可愛い便せんから、ほんの少しゆずちゃんの香水の匂いがした。
『サヨへ
了介とは、よりを戻すことにしました。
あのあと、いろいろ考えたケド、やっぱり希君のことは忘れられません。
でも、サヨが言ったとおり、過去に縛られないで今を生きようと思います。
話が変わりますが、サヨのこと、嫌いじゃないから。
本当は憧れてたの、綺麗でなんでも上手にこなすサヨに憧れて、サヨになりたかった。
でも、それも間違いなのかも知れない。これからはゆずを見つめ直そうと思います。
他にいろいろとあるけど、それは会ったときに話します。
こんど、店の手伝いに行ったときにでも。
酷いことして、ごめんなさい。
いろいろと、ありがとう。
Byゆず』
サヨはニッコリと笑った。
よかったとサヨは、ニッコリ笑った。