25:ハジメマシテ
昼のHEARTは以前の賑わいを、戻しつつあった。
しかし、ゆずが来ることは無くなった。サヨがここでまた、働き出してというもの。
マスターはサヨが帰ってきたことを喜んでいたが、ゆずはそうでは無かったようだ。悲しいことだけれど。
HEARTに入ってきたサヨを見たときの、ゆずの顔は驚きに満ちていた。しかし、どこか喜びがあったような気がした。それは、サヨの思い違いだろうか?
すぐに出て行ってしまったから、真意はわからない。
「サヨ、これ運んで~」
「今行きま~す!」
カウンターで手を振ってるマスターは、大変そうだっだけれど実に嬉しそうだった。
商売が繁盛してお金が入るからだろうか?それとも、自分のやりたいことが成功したからだろうか?……前者の方だろうと、サヨは笑った。
だって、聞こえるでしょ。あのマスターの陽気な歌。大儲けって、歌ってるじゃない。
「あそこのテーブルね。よろしく~」
マスターが指差した先のテーブルには、男性が一人寂しく座っていた。
カジュアルな格好をしていて、イケメンという部類に入るような青年だった。
目に少しかかる前髪が、どこか原谷希を思い出させる。
「カフェオレになります」
サヨはテーブルに、いい香りを漂わせているコーヒーカップを置いた。
まだ、きっと仕事が山積みにされているだろうから、いそいそとカウンターに戻ろうとした。
「あんたが、サヨさんだな」
サヨは思わず、足を止めた。
少年のものと違う、大人らしい声。それが誰のものか、正確にはわからないが、彼だと直感が言った。
サヨは、カフェオレの香りを漂わせているテーブルを振り返った。
そこには、ニッコリとサヨに手を振っている、さっきの青年がいた。
「なぜ、サヨだと?」
サヨは笑顔をするのを、忘れていた。
「いつだったか、テレビに出てたっしょ」
あぁ、そういうことか。と、サヨは気が抜けた。いったい、何をそんなに身構えていたのだろうか?
この店にきている人は、サヨのことを知っている人が多いのに。
「それに、ゆずソックリ」
サヨは、衝撃的な言葉に思わず盆を落としてしまった。
ガンッという渇いた音が響き渡った。
「あ。…申し訳、ありません」
あまりにも衝撃すぎて、何も手に付かない。
盆を拾おうとしゃがんでみるものの、手が動こうとしない。
「ゆずが言ってたんだよなぁ。自分はサヨになりたいってよ」
彼の言葉に、サヨはハッとした。
自分のことをあんなに憎んでいるゆずが、どうしてサヨになろうとしているんだろう?
どうして、他人になろうとしているんだろう?
サヨはすかさず盆を取って、立ち上がる。
「ゆずちゃんのこと、聞かせてください」
彼は、ニヤッと口の端をあげた。そして、握手を求めるように手を差し出した。
「どうもハジメマシテ。ゆずの元カレの津田了介ッス」