23:回想~またね~
これで、良かったのだろうか?本当に、良かったのだろうか?
彼は、禁忌を犯した。
人を殺めるという禁忌を、彼は犯した。
彼は、人間の女性に恋をした。彼女も、彼のことを愛していた。
愛していたから、彼にあんな頼み事をしたのだろう。
彼女が彼に頼んだこと、それは『自分を殺す』ことだった。
彼女は病に冒されていて、もう助かることはなかったそうだ。
だから、彼女は思ったのだろう。
このまま、ただ死ぬだけなら、心から愛した人の手で殺されたいと。
そして、その願いは叶った。わたくしのアドバイスが背を押した。
禁忌を犯した彼は、もちろん消される。
しかし、最期に見たエンテンの顔は、実に穏やかだった。
穏やかに、笑っていた。
どうしてあんな顔、出来るのだろう?
他人のせいで、自分が消えてしまうのに?
その答えを、わたくしはすぐに見つけられたと思う。
それは曖昧で、脆くて、不安定で、綺麗なもの。
きっと、それなのだと思う。
天使が禁忌を犯した場合、見習いも連帯責任で消されてしまうことを、わたくしはエンテンが消されたあとに知った。
エンテンが消されたことより、ユキゲが消されてしまうかもしれないことのほうが、わたくしを突き動かした。
彼が消されるのは耐えられない。彼のために何かをしたい!
でも、わたくしにそんなことする資格なんてあるのだろうか?
それは、エンテンが禁忌を犯した翌日のことだ。
エンテンが捕まったと聞いて、慌てて駆けつけた。まだ、サヨが寝てる時。
取り押さえられてる二人を見た瞬間、血の気が引いていったような錯覚を覚えた。
「エンテン!ユキゲ!」
わたくしの体は、考える前に動いていた。
二人を取り押さえている死神に掴みかかっていた。自分でも信じられないぐらい、感情的になっていた。
「このヤロォ!放しやがれ!」
ユキゲは暴れて抵抗している。もちろん、あの小さな体でどうにか出来るわけがない。
一方エンテンは抵抗せず、されるがままになっていた。
諦めじゃなくて、安堵したような、喜びのような顔をしていた。
わたくしは思わず動きを止めていた。
「エンテン…」
わたくしがそう呼びかけると、私のほうへ顔をあげ、彼は笑った。
穏やかに、幸せそうに、満足したように、笑っていた。
わたくしは、その顔がどんなものよりも美しく見えた。
「ウスイ。ありがとう」
その一言に隠されている、全てをわたくしは理解していたのだろうか?
しかし、これだけは確かだった。
エンテンは決して後悔なんかしていない。
そして、わたくしが禁忌を犯す手助けをしたこと。
わたくしは、何も出来なくなってしまった。
「テメェが、アイツに何かしたのか!」
わたくしを見るユキゲの目は、仇を見る目だった。
憎くて憎くて、怒りに燃えている目。
その目を見た瞬間、足下が崩れ落ちたような錯覚に陥った。
目の前が、真っ暗になった。息をするのだって、忘れてしまいそう。
わたくしは、その場に突っ立っていることしか出来なかった。
「正気なんですか!?ウスイ!」
わたくしは、ヒナガの書斎にいた。
この部屋の主は、あまりの衝撃に声を張り上げた。彼女にしては、珍しい。
ここには、ヒナガとわたくしだけ。サヨは、置いてきた。サヨがいたんじゃ、わたくしの計画が台無しになる。
「正気ですわ。
わたくしがユキゲのかわりに消えますわ」
ユキゲには、消えて欲しくない。
恋だと愛だと言われてもいい。もしかしたら、そうなのかも知れない。
「どうしてです!どうしてあなたが、消えなければいけないのですか!」
「自分の思いに逆らって生きると、自分を失う」
いつだったか、聞いた言葉。それを、今思い出した。
「ヒナガがわたくしに、そう言いましたわ。わたくしも、思いに正直ななろうと思いましたの」
今、わたくしがどんな顔をしていたかはわからないけれど、エンテンと同じ気持ちだろう。
わたくしを見たヒナガは、驚いたあとに嬉しそうに微笑んだ。
「あなたが、そんな顔をするようなるなんて…」
「え?」
「わかりました。私がどうにかします」
ヒナガの凛とした声が響いた瞬間、ホッとした。思わず、笑顔がこぼれた。
「しかし、あなたを消させるようなことは、私はしません」
「わたくしの話を聞いていまして!?」
「ええ。聞いていましたよ」
「それじゃあ!」
「今度は、私の話を聞いてください!」
声を荒げることをしないヒナガがと、わたくしは驚いた。
ヒナガの目は真剣で真面目で、本気の目だ。
「あなたは、大天使になるだけの働きをしました。あの事件さえ無ければ、あなたはもう大天使になっていてことでしょう。
あなたは白天使という存在を代償に、ユキゲを生かしてください。
私は、あなたの今までの働きを代償に、もう一度天使見習いとして蘇らせます」
わたくしには、難しいことだった。まだ、下っ端のわたくしには、仕組みがわからなかった。
それが可能なのかも不可能かも、禁忌なのかそうじゃないのかも。
「私も、あなたに消えて欲しくないのです。
あなたは、私のたった一人の親友なんですから」
「ヒナガ…」
わたくしは、この時のヒナガの涙を一生忘れないだろう。
親友に、酷なことを頼んでしまった。
「ごめんなさい」
「あなたが決めたことなのでしょう。謝らないでください」
ヒナガはいつだって、優しかった。もしかしたら、わたくしはヒナガに頼りすぎていたのかも知れない。
「わたくしが、もう一度って言うのは、可能ですの?禁忌ではありませんの?」
わたくしも、本当は消えることはどうしようもなく恐かった。
ユキゲは生きるけれども、その隣にわたくしがいられないことも、気がかりだった。
「可能です。しかし、多少時間はかかってしまう。いつになるかわかりません。
ユキゲと再び会えるか、わかりませんが
それでも、蘇りたいですか?」
卑怯だ。ここまできて、そんなこと聞くなんて。あなたが蘇らせるって言いましたのよ。
あんな顔も、涙も見せられて…。
「わたくしは、ユキゲが生きてさえいれば幸せですわ。
あと、ヒナガの願いも叶えたいですわ」
まさか、あのわたくしにこんな日が訪れるとは、思っていなかった。
誰も信じられなかったあの時のわたくしに言いたいことがある。
あなたは幸せ者ですわ。今もこの先も、きっとその前も。
「蘇らせていただけます?」
わたくしは、これ以上ないくらいの笑顔が出来たかも知れない。
だって、わたくしの生きている世界はこんなにも幸せなんですもの。
ヒナガも、とっても嬉しそうに微笑んだ。
「またね」
わたくしが部屋から出る時、彼女は言った。
さようならじゃなくて、またね。またいつか、会えるから。
だから、その日まで私も
「またね」
は!そう言えば、連載してからもう一年経過してる!
はじめまして、の人が多いでしょうか?RISAです。
もう一年経ったんですね~。早いなぁ。
一年間応援してくださった方。本当にありがとうございます。
途中からという方も、飽きず読んでくださって、ありがとう!
読者さまがいたから頑張れます。頑張って来れたんです!
それが、言いたかっただけです(笑)
またお会いできることを祈っています