21:回想~全ての始まり~
そして、数日後。わたくしは天使になり、ヒナガは大天使になった。
一気に背が高くなったから、いつも見ていた景色が違うものに見えた。
自分の部屋も出来て、趣味をいっそう楽しめるようになった。
短かった黒髪が、一気に腰の下まで長くなって、おしゃれも気分転換も出来るようになった。
人間に見えるようになったから、ショッピングも食事も一人で出来るようになって、なんだか一人前になったような気がした。
面白い話。あのウスイが、笑うようになって、毎日を楽しんでいる。
天使は、必ず見習いがつく。その見習いを一人前の天使にするのが、天使の役目で、大天使になるためのノルマ。
いつ見習いが天使になれるか、天使が大天使になれるか、大天使が人間になれるかは、その天使の働き次第。
いつ次にいけるのか、あとどれぐらいなのか、それは神にしか知らない。
本当に、心がもらえるのかも、怪しい気さえしてくる。
しかし、信じるしかない。天使には、それしか、目標がないのだから。
わたくしが天使になって、もう何年と経ったのだろう。もう、十年も経ってしまったのだろうか?
「サヨ!仕事ですわよ」
「ふぁ~い」
わたくしは、どうやらハズレをひいてしまったのかもしれない。
わたくしについた見習いは、寝坊助の怠け者だった。全然完璧じゃないサヨ。
わたくしはハズレだといいながらも、サヨの事が好きだった。
まるで、妹でも出来たような気分。
サヨはわたくしと違って愛嬌があって、明るくて、可愛かった。素直で、表情だって、感情だって豊か。
わたくしが月なら、サヨは太陽。わたくしが夜なら、サヨは朝。わたくしが冬なら、サヨは春。
サヨとわたくしは、正反対だった。
最初、彼女を見た瞬間、うまくやっていける気がしなかった。
どう考えたって、わたくしに合わないタイプだった。
いまでも、うまくいっているのが不思議だった。
寝ぼけているサヨの羽を掴むと、勢いよく扉を開けた。
ドンッ!
まだ半分も扉が開いていないのに、そんな鈍い音が聞こえた。
恐る恐る、その先を見る。
予想どおりに、そこには顔を押さえてうずくまっている天使がいた。
炎のように真っ赤な髪の、男の天使。体格がすんごくいい。
これはヤバイと、わたくしは逃げたくなった。
「あぁ、ウスイやっちゃった」
「うるさいですわ」
口に手を当て、茶化してくるサヨ。
わたくしの頭は、もちろんパニック状態だった。
「あの、すみませんわ」
「痛い…」
思わずわたくしは、目を丸くしてしまった。
体格がとてもよかったから、怖い人と思っていたら、声があまりにも弱々しく頼りなさそうだった。
「大丈夫でしょうか?手当てしますわ」
わたくしは彼を支えながら再び部屋に戻る。
いくら声が弱々しいといっても、体はやっぱり重い。
彼を立ち上がらせるのに、精一杯だった。
「大丈夫だよ。どこも怪我していないから」
「でも、少し休んでくださいな。わたくしが…」
わたくしが、なんなんだろう?
他人がどうなろうと関係ないと思っていたわたくしが…。
他人に興味ないわたくしが、もしかして、心配している?
「わかったよ。俺にも覚えがある。大丈夫って言われても、すっきりしないんだよね」
そう言って、彼は初めてわたくしの顔を見た。わたくしも、初めて見た。
彼が少し驚いたような顔をしたのを、わたくしは見逃さなかった。
いったい、何に驚くのだろうか?わたくしとは、初対面のはずなのに。
「もしかして、あのウスイ?」
あのって、どういうことなのだろう。わたくしの変な噂でもあるのだろうか?
「ええ、そうですわ。で、あなたは?」
「あぁ、俺は、エンテン」
「おい!エンテン!オレをおいてくんじゃねぇ!」
ブロンドの髪の小さな天使。何となく、サヨに似ている。
「で、こちらがユキゲ」
エンテンは、ユキゲが怒っていることがわからないのか、わからないふりをしているのか、ニコニコと紹介してくれた。
「俺ら、新人なんだ」
こいつ、天然だ。誰が見ても、わかる。そして、わたくしと違う事も。違いすぎる。
「私はサヨね」
「よろしくね」
「こっちは、大ベテラン。きっと、あと少しで昇進だよ」
「すごいなぁ~。そこまでは知らなかったよ」
「立ち話もなんだし、はいんなよ」
サヨは、本当にいい子だ。誰にでも愛想がいい。誰とでも、話せる。
本当に、わたくしと違う。綺麗な子。
「本当に、羨ましいですわ」
思わず、わたくしは心の呟きが声に出てしまった。
慌てて口を塞ぎ、周囲の確認。
ユキゲもエンテンもサヨも、楽しそうにおしゃべりをしていた。
わたくしのことなんか、忘れているように見えて、目の奥が熱くなった。そんな気がした。
「そこ、わたくしの部屋なんですけれど」
「い~じゃん。もう、私の部屋同然」
そうとだけ言うと、彼女は、彼女たちは、私の部屋に入っていった。
これが、きっと、全ての始まり。