表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/39

2:好きって?

 まるい月。小さな星。広い空。それが全て、朱く染まっている。

 ただただ広い空間に、一人。否、二人。それでも、独りだった。

 一人は地にへばりつき、朱をひろげている。

 一人は、その朱に染まっていた。

 純白の翼、黒で統一された服装。暗めなプラチナブロンド。

 細く白い手は、朱が一番ついていた。

 口は嗤っているのに、目は涙を流して泣いていた。

 そうだと思ったら表情は消え、二つの響きで言う。

「「人殺し。タブーを犯した、天使。」」


「!!」

体が、じっとり嫌な汗をかいている。長い髪が、頬や額に張り付いている。震えは止まらず、目からは涙がにじむ。

 目を閉じたいけれど、またあの夢を見るのではないかと、恐れ閉じられない。

 自分自身を抱くように、肩を掴む。ぎしぎしいう首を動かして、周りを見渡す。

 自分の部屋。隣でくかーをあほくさくいびきをかいて寝ている、ユキゲ。

 あれはただの夢だと、自分自身に言い聞かせる。

 あの日から、毎日見るようになったあの夢。

 どんなに見ても、恐怖を覚える。

 あれは、本当にあったことだとサヨはしっている。誰が人殺しなのか、サヨはしっている。

 たがら、恐い。どうしようもなく、恐い。


 「なんで、来たんだろ。」

サヨはとある喫茶店の前に、立っていた。高い太陽が眩しい。

 建物を見上げると、『HEART』と看板にペンキで簡単に描かれていた。

「会いたくなかったら、来なくてもよかったんだよね。・・・なんで、来たんだろう。」

サヨは、ため息をつきながら壁に寄りかかる。

 ここに来てから、もう1時間はたった。別に、望が遅いわけじゃない。約束の時間には、まだ三〇分もある。

 サヨは、待ち合わせというものが初めてで、どうしていいのかも、いつ来た方がいいのかわからなかった。だから、待たせては悪いと思い、早い時間に来たのだ。

 その間に、サヨは何回かナンパをされた。しかし、そんなことはサヨの日常だったから、軽く受け流した。

 「やっぱ、ノゾムが気になったんじゃねぇ。」

肩に乗って暇をしていたユキゲが、呟く。

 サヨは、ムスッとした顔をする。

「それ、まるで私がノゾムのこと、好きみたいじゃない。」

「そこまで言ってねぇよ。もしかして、好きなの?」

「はぁ!?」

サヨは、飛び上がる勢いで言う。

 近くで聞いていたユキゲは、うるさいでも言うように耳をふさいでいた。

「そんなこと、あるわけないでしょ!天使と人間だよ。」

「別に禁じられてねぇじゃん。」

「そうだけど。」

そう言って、サヨはうつむく。今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「違うもん。天使には、心がない。好きとか、そんな感情ないんだよ。」

「サヨ・・・。」

ユキゲもうつむいてしまう。

 サヨは顔を上げて、悲しげに笑う。

「ごめんね。」

ユキゲは、ただ頷くだけだった。

 サヨは時間を確認するために、腕時計を見る。まだ昼には時間がある。

「なぁサヨ。」

「ん?」

サヨはキョロキョロと、辺りを見渡しながら応える。

 まだ時間ではないが、望をさがしている。

「オレらにも、心ってあるんじゃねぇ?」

「え?」

思いかけない言葉に、サヨはユキゲを見つめてしまう。

 ユキゲは、ふざけていない。いつも以上に、真剣だ。

「なに言って」

「だってさ、オレらが持ってるこの感情って、心って言うんじゃねぇの?」

「・・・」

サヨは黙ってしまう。

 考えたことが、なかった。そんなこと。そもそも、心ってなに?

 しばらく、二人の間に思い沈黙が流れた。

 しかしそんな沈黙も、すぐ破れた。

 ぐぅ〜。

「お腹、すいた〜。」

サヨはなったお腹を押さえながら、呟く。

 天使は、ほとんど人間と同じで、お腹もすくし、喉も渇く。眠たくなるし、酔っぱらったりもする。ただ、病気はしない。

「サヨは、ほんっとに食いしん坊だな。そのうち、太るぞ。」

「余計なお世話よ!」

サヨはそう言って、ユキゲを肩から埃をはらうようにはらい、ズカズカと大股で歩き出した。はらわれたユキゲは、空中で体勢を整えてサヨを追いかける。

「どこ行くんだよ。ノゾムを待ってんじゃねぇの?」

「まだ時間じゃないよ。お腹空いたし、ご飯食べるの。」

サヨは、拗ねたようだ。顔はぶすっとしているし、声には棘がある。

 ユキゲは、困ったような笑顔で隣を飛ぶ。けして、悪気があったわけではない、いつもの冗談で、こんなに怒るとは、思っていなかった。

 早く来てくれ〜、ノゾム。

 ユキゲは、心の中で祈りを捧げていた。

「サヨ!」

聞こえた声に、ユキゲの顔はぱぁと輝いた。

 サヨはぶすっとした顔のまま、声の主を見る。

 手を振り、子供っぽい笑顔をして、走ってきた。

「・・・どうしたの?」

サヨの顔を見るなり、おもしろそうに、驚いたように言った。

 サヨはぶすっとした顔のまま、何も言わない。

 こそっと望の近くに行って、ユキゲは耳打ちする。

「サヨ、ダイエットしてるのに腹減って、イライラしてんだ。」

それを聞き逃さなかったサヨの形相は、鬼のように恐くなった。

 それを見たユキゲは、肩をすくませる。伸びてきたサヨの手から、必死に逃げるが、すぐに捕まった。

 そんな二人を、望は変わらない表情で見ていた。

 サヨは、捕まえたユキゲを顔の前に持ってくる。

「ユキゲ、今なんて言った?」

「え〜と、それはその・・・」

「とぼけても無駄よ。」

ユキゲは顔の前で手を合わせ、頭を下げる。

「悪かった!悪ふざけだったんだ。ほんの、出来心でぇ〜。な。」

ユキゲは、そろ〜と顔を上げ、片目を開ける。

 拗ねた顔をしている、サヨがいた。

「悪い!」

ユキゲはまた、頭を下げる。

 くぅぅぅぅ

 サヨのお腹が、また鳴る。お腹お押さえながら、サヨはため息をつく。

「怒る元気が出ない・・・。」

サヨはうなだれる。それを見たユキゲは、内心ほっとして、小さくガッツポーズをした。

「昼だし。食べに行こうか。」

望は、陽気のサヨの手を取って歩き出した。

 サヨは転びそうな足取りで、望に引かれて歩く。ユキゲは、面白そうに笑いながら、後をついていく。

「え、ちょっと。」

サヨは繋いだ手まで、熱くなる。鼓動が早くなり、大きくて周りの音をかき消す。

「ん〜?」

望はずんずん歩いていく。手を繋いでいることを、気にしていないみたいだ。

「手、放して。カップルに思われるよ。」

サヨは恥ずかしそうに、うまく動かない唇から言葉を発する。

 望は、アハハと楽しそうに笑う。少しも、恥ずかしいと思っていない。おまけに、こんなことを言う。

「いいんじゃない?オレとサヨの、初デート。」

望は、悪びれた風も恥ずかしさも、これっぽっちも感じ取れない。逆に、喜んでいるというか、楽しんでいる。言葉の最後に、ハートマークがつきそうなくらいだった。

 サヨの顔は、みるみる赤くなっていく。

「よくな〜い!」

今日もまた、昼の東京にサヨの叫びが響き渡った。


「いっただっきま〜す。」

脳天気な望の声が、モダンな造りのファーストフード店に響く。

「恥ずかしいよ。」

サヨのそんな言葉には耳をかさず、胸の前であわせていた手を下ろし、ハンバーガーにかぶりつく。

 その顔は、サンタからプレゼントをもらった、子供のようだった。

「いただきます。」

サヨは手を合わせ小声で、言う。

 サヨの前には、綺麗なドーム型をしたオムライスと、水。

 ユキゲはというと、またプリントミルク、そしてホットケーキ。昼から、よくそんなに甘いものを・・・。

 サヨは、望をチラチラ見ながら、オムライスがのったスプーンを、口に運ぶ。

 「それでさ、天使って何してるの。」

望は、ハンバーグをかぶりつきながら聞いてくる。

 サヨは行儀が悪いと眉を寄せながら、スプーンを皿の上に置いて水を飲む。

「お亡くなりになった人間の、迎えに行くの。」

サヨはそう言って、またスプーンを持つ。

「それってつまり、俺たちが想像している、てか、勝手に決めている天使みたいなもの?」

「そうね。人間が想像している天使に、私たちは近いかな。」

「私たちって、違うのもいるの?」

「ええ。私たちみたいに、迎えに行く天使じゃない天使がいるの。」

次を進めようとしたとき、サヨのポケットが震えた。

 サヨは驚きながら、ポケットから携帯電話を取り出す。黒い折りたたみの携帯電話は、人間のものと寸分も違わなかった。

 サヨは携帯電話を開いて、眉間にしわを寄せる。

「おい、もしかして・・・。」

「うん、そのもしかして・・・。」

サヨは、パチンと携帯電話を閉じて、立ち上がる。ユキゲも、食事の途中で立ち上がる。

 サヨは苦い笑顔をして、望を見る。その方に、ユキゲか乗る。

「ごめん。用事が出来ちゃった。じゃぁ。」

「え?」

望が驚いた顔をして、今にも去っていこうとするサヨの腕を、中腰になって掴む。

 早くしないと〜。

 サヨは望の行動に、苛立った。

「急がなくちゃいけないの。放して。」

「ついてく。」

冷たくサヨが言ったのにもかかわらず、望はケロッとしていた。

 望はサヨの手を掴んだまま、伝票を持って、すたすたと早足で歩き出した。

「ちょっと、なに?」

サヨの怒りは、増すばかりだった。

 ついてくって、なに?面倒だから、ついてこないでよ。

「めんどうだ」

「サヨチャン!」

急にかかった声に、サヨのストレスは爆発寸前になった。

 サヨは聞こえないふりをして、望の前に先回りして、身をかがめる。望の服をぎっちり掴む。

 望を驚いて、足を止める。

「サヨ?どうしたの?」

「いいから、私を隠して。自然にしてて。歩いてて。」

そう言われて、望は自然にしようとして、逆にぎこちなく歩き出した。

 サヨは必死に何かから隠れているようで、店内を睨みながら、望についていく。

「待って、サヨチャン!」

後ろから、サヨを呼ぶ声が幾度となく続く。

 レジまで行って、望が会計している間サヨは、小走りで店を出る。

 バンと、後ろ手で戸を閉めてキョロキョロ辺りを見渡す。

 そして、飛んでいこうと体を伸ばした。が、後ろから襟を掴まれ地上に戻る。

「サヨチャン。どうして逃げるの。」

サヨの顔から、ササーと血が引いていく。

 サヨの襟を掴んでいる彼は、ニコニコしていた。

 狐のように細い目、口角がニコッと上がっている。白銀の髪は肩口まであり、低い位置で一つに結んでいた。今風なカジュアルの服に似合わない、黒い羽が背中に生えていた。

「セイメイ。」

サヨは、引きつった笑顔で襟を掴んでいる彼を振り返る。

 セイメイと呼ばれた彼は、ニコニコしたまま襟から手を放す。彼のこの笑顔は、いつもなのだ。

「何よ、あのメール!」

「サヨ?」

店から出てきた望は、振り返ったセイメイと目があった。

 狐のようなセイメイの目が少し開き、望をじっと見つめる。

 望は気にしない風に、子供のように笑う。

「サヨのお友達?」

望の言葉で、サヨはめまいを覚えた。手のひらを額に当ててうなだれる。

 セイメイは体ごと望の方を向いて、ニッコリする。

「いえ、恋人同士。」

「違う!!」

サヨが牙も目も剥いて、絶叫する。

 セイメイはつまらないとでも言うように、肩を落とす。

 サヨはセイメイの前に立って、腰に手をあてる。

「何度も言ってるでしょ!私はあんたが好きじゃないの!」

「僕は、サヨチャンが好きだよ。」

セイメイの言葉に、サヨの顔はカァーと赤くなる。

 サヨは、ダンッと地面を強く踏む。

「よ、よくそんな恥ずかしいこと、簡単に言えるよね。」

「本当のことだもの。」

「あ〜ん〜た〜ね〜!」

サヨの顔がもっと赤くなる。

 そんなサヨを、セイメイは愛おしそうにニコニコしてみていた。

「セ〜メ〜!」

と、突然女の子の高い声が聞こえた。

 望の近くにいたユキゲが、ゲッというような顔をした。

 ユキゲがキョロキョロそわそわしていると、空からユキゲと同じ、けれども黒い翼の女の子が、セイメイの隣に来た。

「セイメイ!また仕事ですわ!」

長いツインテールを揺らしながら、彼女はセイメイに叫んだ。横にスリットの入ったスカートも、襟の高い上着も、丈夫で動きやすそうだった。

 彼女は、ふとサヨを見た。そして少し、嫌そうな顔をした。そして、ユキゲを見た瞬間、もっと嫌な顔をした。すごい顔だった。

 それに気づいたユキゲは、ギッとにらみ返した。

「なんで、あなたたちがいますの?」

子供のように高い声は、目に見えるくらい棘があった。

 ユキゲはムッとした。が、サヨはまるでわがままな子供に困る母親のような、苦い笑いを顔中にひろげた。

 ユキゲは、ずいっと女の子に近づいた。女の子は、何よとでもいうかのように、体を向けギッと睨んだ。

「会った早々、今のはないんじゃねぇ。」

「あなたたちには、あれで十分ですわ。」

彼女は白銀の髪を、指でいじっていた。

 そんな彼女を指でつまんで、セイメイは顔の前まで持ってきた。

「用事はナニ?仕事って言ってたけど。」

どうにかセイメイの指から逃れた彼女は、腕を上下に振りながら言った。

「そうですわ!早く行きますわよ!」

彼女はセイメイの手を、小さな手でぐいぐい引っ張る。

 セイメイは飛び立つ前に、サヨ方にニッコリ笑うと、

「マタネ。ボクのサヨチャン。」

と、何とも背筋が震えるようなことを言う。

 当然、サヨの体は鳥肌が立ち、身震いがした。

 ユキゲは二人が消えるまで、その方向を睨んでいた。

「誰?あれ。」

二人が消えると同士に、望が呟いた。

サヨは疲れたように、店の壁に寄りかかりうなだれた。

「セイメイとウスイ。黒天使っていって、寿命がくる前になくなった人間の、魂を送るの。セイメイが黒天使で、ウスイが見習い。私とユキゲと同じ。」

そう言うサヨの声は、あきらかに疲れが表れていた。が、そんなことがわからないのか、望の顔はキラキラ輝いていた。

 うわぁ、眩しい。と、サヨは呆れ顔を両手で覆った。

「セイメイ達を追おう!」

「はぁ?」

サヨは、何となく気づいてはいたが、間抜けな声が出てしまった。

「いやよ。さっきの状況、見たでしょ。」

天を仰ぎながら、ため息混じりに言うが、望の気持ちは変わらないようだ。

 そんな望をサヨは、呆れたように見る。

 しばらくそうして、サヨは折れた。

「仕方ない。今日は、あなたに付き合うんだったよね。」

サヨはため息をついて、携帯電話をパチンと開ける。

 慣れた手つきで、数字を押していく。

 しばらくして耳にそれを当てる。

「もしもし。」

あきらかに嫌そうな声音が、サヨの口から出る。

「今どこ?・・・知ってるよ。・・・はぁ?違うから。まだ幽霊(ゴースト)いる?うん。で、どこにいるの?・・・だから、違うって言ってるでしょ!切るから!」

ブチッと、サヨは力強く通話を切る。

 イライラした様子でサヨは、バタンと携帯電話を閉じる。

 睨むような顔をしたまま、二人を振り返る。

 ちょうど2人は、可笑しそうにひそひそ話をしていた。が、サヨの視線を感じて、黙る。

「何話してたの?」

サヨは呆れたような目で、2人を見る。

 2人は、ギクッと肩をふるわせ、かわいた笑い声を出す。  

「・・・もういい。連れてってやんない。」

頬をふくらませたサヨは、そっぽを向く。

「ごめん、ごめん。」

面白そうに笑いながら、顔の前で手を合わせる。

 サヨは片目でちらっと望を見て、またプイッと目をそらす。

「ほら、行くよ。」

そう言って、サヨはすたすたと歩き出した。

「え?飛んでいかないの?」

後ろを慌てて追ってきた望が、目を丸くして聞いてくる。

 サヨは苛立った目つきで望を見た。

「普通、人が飛んでたら驚くでしょ。君、姿消せないでしょ。」

サヨか冷たく言うと、あぁと望が感嘆の声を漏らす。

「ほら、早く行くよ。」

「アイアイサー」

まるで子供のように、望は手を思いっきり挙げて走り出す。

 サヨとユキゲは完全に置いて行かれた。

 額をおさえため息をついたサヨは、はしゃいでいる望に向かって叫んだ。

「場所わかってないでしょ!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ