表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/39

19:嵐の終わり

 HEARTにいかなくなってもうどれくらい経つだろう。

 セイメイとのデートはこれで何回目になるだろう。

 望といたときは、やけに時間が早く感じられたのに、今はやけに遅い。

 一日終えるのに、一ヶ月分の仕事を一日で終わらせたみたいに疲れる。

「ねぇ、今日はどこ行く?」

今日も顔に笑顔を貼り付ける。

 セイメイに悪いけれど、今は仮面をつけてふりをしなくてはいけない。

 そうしないと、バラバラに崩れてしまうような気がした。

 本意じゃないけど、セイメイがサヨの心の支えで傍にいなくてはならない存在。

 それが消えたら、サヨはどうなるんだろう…。

「サヨチャンは、どうしてボクと付き合ってるの?」

最近気に入っているアイス屋を見つけて、サヨがにこやかに指差そうとした瞬間の事だった。

 あまりにも衝撃的な言葉に、一瞬、頭が真っ白になってしまった。

「ほら、セイメイ。あのアイスクリーム屋さんだよ。買って~」

何も聞かなかったふり。とぼけたふり。何もなかったふり。

 最近、サヨにふりが増えてきた。

 サヨはいつものようにセイメイに腕に、自分の腕を絡ませて引っ張る。

 アイス屋の甘い香りが、フワッと漂ってくる。

 さっきのは、自分の聞き間違いにちがいないと、サヨは自分自身に言い聞かせた。

「ストロベリーと…」

「ボクはいいヨ」

「だけで」

アイスはすぐにできあがった。サヨとセイメイが話し始める前に。

 口に含むと、甘酸っぱい味が口にひろがって、ひんやりとした。ちょっと入っている果肉が、何とも言えない。

「さっきのことなんだけど…」

「あ、見て!」

サヨはどうにかして、セイメイに話をさせないように妨害を頑張っていた。

 まだダメ。セイメイという心を隠してくれる布が必要なのに!

「サヨチャン!話をそらさないで」

普段は声を荒らげる事のないセイメイが、感情を表に出し声を荒らげた。

 ビクッとサヨは肩をふるわせる。

 目を開いて、小刻み震えているサヨ。

 最近では感じなくなった、恐怖という感情。

 胸が、苦しい…。

「サヨチャンがボクのことを好きになって付き合ってくれているのなら、ボクは嬉しいヨ。ケド、そうじゃないでしょ」

「そんなこと…」

「サヨチャンが雨宮望に惹かれてるのは知ってたヨ。でも、雨宮望と一緒にいたら、サヨチャンが不幸になるばかりだと思ってた。

 ここ数週間、一緒にいてようやく気がついたヨ。サヨチャンには、雨宮望が必要だって」

サヨの目が大きく開かれる。

 今のサヨにとってのセイメイは、例えるならそう、義足。大事な足を無くなった代わりにつけた偽物。それがないと歩けないけど、望んだものではない。でも、それがないと一人で生きてはいけないし、前に進むことも、後戻りも出来ない。

 そして今、その義足を奪われそうになっている。

 そうなってしまったら、立っていることだって出来ないのに。

 そう、セイメイは無くなったものを埋めるための、いわば生け贄のようなもの。

 そして、失った大切なものは、認めたくはなかったけれど、雨宮望。


 最近では日課になった、あの部屋の監視をユキゲは、とうとうあの部屋にあるものを知った。

 あの部屋は、天界が始まった時から今までの全ての記録。

 天界のこと。天使のこと。魔王、死神、人間、禁忌。全ての記録の部屋。記憶の間。

 一日だって、一時間だって、一分だって、一秒だって、この部屋が記録しないことはない。

 ここに、足を踏み入れることが出来るものは、ごくわずか。

 姿は見たことがないが、神。魔王。よほど信頼されている、大天使。

 ここにはほとんど来るものはいない。部屋が記録を行うから、入る必要がない。

 ただ、過去の記録に用事があるなら神が使いを送るだろう。

 だが、そんなこと滅多にない。神は自分で自分に記録している。

 ここは、神が見落としたときか、不覚にも忘れてしまったときにしか開かない。

 普通の天使も見習いも、絶対立ち入ってはいけない。

 しかし、今日もウスイはこの部屋に入っていく。

 いったい、なにをそんなに知りたいのだろう。

 ウスイは入っていって五分も経たないうちに、急いで出てきた。

 かなり、急いでいるようだった。

「あのバカは、何をしていますの!せっかくわたくしが!」

そんなことを口走りながら、飛んでいったウスイを、ユキゲは急いで追いかけた。


 「望!ちょっと」

望は、カウンターでボーッとしていると、ゆずに呼ばれた。

 サヨが望の前から消えてから、ゆずのことがいっそうサヨに見えるようになった。

 サヨと会ったときは、サヨがゆずに似てると思ったのに、今じゃゆずがサヨに見える。

 ゆずに呼ばれると、サヨに呼ばれているようでドキッとする。

 最近は重傷で、ブロンドの子を見ると、思わず手を振ってサヨと呼びかけそうになる。それは、未遂で終わるけど。

 でも、いつも嬉しい気持ちになるのはなんでだろう。サヨじゃないとわかった瞬間の、脱力感は?

 望は、カウンターから離れ、重たい足取りで休憩室へと向かう。

 最近、ゆずは望を休憩室に呼ぶと、椛を混ぜて雑談をし始める。

 その間店のほうはというと、マスターが一人で頑張っている。

 まぁ、どうせその時の客は一人か二人。多いときは多いけど。

「今日はなんの話をするんですか。ゆずさん」

「あの、今日はゆず姐さんはいなくて、その…」

休憩室にいたのは、椛。一人だけ。

 あぁ、やっぱりな。

 望は心の中でそう呟いた。うすうす気づいてた。いくら鈍感な望にも見え見えだった。

 どんどん、椛の顔が赤くなっていく。目が泳いで、落ち着きがない。

 今日、望は告白されるんだ。

 これで、サヨとはホントにおさらばが出来る。


 「なんであなたがいますの!」

ウスイは、雲の上で急に立ち止まると、イライラをユキゲにぶつけた。

 まさか見つかっていたとは知らなかったユキゲは、内心驚いていた。

 しかし、それを表に出さないように、必死の努力。冷静そうに。

「お前、記憶の間で何をしてたんだ?」

ウスイは相当驚いたのか、いつのも涼しそうな顔が一変して驚愕の色に染まった。

「なんで、あなたが、そんなことを」

よほど驚いたらしく、うまく声も出ないようだ。

「そんなに急いで、どこに行く気だ」

「あなたに、関係ないことですわ!」

悲鳴のような声にユキゲが驚いているうちに、ウスイは方向を変えて、また人間界へと降りていこうとする。

 それに気がついたユキゲは、長いウスイの髪を引っ張った。

「痛い!」

「テメェまで、いったいなにをやらかす気だ!」

「わたくしは!十年前が繰り返さないように!」

そこまで言ったウスイは、しまったと口を押さえた。

 ウスイの言葉にユキゲはウスイ以上に驚いていた。

 ユキゲの手の力が緩くなったうちに、髪を手から抜き取った。

 そして、いつもみたいに、人をバカにするような笑顔になった。

「わたくしは、あの女が十年前何をやったか全て知ってますわ。そして、雨宮望に関しても。全部調べましたわ」

「テメェ、何をする気だ」

「何をする気ですって?気づくのが遅すぎですわ。もう、してしまいましたもの」

固まっている望の目の前で、ウスイは高笑いをして見せた。

「井上ゆずがサヨを裏切るのは予想内。計画の中でしたわ。秋田椛の存在は予定外ですけれど、好都合ですわ。雨宮望とくっついてくれれば。後は、サヨとセイメイがうまくいってくれれば良かったのですけれど」

バチンッ

 ユキゲがウスイの頬を打つ音は、何もない雲の上に響き渡った。

「テメェのこと、ホントに見損なったぜ」

この言葉は、ウスイの頭の中で反響した。胸が苦しい。目が熱い。

 こうなるとわかってはいたけど、あのままにしておけなかった理由が、ウスイにはあった。

 ずっと昔、ユキゲと出会ったあの日から、全ては始まっていたのかもしれない。

 ユキゲは急いで人間界に降りていく。

 その後に、ウスイの弱々しい声がおっていった。

「サヨより、雨宮望のほうに行ったほうが、いいですわよ。サヨのほうは、セイメイにふられますわ」

ユキゲがそれを聞き入れたかは、定かではない。でもこれで、見直してくれたかな?

 ウスイだって、一人の女の子だもん。好きな人に嫌われるのは、身が裂かれるぐらいの苦痛なのだもの。


 「あたし、望君のことが好きです。付き合ってください」

そういうことだと、わかってたよ。

 今はふりでもかまわないだろうか。

 望の心は、まだサヨに決まっている。サヨに気持ちが向いている。

 でも、サヨには…。

「い…」

「望!待て!」

予想外の人物の登場に、望は思わず言葉を飲み込んでしまった。

 振り返ると、羽根をはやした小さい人間が。ユキゲだ。

「ユキゲ!?どうしたの?」

「お前、サヨの事好きだろ」

「なっ!」

望は、顔を赤くして目を見張った。

「驚いてる暇はねぇよ。あのな、サヨと望を離したのは実はウスイの思惑だ」

「うん。知ってる。でも、それでサヨは傷つくことはない」

「なに寝ぼけてやがる!サヨは、テメェと離れたことで、テメェが追っかけてこねぇことで傷ついたんだ」

「でも、セイメイがそんな傷、直してくれるよ!」

いっつも置いてきぼりの椛は、急の望の叫び声に驚いて、後ずさりした。

「お前、それ、本気で思ってるのかよ」

「その方がいいって、ウスイが…」

「他人がなんだよ、テメェの思った通りにやりやがれよ。テメェの人生だろぉが」

望の目が大きく見開かれる。

 そして、唇の端をあげた。なんで、そんな簡単なことを気がつかなかったんだろう。

 ユキゲは、恥ずかしそうに頬を掻きながら、ぼそりと呟く。

「あんとき、きついこと言って悪かった。やっぱり、サヨを救えんの、お前しかいねぇ」

「言われないとわかんない俺って、バカだな。でも、これでもう間違えない」

顔をあげた望の顔には、決心と希望の笑顔が広がっていた。

 椛のほうを振り返ると、望は悪そうに少し頭を下げた。

「悪い。俺、好きなやつがいるんだ」

「うん。サヨって人だよね。わかってたよ」

「ホント、悪い」

「ううん。気にしないで。…それより、望君さっきから誰と話してたの?」

その突っ込みに、場の雰囲気は崩れるわ、答えられないわで、望は思わず笑ってしまった。

 久しぶりの、ホントの笑顔。

 やっぱり、望にはサヨが必要なんだ。

「気のせいってことで。じゃ」

「頑張ってきて」

椛は久しぶりに見た大好きな人の笑顔に、胸が温かくなる。反面、その笑顔を作るのが自分じゃないことを知って、泣けてきた。


 「そんなこと、言わないでよ!あんたが嬉しいならそれでいいじゃない!どうせ最後は自分なんだからさ!」

サヨはすっかり頭に血が上ったようだ。

 道のど真ん中の、サヨの絹を裂くような声はどこまでも響き渡った。

 さすがのセイメイも、驚いた。しかし、最後の言葉は、悲しすぎた。

「サヨチャン、それは違うヨ。大事なら、その人の一番の幸せを…」

「それ以上言わないで!」

耳を塞ぎ、大きく髪を乱しながら首を横に振るサヨ。この姿は、あまりにも脅威的だった。

 彼女をここまで狂わせたものは、いったい何なのだろう。

 原谷希の存在だろうか。雨宮望の存在だろうか。

 いったい何をそんなに、恐れているのか。

 どうして、ここまで変わってしまったのだろう。

 本当の彼女は、どこへいてしまったのだろう?

 それとも、これが本当の彼女なのだろうか。

「それ以上、何も言わないで。今までのままなら、私は私を失うけど、私はこれ以上目的を、心ない天使だと言うことを忘れないですむ。もう、苦悩の日々とおさらばできるの」

やっと落ち着いたのか、疲れてしまったのか、いや、そのどちらでもないのかもしれない。

 うまく言うことは出来ないが、糸が完全に切れてしまったような感じとだけ、言っておこう。

 サヨは落ち着いた声で、息を切らしながら、呟いた。

 その目に、光がともっていたかと問われたら、誰もが首を振るにちがいない。

 その顔が、何に見えると聞かれたら、人形だと誰もが口をそろえるだろう。

 なにも出来ないと、身にしみてわかったセイメイは、下唇を噛んでいるだけだった。

 こんな時、原谷希なら。否、雨宮望なら、どうする。

「サヨ」

フワッと、コーヒーの匂いがサヨの鼻をくすぐった。

 みるみるうちに、目に顔に、サヨが戻ってくるのがわかる。

 セイメイの目が驚きに開かれる。

 雨宮望が、後ろからサヨのことを抱きしめている。

 抱きしめるしかない。望はサヨを見た瞬間、そう思った。それしかないと、思った。

 セイメイは、来るはずがないと思っていた。違う。来て欲しいと思っていた。

「セイメイ、わりぃな。テメェのバラ色ライフはここで終わらせてもらうぜ」

セイメイの肩にとまったのは、息を切らした、しかし、嬉しそうなユキゲ。

「別に、ボクはかまわないヨ。彼女が、彼女でいられるなら、ボクはそれを望むヨ」

セイメイは、二人を見て眩しそうに目を細め、幸せそうに微笑んだ。

 セイメイの言葉を聞いたユキゲは、驚いた間抜け顔になった。

「テメェ、アイツとグルじゃねぇのか?」

「なんのことだい?」

セイメイは、本当に何も知らないというような顔だった。

 突然の出来事に目を丸くしていたサヨは、首だけ動かし後ろを見た。

「望?なんで?椛ちゃんは?」

これ以上開かないぐらい丸く開いたサヨの目には、雨宮望が映った。

 とたん、サヨは正気では出せない絶叫をした。

 セイメイもユキゲも、文字通り飛び上がるぐらい驚いた。

 だけど、望はサヨを抱きしめたままだった。頭を抱えて叫ぶサヨを、正面から抱きしめ直した。

 耳が痛くても。周りの視線が痛くても。サヨを抱きしめた。

「どうしてよ!どうして、私から普通を奪いに来るの!

 望は椛ちゃんと一緒になって、私のことなんか忘れれば良かったのに!

 私の罪が増えなくてすむんだよ!みんなが幸せになる!

 椛ちゃんは望と両相いになれて、セイメイだって私と両想い。ゆずちゃんは私に復讐が出来る。望は私の犠牲者にならなくてすむ。

 そうよ。私たちが離れることはみんなの幸せになる」

サヨは精神的におかしくなってしまったのかもしれない。

 どうして、サヨはここまで抱え込まないといけないんだろう。

 いくら何年生きていたって。いろんなことを知って、経験して、人間じゃなくったって、一人の女の子なのに。

 こんなに、壊れるくらい、なんでサヨにばっかり…。

「じゃあ、サヨの幸せはどうするんだよ」

望の言葉に、サヨはハッと顔をあげた。そして、少し後退る。ちょっとした距離なのに、たった一歩の距離なのに、大きな跳び越えることの出来ない、深い溝のようだった。

 その顔は、いつものサヨだった。一人の女の子のような、顔。完璧じゃない、普通の。

 それなのに、すぐサヨの顔には狂気の色が現れた。

 どこを見ているかわからない目が、望をとらえた瞬間、サヨは悲しそうに微笑んだ。

「私は、罪を重ねすぎたの。幸せになる資格なんてない」

「そんなことない!サヨだって、一人の普通の女の子なんだ」

ガッと掴んだサヨの肩は、震えていた。

 望を見つめる目に、迷いの色が見えた気がした。

「前も言っただろ。サヨは、過去が強烈すぎただけ。ただ、それだけなんだ」

サヨ目が、大きく見開かれた。

 いったい、この言葉がどうしてそんなに、サヨを刺激するんだろう。

 聞き方によっては、今までの自分を否定されるような言葉なのに。

 もしかしたら、サヨはそれを求めていたのかもしれない。

 自分でも、悩んでいたのかもしれない。

 自分は過去に縛られているままで良いのか。

 もしかしたら、本当は過去の束縛から解放されたかったのかもしれない。

 だから、今までのサヨを否定されることは、過去に縛られたサヨを否定されること。

 サヨは、薄く笑った。その顔は、吹っ切れた後のすっきりした顔。

「望に言われると、本当にそんな気がする」

そして、晴れやかに望に笑ってみせた。

 その顔を見た瞬間、望の胸にはこれまでにないくらいの喜びがこみ上げてきた。

「好きだよ。サヨ。もう、離さない」

嬉しくて、思わず本心を言ってサヨをきつく抱きしめてしまった。

 セイメイは複雑な気持ちを抑えて微笑んだ。ユキゲは大きくガッツポーズをとった。

 突然の告白。抱きしめてる腕の強さ、ぬくもりに、サヨの胸のあたりは一気に熱くなった。

 しばらく驚いていたけど、今度は手遅れにならないうちに。

「私も好き。大好き」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ