17:晴れのち曇り、のち晴れ?
サヨがHEARTで手伝いを初めてもう、一週間は経つ。
ゆずとサヨは、昔のように仲良くおしゃべりしたり、ショッピングをしたり。
まるで、ティーンエイジャーのようだった。
お店のほうも、美人姉妹がいるという噂が広がり、客が増え、そこから、コーヒー、料理が美味しいと評判になった。隠れた名店ということで、ローカル番組に出た。
美人姉妹とはもちろん、サヨとゆずのことだった。姉妹じゃないんだけど…。
一緒に笑いあって、本当の姉妹みたいだった。
この日までは…。
「手伝いに来ました~」
サヨがいつものように店の扉を開けると、お客がまず声をかけてくれる。
そして、マスターがカウンターから手を振ってくれて、コーヒーを運んでる望がVサインをしてくれた。
いつもならゆずが走って来てくれるのに、今日はゆずが走ってくることはなかった。
あれ?と思い、カウンターのほうにサヨは向かう。
「マスター、今日はゆずちゃん来てないの?」
「いや、来てるよ。バイトの椛といたはずだ」
「もみじ?」
サヨの頭にハテナマークが飛び交う。
そんな名前、聞いたことがなければ、他に働いていた人がいたなんて知らなかった。
「あぁ、サヨはあったことがなかったんだった。望の学校の後輩で、ここのバイト。ここ一週間ぐらい、おばあちゃんが亡くなったとかでいなかったんだよね」
「そうなんだ」
サヨはなぜだか、胸の辺りがもやもやしていい気分じゃなくなった。
胸騒ぎなのだろうか。
「あってきたらどうよ?奥にいるはずだから」
「そうするよ」
サヨは少しマスターに微笑みかけて、店の奥に入っていった。
一番奥がマスターの部屋だから、サヨは手前のドアの前に立った。
明るい、茶色の、普通のドア。
それなのに、なぜか開いてはいけない、禁断の扉のようだった。
そんなとき、内側から扉が開いた。
サヨに似た彼女は、サヨを見るなり口の端をにっとあげて、変な笑顔になった。
「サヨ、来てたのね。ねぇ、あっちで話したいことあるの」
「う、ん。いいよ」
嫌な予感がするのは、気のせいでいいのだろうか。
ゆずは部屋の中を覗くと、拳を突き出した。
それがどんな合図なのか、誰に送ったものなのか、サヨにはわからなかった。
ゆずがサヨをつれていったのは、マスターの部屋だった。
そこはまるで、ゴミの山。
床が、全く見えないし。何が何だったのかすら、わからないかもしれない。
それに、すごく煙草とお酒と汗臭い。
「ヒドいでしょ」
ゆずが服の袖を鼻にあて、困ったという顔をした。
サヨもたまらず、鼻をおさえる。
「酷いなんてもんじゃない、あってはならないものだよ」
サヨの言葉に、ゆずは大きな声をあげて笑った。
笑い事じゃないよ。本当に…。
普通の人なら、逃げるって。
「実はね、サヨに片付けてほしくて」
「言われなくてもやるよ」
サヨはそう意気込んで、腕まくりをする。そして、すぐにゴミの山の中に入っていった。
「あたしは、仕事の手伝いがあるから」
ゆずがそう言って出て行った事も、サヨは気がつかないぐらい、片付けに専念していた。
一つ片付けても、まだ片付いたようには見えない。逆に、問題が増えてしまう。
例えば服の山。畳んでタンスに入れようとするんだけど、そこはホコリだらけのゴミの山。
一人でピカピカにするには、一日はかかるだろう。だけど、ある程度でいいし、一人じゃない。
「ゆずってヤローもヒデェよな。ダチにこんな仕打ちしやがってよ」
「ゆずちゃんが本当はやりたかったんだけど、忙しいんだよ。それに、自分の昼休みを削って手伝いに来てるんだよ。疲れさせるわけにはいかないよ」
サヨもよくは知らないけど、ゆずはのティーン向けの雑誌で記事を書いているらしい。そこそこ売れっ子らしい。
「俺、思うんだけどよぉ。アイツ、なんか考えてやがるぜ」
「何かって、なにをさ。…あ~、きったな~い」
サヨは自分がホコリだらけなのを見て、悲鳴のような声をあげた。
部屋はそこそこ片づいた。人の生活している空間になった。
サヨは、せっかく片づけた部屋に、またホコリを落とすのは嫌で部屋を出てホコリを払うことにした。
「悪巧みにきまってんだろ」
「まっさか~」
服を叩くと、思った以上にホコリが舞い上がって、咳き込んだ。
あぁ、前にこんな事、あったな。
サヨは思わずあの日々を思いだし、口がほころぶ。
ホコリがそこそこ落ちたから、店の手伝いのためにカウンターに向かった。
ゆずとは、仲直りをした。そんなこと、あるはずない。
サヨは、そう確信していた。
「よ、バカップル」
サヨが店に帰ってきたと同時に、店に高校生らしき少年が入ってきた。
少年達が見ている方向には、困ったという顔をした望と顔を真っ赤にした知らない少女。
その少女は、どこか昔のゆずに似ていた。
「カップルじゃないよ。俺たちは、友達だから」
「クラスもバイトも、中学だって同じだし、いっつもいちゃついてるじゃねぇかよ」
「いちゃついてるわけじゃないんだけどな」
望が頭を掻いた。少年は、面白いというようにクスクス笑う。
「お似合いじゃん。付き合ってねぇなら、付き合っちゃいなよ。そうすりゃ、噂がホントになるしな」
「もしかして、ひやかしにきただけ?」
「ひやかしってひっでぇな。俺たちはアドバイスしただけ。それに、ちゃんとヨージあるしな」
そう言うと、少年は固まっているサヨのほうをチラリと見た。
「最近多いんだよねぇ。こうゆーお客」
カウンターにいたマスターが、こっそりと呟く。
サヨは、やっと自分が注目されているのに気づき、首を傾げた。
「ちょっとばかし、プチ有名人を見に」
プチ有名人。
いつの間に、サヨはそんな称号をもらっていたのか本人ですらわからなかった。
少年はカウンターに座るった。
「ご注文はなんにします?」
「お金ねぇんだけど、おごってくれる?」
「はぁ?」
カウンターに座ったということは、注文するものだと思ったのに。もちろん、払うお金もあって。
明らかに、ひやかしだ。
「金がないなら、水しか出せないわよ。ひやかしに来たんなら帰りなよ」
と、突然現れたゆずがきつい口調で言った。姐さんって感じの。もしくは、男前。いや、これは言い過ぎか。
すると、少年はゆずを一回睨みつけると、何も言わずに出て行った。
「うえ~。女って、怖いね~」
近くにいたマスターは新聞紙に顔を隠した。
ふんっと鼻から息を吹き出したゆずは、ニッコリとマスターのほうをむいた。
「セージ、サヨが部屋を綺麗にしてくれたわよ」
「んだと!ど~してそんなことを」
マスターは慌てたように、店の奥へと駆けてった。
いったい、何をそんなに慌てたんだろう。そんにな見られたくないものでもあったのだろうか…。
「ゆずちゃん、さっきのは…」
「これでわかった?」
ゆずの声が、氷のように冷たい。それなのに、ゆずの唇は愉快そうに端があがっていた。
「まったく、あぁゆうのって困るよね。一体、何回違うって言えばわかるんだろ」
「さ、さぁ。嘘でも、付き合えば満足するんじゃないかな」
「そんな事したら、椛が困るだろう」
「そう、だね」
あの少女が椛なんだ。昔のゆずそのもの。恋する純粋な乙女。
「わかるでしょ。椛は望のことが好きなのよ。あなたは、私みたいな犠牲者を、また出すつもりなの?」
そう言うことだったんだ。
サヨは、まんまとゆずの罠にはまってしまったのだ。
これが、ゆずの計画的な復讐。
サヨは、頭の中が真っ白になった。何がどうなって、何が起こったのか。何も、わからなかった。
サヨの上で、ユキゲが歯ぎしりし、拳をふるわせていた。
ユキゲは、一瞬でもサヨの言葉を信じてしまった自分と、目の前にいるサヨの姿をマネした悪魔を呪った。
「そう言うことだったんだ」
やっと理解したサヨは、それしか言葉に出来なかった。
「ばっかじゃないの?本当にあたしと仲直りできたと思ったの?昔と変わりないお人好し。
あたしは一時だって、あなたを許してないわ。あなたなんて大ッ嫌い。二度と顔も見たくなければ、同じ空気だって吸いたくない。
でも、黙って引き下がるのも腑に落ちないでしょ。だから、あなたから大事な望を取り上げてやったのよ。あたしから希を取り上げたように!」
「テメェ!」
怒りを抑えきれなくなり、ユキゲがゆずのほうへ飛ぶ。小さい体で出来る事なんてないのに、何かやらなければ気が済まない。
ユキゲがゆずの肩にこん身の一撃を与えるが、今のゆずにはどこ吹く風だった。
「サヨがどんな気持ちかしらねぇくせに。サヨがどんな思いをしてきたかも。サヨが…」
ユキゲはゆずには聞こえない怒りをぶつける。
サヨは、自分がどうしていいのかわからなかった。
ユキゲみたいに怒りを全部ぶつければいいのか。それとも、思いっきり泣けばいいのか。土下座でも、首を落としてでも何でもして謝ればいいのか。
「はやく、消えなよ」
その言葉が、とどめだった。
サヨの思考は、完全停止した。
体の感覚という感覚が全部消えていくような。体中の温度が冷めていくような。
そう、あのときと似た感覚。
「今度から、俺の部屋に勝手に入っちゃダメよ~」
マスターがお店に戻ってきたときには、サヨは逃げ出していた。
「サヨ!」
「え?」
ユキゲの叫び声で、望はようやくサヨがただならぬ様子で店を出て行くのに気がついた。
望は反射的にサヨを追いかけようとした。が、
「来んじゃねぇよ!テメェに、サヨが救えると思ったオレがバカだった!」
ユキゲが怒りを望にさらけ出し、店から出て行った。
望は、ハッと踏み出そうとした足を止めた。
「お前、友達一人もいなくなるぞ」
「わかってるわよ」
マスターの言葉に、ゆずはうつむいた。唇を血がにじみ出るほど噛み、爪痕が残るくらい拳を握りしめた。
ユキゲにきつく言われたが、望は黙ってはいられなかった。
急いで、サヨの後を追うために走り出した。
何一つとしてわからない椛は、一人で客の対応にあたっていた。
「行ってもあなたは必要ないんじゃないかしら」
外に出てきた望の前に、意外なヤツが立ちはだかった。
「ア。」
最近よくいなくなるウスイを探していたセイメイは、まるで自分のほうに駆けてくるサヨを見つけた。
「やぁ、サヨチャン。ボクが恋しくなったのかい?」
セイメイはそう言うと腕を広げる。すると、もの凄い勢いでその中に飛び込んできた。というか、突然の障害物にぶつかったくらいの勢いで。
「サヨチャンが胸に飛び込んできてくれるのは嬉しいけど、痛いヨ」
ぶつかってきたサヨを見ると、いつもと様子が違う。
もちろん、セイメイの胸に飛び込んだあたりからもうおかしいけど。
「どうしたのサヨチャン?」
「あんたには、わからないよ」
セイメイの胸に顔を埋めながら、ボソッと呟く。
セイメイの細い目から、漆黒の目が覗く。
「何でも話して。ボクが全部聞いてあげるから。ボクが、サヨチャンの力になってあげるヨ」
「なにもしらないくせに!」
セイメイの胸から離れたサヨは血迷ったような目で、セイメイを睨む。
けれど、セイメイは落ち着いていた。
「ボクは全部知ってるよ。キミがタブーを犯して原谷希を生き返らせたことも。死神を何人も殺したことも。そのネックレスが、希の結晶だということも」
「どうして、それを…」
サヨは、自分の目の前にいるセイメイの様子がいつもと違うのに、気がついた。
珍しく、真剣そうな緊張しているオーラだった。ここまで真剣そうな感じのセイメイは初めて見る。
「本当は、言わないつもりだったんだケド」
セイメイは、真っ直ぐサヨを見つめる。
「ボクはね、先代の魔王なんだヨ」
「はぁ?」
セイメイ自身は大いに真面目そうだけど、ふざけてるとしか思えない。
「信じられないのは無理ないネ。普通、魔王はかわらないものだから」
「そうよ。あり得るわけない」
サヨの頭は、何が何だか訳がわからなかった。もう、パンクしそうだった。
「でも、これしかなくてネ。キミの罪をもみ消すための代価は」
そこでサヨは、やっと長年の疑問の謎が解けた。もちろん、セイメイが魔王だったということが前提で。
つまり、セイメイが魔王の座を譲る代わりにサヨの罪をもみ消し、罰を与えなかった。
そういう事だったのかもしれない。
「最近の天使はみんな優秀でネ。ちょっと、退屈してたんだよネ。そんなときに、キミが現れたわけ。
最近では珍しくなった、不良チャン。ボクは静かにキミのことを監視したヨ。どんなエンディングを迎えるか、気になってネ。
まさか、あんなエンディングを迎えるなんてネ」
セイメイが、悲しそうに視線を落とす。
何が、そんなに悲しいんだろう。
「キミを罰する身でありながら、キミたちのハッピーエンドを望んでいたヨ。でも、いつしかボクは、彼に嫉妬心を抱いていたみたいだ。ホント、気づかないうちにネ。
きっと、ボクが魔王の座を降りて天使になったのもキミに近づくためだったのかもしれないネ」
「セイメイ、私、どうしたらいいのかな?」
サヨは、うつむいて前髪をくしゃっと握った。
自分がなんなのか、どうやって生きていけばいいのか、わからなくなった。
知らなかったほうがよかったものを、知りすぎた。知りすぎてしまった。
きっと、まだ知らなきゃいけないことがあるだろうけど、これ以上知ってしまったらサヨ自身が、押し潰されてしまう。
そっと、少しでも力を入れると壊れてしまうものでも扱うように、セイメイは優しくサヨを抱きしめた。
「それは、サヨチャンが決めなきゃいけないヨ。でもね、ボクは雨宮望からは離れた方がいいと思うよ」
サヨは、少し黙った。
そして、そっと目を閉じて抱きしめ返かえした。
「独りはイヤなの。セイメイが、私の傍にいてくれる?」
それだけ言うと、サヨの目から涙が一筋、滑り落ちた。
セイメイの目が、すっと細められた。
「いいヨ。プリンセスが望むなら、ナイトはどこまでもついて行くよ」
そっと、触れるサヨの頬を冷たかった。涙に濡れた目は、どこか虚ろ。
上を向いたサヨの顔に、ゆっくりと顔を近づけたセイメイ。
渇いたサヨの唇に、セイメイの震えた唇が優しく重なる。
何も知らない人が見たら、これはどんなに甘いハッピーエンドだろうか。
「わかりましたでしょ。サヨにはもうセイメイがいますの。邪魔をなさらないで」
物陰に隠れて二人の様子を見ていた望は、驚いたように目を見開き、二人から目を離せない状況だった。
「これで全部、うまくいきますわ。もともと、天使と人間が結ばれるなんて、有り得ないことですもの」
「ねぇ、本当にサヨは幸せなの?」
望の声はかすれていた。
それもそうだろう。好きな相手が、目の前で違う男性と抱きしめあって、キスをしているのだから。
「えぇ。今のような、辛い思いをせずにすみますわ」
望は下唇を噛みしめて、近くの壁を力一杯殴った。手がジンジン痛むのも、感じなかった。
そして、一言。
「ありがとう。ウスイ」