15:最悪の再会
「セージ、手伝いに来てやったわよ」
「星司だっつーの。何度言えばわかるんだろうねぇ、この子は」
笑っていたサヨは突然聞こえた会話に、ビックリした。
マスターを、あんな発音で呼ぶのは彼女しかいないけど、声が全然似ても似つかないような…。
サヨは、イスを少し後ろに倒してカウンターを覗く。
そこには、サヨの後ろ姿があった。
暗めなプラチナブロンド。黒で統一された、パンツスタイル。
見た感じは、サヨそのものの後ろ姿だったが、やはりサヨではない。
髪がつむじの辺りで一つに結われたところが違う。
それが揺れて、サヨは思わず顔を引っ込めた。
引っ込めるはずだったのに…
「そういえば、今日懐かしいヤツが…」
バタンッ!!
サヨはバランスを崩し、イスごと倒れた。
ハッと振り返ったもう一人のサヨは、驚いていた。
「いったぁ~」
サヨは、目に涙をためて床に座り、打った頭をおさえた。
彼女は、サヨの顔を見た瞬間、目を見開き唇をふるわせて、信じられないものでも見たかのような顔になった。
「うそ」
そう呟いた口を両手で覆い、後退る彼女。
「大丈夫?」
驚いていた望も、サヨの所にやっときて、手を差しのべた。
サヨは、その手に支えてもらいながら立ち上がった。
「平気だよ」
平気と言ってみたものの、実際は頭には小さなたんこぶが…。
その様子を見ていた彼女は、息を飲み込んだ。
「サヨ」
その呟きで、ようやくサヨは彼女の存在を思い出した。
声にも言葉遣いにも、昔の面影は残ってはいなかったが、顔にはうっすらと昔の面影が残っていた。
きっと、化粧を落としてしまえば昔の面影がもっと残っているだろう。
「ゆずちゃん?そうでしょ」
サヨが嬉しそうにしているのと対照的に、ゆずは怯えているようだった。
サヨが距離を縮めようと一歩出ると、ゆずは一歩下がる。
また一歩出ると、一歩下がる。
さすがにサヨもおかしく思った。
「どうしたの、ゆずちゃん?」
「どうしてここにいるの?何で帰ってきたの?」
髪を振り乱しながら、ゆずが悲鳴のような叫びをあげた。
それには、さすがのマスターも驚いた顔をした。
マスターは、昔サヨとゆずが仲が良かったのを知っているから、余計驚いている。
サヨも同じだ。仲が良かった相手に再会したのに、思いもよらなかった拒絶の言葉。
「どうゆうこと?」
「そのままの意味だよ!希君といなくなって、あんただけ帰ってきて。それに、付き合ってなかったんだろ!サヨ、あのときそう言ったよね!あたしの気持ち知ってたのに!」
サヨは荒々しい感情がむき出しにされたゆずの言葉に、何も言い返せなかった。
全部事実なのだ。嫌でも受け入れなくてはいけない、事実。
「希君はどうしたの。どこ行ったの。どうしてあんただけ、帰ってきたの」
「ゆずちゃん、落ち着いて…」
「落ち着けるわけないよ!」
ゆずは、ギッとサヨを睨みつけた。親の仇でも見るような目で、サヨを見た。
「…希は、交通事故で、亡くなって」
震えるサヨの肩に、望は手を置いた。
ゆずはその一言で、感情が爆発したのだろう。
言葉にならない叫びをあけで、サヨの頬を力一杯叩いた。
「希君じゃなくて、あんたみたいな悪魔が死んじゃえばよかったのに!」
ゆずはそうとだけ言い残すと、店を出て行った。
誰も、止めることをしないうちに。
「わりぃな、サヨ。アイツがあんなこと言うなんて思ってなくてな。まぁ、気にすんなよ」
カウンターからのマスターの励ましは、サヨの耳には届いてはいなかった。
サヨは叩かれた頬を押さえることなく、ゆずが出て行った戸をジッと見つめていた。
心ここにあらず。今のサヨはそれだった。
「そりゃぁ、気になるわな」
マスターは、どうしたものかと頭を掻いた。望はというと、初めてあんなゆずを見たため固まっていた。
役に立たない男ばっかりだ。
「マスター。ゆずちゃんの彼氏って、どんな人だった?」
「はぁ?」
あまりにも突拍子のない質問に、マスターはポカンとした。
サヨはもちろん、ふざけているわけじゃない。もちろん、大まじめだ。
「希に似てた?」
「似てるっちゃぁ、似てたかもな」
「だと思った」
それだけ呟くと、サヨは疲れたのかそれとも気が抜けたのかその場に力なく、ぺたんと座り込んだ。
その行動で、やっと望は我に返った。
前髪をくしゃっと握ると、サヨは渇いた笑い声を上げ始めた。頬には涙が伝った。
次第に、笑い声が泣き声変わっていった。