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14:話そう

 あの事件から、もう一ヶ月は経っただろう。

 もっと長かったような感じもするし、短かったような感じもする。

 サヨは望に会っていなかった。

 不思議にも、地上と天界で連絡を取り合える携帯には、彼の着信がずらりと並んでいた。 一回も出たことのない着信履歴。未開封の受信メール。聞いたことのない留守電。

 いくら、通話ボタンを押そうとしたことだろう。

 いくら、開封しようと思ったことか。

 いくら、携帯に耳を当てようと思ったことか。

 でも、気持ちと裏腹に体は動いてはくれない。

 通話ボタンに置いた指は硬直し、画面に向けていた目は逸れ、耳に持って行こうとする手は震えが止まらない。

 着信音と気持ちがおさまった後には、じっとりと汗が噴き出していたことに気づき、喉と目の奥がヒリヒリしていた。

 あぁ、ダメだ。この臆病者と、サヨは一人でいつも悪態をつく。

 そもそも、何を話すべきなんだろう。何を話さなければいけないんだろう。

 謝罪?何を?母親のこと?希のこと?

 感謝?自分の過ちを止めたことに関して?

 別れ?もう会いたくないって?

 会いたくないワケじゃないんだ。とっても会いたい。会って、前みたいに話せたら、楽しいのかもしれない。

 でも、このままでは会えない。

 何かが、引っかかっていて…。

 今会ってしまったら、今度こそ、本当に壊してしまいそう。

 サヨと望の関係。望自身。そして、サヨ自身も。

 自分が何をするべきなのか、わからない。

「ウジウジしすぎなんですけど…」

肩の上に乗っているユキゲが、大きく溜息をついた。

 仕事が終わって天界に帰ってきてそうそうの事だ。

「ウジウジって、誰が?」

「お前しかいねぇよ」

「私が?まさか。ユキゲの目、節穴じゃないの?」

サヨは本気で心配しているユキゲをよそに、わざとらしく溜息をするふりをした。

「しつれーなヤツだな。オレのこのキラキラと綺麗な目のどこが節穴なんだ」

ユキゲはサヨの鼻の先で青い目を大きく開き、指さす。

 サヨは疑わしそうに目を細めて、その目を見る。

 しばらくの間にらめっこをした後、サヨは小さく頷いてスタスタと自室へと歩き出した。

 置いて行かれたユキゲは、あの頷きは何だ?っと唖然としていた。

「おい、何に納得したんだよ」

サヨに追いついたユキゲは、焦った様子だった。

 それを見たサヨは、クスリと小さく笑った。もっとイダズラしてやりたくなる。

「え~、教えて欲しいの?ど~しよ~かな~」

と、馬鹿にしたような笑顔を振りまいていたとき、軽快な音楽がサヨの上着のポケットから流れた。

 サヨの顔が一瞬にして強ばる。

 手がぎこちない動きで携帯を取り出し、開く。

 画面を見た目が震え、それが全身になる。

 それは、サヨの部屋の前で起こった。

「ユキゲ、どうしよう、望からだ」

自分ではどうしたらいいのかわからない。

 考えは、空回りするばかり。

 ユキゲは何でもないような顔で、答えを言った。

「そんなの簡単じゃん。出ちまえよ。自分に正直にな」

「でも、何を話したら」

「何でもいいじゃん。自分の思ったこと全部はなせよ。後悔すんなら、やっちまって後悔する方がオレは好きだ」

ニカッとユキゲは歯を見せて笑い、親指を立てた。

 何で、こんなに簡単なことを気づかなかったんだろう。

 サヨは大きくユキゲに頷いて見せて、部屋に入っていった。

「全く、世話の焼けるヤツだ」


 部屋に駆け込んだサヨは、一回深呼吸をしてから通話ボタンを押した。

 嫌な汗が、体中から吹き出る。

「もしも…」

「サヨの馬鹿ヤロー!!」

へ?

 サヨの勇気を振り絞って出した声は、耳が痛くなるほどの望の怒鳴り声でかき消された。

「なんで、電話に出なかったのさ。俺がどんなに心配したかわからないだろ。

 毎日毎日電話して、それなのに一回も出てくれなくて。

 毎日毎日メールしても、何にも返してくれないし。

 たまに留守電入れても、脅迫じみたことも言ってみたのに…」

何!?今脅迫って…。後で、留守電聞いてあげないと…。

「何にも連絡ないし、街でも見かけなくなったし。

 サヨに何かあったのかもとか、嫌われたとか。考えていたことを全部並べたら、一日じゃ話しきれないくらいになる」

なぜか不意に、頬が熱くなる。

 そんなに、私のことを思ってくれてたの、なんてサヨは呑気なことを思っていた。

「夜だって、眠れなかった。バイトだって失敗ばっかだし、学校では点数落とすし。俺、今年から就活なんだぞ、フリーターになったらどうしてくれるんだよ」

そんなの、私のせいじゃないと思うけど…。

 サヨは目を据わらせた。

「マジで、嫌われたんじゃないかって思って…」

「嫌いになんてなってないよ」

思い切って出した声は、どこか潰れていて変な声。

 顔が一気に赤くなっていく。

「私、すごく反省してるの。望にあんな事言っちゃって。

 希と望は違うのに…。わかっていたんだけど、重ねずにはいられ無くって…。

 だから、たぶん、あんな事しちゃったんだと思う。

 望のタメじゃなくて、自分のために…」

あれ?私、何が言いたいんだ?

 自分でも何を言っているのかサヨはわからなかった。それでも、自分の気持ちを吐き出していく。

「ずっと、望と話したかった。望に言いたいこといっぱいあった。

 なのに、電話に出ようとするにも、メールを見るにも、留守電を聞くにも体が思い通りに動いてくれなくて…。

 望だってわからないでしょ。私がどんなに、後悔してたか。自分を責めたか。

 ずっと謝りたかった」

きっと、望にはサヨの言っていることの本当の意味を理解していないだろう。

「でも、謝るには、望に全部聞いてもらわなきゃいけない。私ともう一人のノゾムのことを。

 だから、今からHEARTに来て。そこで、全部話す」

「…わかった。すぐに行く。俺に全部聞かせて」

サヨは携帯を閉じると、何の迷いも生まれる前に部屋を出た。

 ただ、前を見ていた。

 この道がどこに繋がっていようとも。これから、どんな壁が立ちはばかろうとも。

 だから、この時サヨは部屋に彼女がいたことに気がつかなかったのだろう。


 HEARTについたサヨは、ドキドキ言う心臓の前で手を組んで、深呼吸した。

 からんっからんっ

 扉を開けると軽い音が鳴り、フワッとどこかで嗅いだ懐かしい香りが押し寄せてきた。

 はじめで入るこの喫茶店は、以前どこかで見たような気分にさせた。

 木の色がそのままの店内は、温かい感じがした。

「いらっしゃい」

少しかすれた声が、カウンターのほうから入ってきたサヨにかけられた。

 カウンターには新聞を読んでいる人間がいた。

 サヨの角度からは、新聞で隠れて顔が見えない。

 それなのに、懐かしい感じがしてくる。

「なんにします?」

彼は呼び終わった新聞を畳みながら、言う。

 現れた彼の顔にサヨは目を丸くした。

 昔よりは様になった無精ひげ。おしゃれのつもりかわからないが、頭に巻いたバンダナ。どう見ても、海賊の子分にしか見えない。

 彼もサヨを見た瞬間、手に持っていた新聞を落とし、固まった。

「お前、サヨじゃんか」

「マスター、だよね」

お互い指を差し合い、見つめ合った。見つめ合ったと言っても、そんなロマンチックなものじゃない。

「お前、十年もどこいてたんだ。希も急にいなくなっちまって」

サヨは、希の名前が出て少し喉が固まった。

 何も、言えなくなってしまった。

 少しうつむき、サヨは自分のつま先を見る。

「心配したんだぞ」

「ごめんなさい」

しわが少し増えた顔を少し歪め、マスターは微笑んだ。

 マスターは落ちた新聞を拾い、コーヒーを入れ始めた。

「カウンター、座れよ」

少し頷いて、サヨはちょこんっと座った。

「昔とかわんないねぇな」

「マスターは、少し老けましたね」

サヨは顔をあげ、悪戯っぽく微笑んで見せた。

 マスターは少し目尻を下げた。

「当たり前だろ。十年たちゃぁ、小6のガキだって成人迎えて、男連れてくんだ」

「それって、ゆずちゃんのこと?」

懐かしいなぁと思わず頬が緩んでしまう。

 あのふわふわ可愛い女の子が、どんな女性になったのか気になる。

 男を連れてくるあたりもすんごく気になる。

「ゆずちゃん、彼氏出来たんだぁ。どんな人?」

身を乗り出しているサヨの横にコーヒーを置いて、マスターは自分のコーヒーを持って椅子に座った。

「どんな奴だったかねぇ。もう別れて結構経つからなぁ」

「えー。別れちゃったの?ゆずちゃんかわいそう」

「そぉでもないと思うぞ」

別れたのに?可愛そうじゃないの?

 サヨの頭にはてなマークが飛び交った。

 そんなサヨをよそにマスターはコーヒーをすすりながら、何でもないようにいった。

「アイツがふったんだからな」

「なんで?」

 からんっからんっ

 サヨが目を丸くしたとたん、店のドアが開いた。

 サヨは緊張に支配されていく。

 うっすら明るい外の光を背にして、望が立っていた。

 肩を上下させているところをい見ると、急いできたんだろう。

「どうした、望?今日はバイトじゃないだろう」

「今日は客なんで」

マスターに少し微笑みかけた望の顔は、少し疲れているようだった。

 そして、望はサヨをジッと見据える。

「マスター、奥の席空きはある?」

「あぁ、そりゃあもうたくさんと。今日は客がはいんなくてねぇ」

笑いながらマスターは新聞を広げた。

「全く、この不況をどう乗り越えようかねぇ」

アハハとから笑いをたてるマスターをよそに、二人は店の奥へと歩き出した。

 店の奥は、本当にがらんっとしていた。

 埋まってる席って、あるのだろうか。

 二人は、端の席に座る。

「それで、俺に話さなきゃいけない事って?」

「うん。話せば長くなるけど…」

サヨは喉がいかれるぐらい話した。

 望は口をはさまずただ頷きながら、聞いていた。

「これが、私ともう一人のノゾムの話」

言い終わった頃には、サヨの喉はカラカラに渇ききっていた。

「そんなことが…」

「うん」

「それが、俺に会わなかった理由」

「うん」

しばらくの沈黙。

「な~んだ、そんなことか」

「そんな事って…!」

「俺たちからしてみれば…って、俺だけかもしれないけど、そんなことだよ。」

望は良かったとでも言うような涼しい顔だった。

 両手を望はテーブルの上に出した。

「誰を、誰かに、重ねることは」

その両手をパンッと合わせる。

「よくあることだよ」

ニコッと望は笑って見せた。

 サヨは面食らった。

「俺だって、そんな経験に覚えがあるよ」

頭の後ろで手をくんで、イスごと少し倒れる。普通、四脚のイスを、二脚で支えているため、フラフラと危なっかしい。

「サヨのは人と比べて、重ねてた相手との記憶が凄かっただけ」

なぜだか、そうだったかもしれないと心が軽くなる。

 彼は魔法使いなのかしらっと、サヨは心の中で笑った。

「ねぇ」

「ん?」

望がテーブルに乗りだして、サヨに近づいた。

 まるで内緒話をするように。

「今でも、俺をそのノゾムと重ねてる?」

「それは…」

もう、とっくの昔に解ってた。

 望と希は違うって解っていた。

 希と望は違いすぎていて、重ねる事ができないぐらいに。

「重ねられないし」

「え?」

うつむいてぼそっと呟いた感じだったけど、この距離では確実に聞こえたはず。

 チラッと望を見ると、耳に手を当てて愉快そうな顔をしてる。

 ホントに幸福者。

「一回しか言わないし」

望に対抗してサヨはつっけんどんにいってやると、アッカンベーをした。

 少し、驚いた顔をした望は、すぐ吹き出した。

「おっかしな顔」

「ひっどーい」

サヨはお腹を抱えて笑っている望を、軽く小突いた。

 その時の顔は、本当に楽しそうだった。


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