10:追憶~日々~
「希!朝だよ!」
アトリエにある希の部屋の戸の前で叫んだ。すると、ベッドのふくらみがもぞもぞと動いた。
私が地上で生活を始めてから、もう一ヶ月以上になる。
希のアトリエで今は暮らしている。驚くことにこのアトリエは広くて、結構空き部屋があった。
お金がなかったから、アパートを追い出されて行くところがないと言ったら、快く今の部屋を貸してくれた。
同居してるのに、まだ告白してない。だって、怖いもん。
一緒に暮らしていると、希の生活習慣がかなり悪いことに気がついた。
私が一緒に暮らすまでは朝昼晩カップラーメンかもしくは食べない。食べる時間も決まっていなければ、ゴミはめったに捨てない。
掃除もなかなかしないし、部屋は散らかしっぱなし。
夜は日が変わるまで起きていて、朝は昼間で起きない。
私が来なかったら、手遅れになるところだったよ。何が手遅れになるのかはわからないけど。
「ん~。今何時~?」
「そうだね~」
私は右手の腕時計を見ると、ちょうど長針が10時をさした。
「ちょうど10時だよ。いつまで寝てる気なの?」
「ん~」
希はまだ寝たりにみたい。昨日は何時に寝たのかな?てか、ホントに昨日に寝たのかな?
「起きろ~」
私はぼふぼふと布団の上から希をたたく。
すると、ぼわっと布団からホコリがたくさん舞った。
あまりの量に私はむせた。涙まで出てきた。
手で宙のホコリを払いながら、私は後ずさった。
「何よこれ~」
ホコリの中、希がむっくりと起き上がるのが見えた。
少し希がむせるのが見えた。
「これは~、少しひどいな…」
「すこし!?」
私は開きの悪い窓を思いっきり開けた。
新鮮な空気が部屋に入っていき、古い部屋の空気が出て行くのが目に見えるようにわかった。
振り向くと、まだホコリをたてているベッドに座ってのびをする希が見えた。
「ほら、早く下りて。洗濯するから」
私はハエを払うように手で下りるようにうながす。希はだだをこねる子供のようにやだやだと、手足をばたばたと動かし暴れた。
またホコリの襲撃をうけた私は、さっき以上に咳き込み、涙が出てきた。
「いい加減にして~」
ひどい目に遭ってるのに、不思議と怒る気になれず、逆に笑えてきた。なんだか、楽しい気すらする。
ホコリだらけの中、希の笑い声が聞こえた。
「どうだ、参ったか」
「は~い、参りました~」
しばらく、笑いあっていた。面白くて、ベッドを叩いてもっとホコリをたてた。いったいこのベッドには、どれだけのホコリが詰まっているんだろうってくらいホコリは出た。
そうしていると、やっぱりこうなる。予想は、つくだろう。
咳はのどがヒリヒリするぐらい出るし、涙が出すぎて瞼や頬にホコリや髪が張り尽くし、瞼が熱い。鼻水も出てきてしまう始末だ。
「これは、ひどすぎるや」
「ひどすぎなんてものじゃないよ。最悪」
「さっきは楽しかった」
私がベランダで洗濯物を干してると希が自分の洗濯物を持ってきて、そんなことを呟いた。
「楽しかったけど、ひどかったよね。いっつもあんなので寝てたっけ?」
ふと気になった疑問を言うと、希は自分の洗濯物を干す手を止めて、悪戯っぽい笑みを見せた。
「あれ、サヨを困らせる作戦」
「はぁ!?」
私は驚いて洗濯物を落としてしまった。はっとして、すぐ拾うけれど床が汚いからまた洗い直しだ。
「だって~、サヨいっつも僕のこと起こしに来るじゃん」
「当たり前だよ。希、ぜんぜん起きないんだもん」
溜息混じりに私が言うと、希は頬を少し膨らませて子供みたいな怒った顔をした。
「起きるよ。ただ、サヨがその前に起こしに来るだけで」
「バイト先で聞いたんだから。希はよく寝坊して遅刻してくるって」
「ちょっとだけだよ」
「1時間が?」
うっと、希が言葉を詰まらせる。まったくと、溜息とつきたくなった。
「でも、その分きっちり働いてるし」
「ホント、マスターがいい人でよかったね」
「マスターは僕のことわかってくれてる」
希はあごをなでながらうんうんを首をたてに振っていた。
私はふ~んと興味なさそうに洗濯物を干しながら呟いた。
「マスターに希を起こすように頼まれてるんだよね~」
「え!?」
今度は希が洗濯物を落とした。
私はなぜか心の中でガッツポーズをして、勝ったという勝利感を感じていた。
「そんな~、マスターが~」
希はがっかりそうな声を出してしゃがみ込み、落とした洗濯物を拾った。
白いシャツだから、汚れがはっきりわかる。これは洗い直しだ。
と、思ったのもつかの間、希はバサバサと汚れをはらうようにシャツをふった。それでも、汚れはぜんぜん落ちてはいない。
それなのに、希はそのまま洗濯物をかけた。
「はぁ!?」
私は思わず手に持っていた自分の洗濯物をかごに投げ入れ、希の落としたシャツを引っ張った。
「これ汚いじゃん。どう見ても洗い直しでしょ」
「だってめんどくさいし」
「私が洗濯するよ」
汚いシャツが伸びてきた希の手に奪われないように、抱きしめるようにギュッと握った。
その時、私はふと思い出した。
「なんで、希ここで干してるのさ!」
私は背中で干してる下着を隠した。
希は気にしている素振りも見せないで、当たり前のように洗濯物をかけ始めた。
「だって、ここしか干すとこないし」
「そうだけど、一応私女じゃん、異性同士じゃん、いろいろと気にするんだけど」
「僕は気にしないけど」
「私が気にするんだけど…」
私のつぶやきは希の耳には届かなかったみたいだ。
さすがに、これ以上言うのも図々しいと思い何も言わなかった。