最終話 僕が君に殺されてから
「行ってしまったね」
マスターが私に言う。
「まあ、いいや。ちょうど比奈、君一人になったから」
「凛はどこに消えたの?」
凛がいきなり私の手を掴んで、時間を飛ばすって言ったっきり消えてしまった。
「彼は時間を戻す、いや、別の世界線に飛んで行ってしまったんだよ。彼には感服するよ。私が彼を殺すつもりだということを察知して、君と一緒に別の世界に飛ぼうとした。みんなに最初に与えた能力は私じゃ消せないからね」
そっか。私の決断が仇になったんだ。
私の能力の一つ、凛の能力無効化。
これは私が最初のイベントで宝物に指定された分の報酬だ。
それともう一つの報酬が、凛の能力説明書の書き換え。触れたら能力が共有されるというもの。私のつじつま合わせのために変更した。
だから、凛はさっき手を繋いだんだ。
「というか、あなた、なんで私を残して、凛を殺そうとしたの?」
「それは、君が一番強く、賢いからさ」
「私よりも凛の方が強いよ」
「そうかもしれない。でも、このゲームを始めたときから決めていた。君が一番冷静で、残酷だ」
確かにそうかもしれない。平然と小さな子を殺して、潔を殺して、凛と会う前も殺して。でも、凛と会って、しばらくしてからはただ殺していたわけじゃない。潔を殺したのも、凛と離れるためだった。
凛が消えるのが怖かった。少しずつ声が聞こえにくくなって、しまいには凛の実体が薄れて見えるようになって、見えなくなってしまうのが分からないように。
「私は残酷じゃなくなったよ。凛のおかげで」
「それは困る。私は強い人しか求めていない。君に与えたデメリットが意味をなさなくて残念だよ」
全部最初から予定されていたことらしい。
「そういえば、君の願いはなんだい?」
「答えたら殺されるかしら?」
「いや、殺しはしない。だって君はぼくの駒だから」
当たり前のように最低な発言をする。
「そ、じゃあ、」
言いかけてみたものの何も決まってなどいない。
私は何がしたい......?
自分に問いかけてみる。
特にしたいことはない。昔、何か求めていたことがある気がする。でも、それが凛のおかげでちょっと前進したんだっけ。私が初めて踏み出した一歩。それは凛と一緒だったから。
「私は、凛ともう一度会いたい!」
これ以上の願いは存在しない。
「一回でいいのかい?」
「どうせ二回目なんてないくせに」
「ばれましたか」
「それで、叶えてくれるの?」
「ええ、きっと。彼ならば。もうすぐ会えますよ」
ぼくは死んだ。死んだのに意識だけが残っているというのは不思議なものだが、本当に死ぬのは初めてだから、意識は残るものなのかもしれない。未練はたくさんある。だけど、もうどうしようもない。最後のぼくの状態は何だったんだろう。そういえば、時々、ぼくは人間的にはおかしな動きをしていたことがあったな。確か、それは比奈を思って、頭の中がぐちゃぐちゃになったとき。
そっか。ぼくは最後死ぬときになって、比奈のことしか考えられなくなっていたんだ。殺せ、って言っておいて生きようとしていたのはぼくじゃないか。
最後にもう一回、比奈に会いたいな......
ぼくの周りを光が包む。もう、ぼくは意識も消えるのかな。
「......凛!」
比奈の声。
目を開けると、目の前に涙で顔がいっぱいになっている、比奈がいる。
「え、どういう......?」
ぼくは状況を聞こうとする。
「10秒しかないのに、他にしゃべることがあるだろう」
マスターが比奈の後ろ、遠くにいる。
10秒ってどういうことだ? そうか。ぼくの能力、10秒が発動したんだ。ぼくの意思に応じて最後に。
でも、10秒じゃ足りない。全然足りない。
「比奈、ぼくは本当に比奈に会えてよかった。ずっと、ずっと、これからもありが......とう」
涙が止まらない。目の前の比奈がぼやけるのを防ごうと涙を拭う。
「ううん。私はその何倍もありがとう。好きだよ」
比奈がぼくを抱きしめる。
「ぼくも、す......」
目の前から比奈が消える。10秒経ってしまったらしい。でも、きっと、きっと伝わったよね。ぼくの思い。
最後に、本当に最後に聞いた、比奈の言葉は、嘘じゃなかった。
聞こえた。信じてもいい、優しい声が。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!
この作品は完結になりますが、次回作以降も良ければ読んでいただけると嬉しいです!
では、またどこかでお会いしましょう!