59話 願い
「おめでとう! ゲームクリアだよ!」
頭の中で響いていた声が前方から聞こえてくる。
え? ぼくは死んだような......
周囲が真っ暗で何も見えない。
「あ、ごめんごめん。暗くて困ってるよね。明るくするよ!」
一度目を閉じて、ゆっくり開ける。
「やあ!」
10歳くらいの子どものような人が現れ、右手を上げ、こっちに挨拶をする。周囲はエメラルドグリーンなだけの空間だ。
「君たちは本当にすごかったよ。私は驚いた」
たち......?
辺りを見回してみると、後ろの足元に寝転がっている比奈を見つける。
「比奈......! 生きてる!」
比奈に裏切られたと思ったが、比奈は生きているし、ぼくも生きている。どういうことなんだろう。
「はいはーい。感動の再開は後にして、私の話を聞いて欲しい」
マスターの姿が変わり、立派な大人の見た目になる。
「......んにゃ?」
比奈が起きる。
「凛! うまくいったみたい!」
うまくいった? そのことも後で聞こう。
「さて、気を取り直して、よく70億人から最後まで残ったね! ただ、最後2人同時に死ぬとは思っていなかった。予想の斜め上を行ってくれたから、実に興味深かった」
そうか。比奈は最後まで2人とも生き残る手段を考えていたんだ。ぼくは比奈を生き残らせることで精いっぱいだったのに。
「とりあえず、体を治してあげるよ」
マスターから黒い血が出てきて、ぼくの体を包み込む。それが無くなると、失っていたはずの手足が戻っている。左足は比奈につけてもらっていたから無くなってしまうのは少し寂しいような気もするが、それは今は置いておく。
「それで、今からはこれから先の話になる。心して聞いてくれ」
マスターの話し方が深刻なトーンに変わる。
「君たちに地球で戦ってもらったのは、この星の代表を1人選ぶためだった。宇宙に存在する星々をかけて我々が争っているが、我々では実力が拮抗していてね。戦ったらもらうはずだった星が滅んでしまう。それで、他の星の生命体を自分代わりにして争うことに決めたのさ。ここまではいいかな?」
ひどい話である。私情で星を滅ぼすことがあるなどと思いもしなかったが、もはや、怒りの感情などは無い。どうせぼくは比奈さえいれば、他の人間なんてどうでもいいし、現に比奈はすぐそばにいるのだから。
「それで、私はただの殺人狂が欲しいわけではない。知性を持つ殺人鬼が欲しかった。だからこういう形でやらせてもらった。そういえば、何で殺人を躊躇しない人が結構いたか、教えてあげよう。地球人に与えた能力の根源は全部私の血なのでね、そこに戦い方や、殺人の衝動を精神に刷り込むようにしてあった」
なるほど。戦い方もよく分かっていなかったはずのぼくが戦えたのも、黒い血を浴びたときに殺せ、壊せと聞こえていたのも、マスターの精神がぼくたちを侵食していたということらしい。
「さあ、説明はこの程度にして、凛、君の願いを聞こうか」
何を願うのか、そんなことは全く考えてもいなかった。比奈がいるだけでぼくは満足なのだ。となれば、この先、比奈が死ぬ可能性を減らすためには、よく分からないマスターたちの争いに参加しないようにしたい。
「じゃあ、時間を戻して欲しい」
「それはできない。私の目的に背く」
まぁ、そうなるか。
「ただ、この先戦わなくてもいいようにすることならできる」
なんだ、そんな選択肢があるじゃないか。
......いや、だめだ。
「一つ質問してもいい?」
「構わない」
「ぼくの能力って、この先の戦いでも使える?」
「もちろん使える。ただ、私の力が強く干渉しているものは使えなくなる」
「なんで?」
「強く我々が干渉してしまっては、戦いの意味がないからだ」
確かに、マスターなら、ぼくを最強にすることもできる。それを全員がやってしまっては何の意味もない。
よし、願い事決めた。
「じゃあ、ぼくの能力を強化することはできる?」
「それなら構わない。どれくらい強くすればよいか?」
「18万倍くらいに強くして欲しい」
「良かろう。願いを受け付けた」
マスターは、魔法陣を書き、両手を胸の前で合わせる。マスターの体内から、小さな黒い粒が飛び出し、魔法陣の中心に落ちる。それと同時にぼくは光に包まれる。
光が解けるが、特に実感は湧かない。
さて、ここからマスターがどう動くかだが、
「それでは、死んでもらおう」
やはりそうなるか。代表を1人選べとなっているし、戦わなくていいというのは、比奈がいるから、ぼくは要らないということだろう。
目の前にマスターがいない。
後ろから、黒い血が触手のようにぼくを貫くが、ぼくは死なない。だって、不死だから。
「おっと、不死を消し忘れていたよ」
プロフィール画面を開く。不死、の表示が消滅する。
黒い血が今度は前から飛んでくるのが見える。
比奈が、ぼくの前に立つ。
「おっと」
マスターは比奈を死なせたくはないらしい。
今しかない。
「比奈! 時間を飛ばすよ!」
比奈の手を左手で掴み、急いで究極奥義を発動する。
周りの景色が暗転し、何かに吹き飛ばされたような感覚だけが残る。
再び目を開けると、平和な田園風景が広がっている。
プロフィール画面を開くと、20日前に戻っている。成功だ。
ぼくの究極奥義は、時間を10秒スキップし、スキップした先で、10秒前の状態に周りをするものだ。ただ、それは過去の方向にも使えるんじゃないかと思った。周りは10秒前の状態になっていたのだから。
それを18万倍したら、約20日分戻せると思った。賭けに勝ったのだ。
その時、ぼくは左手が空いていることに気付いた。
......比奈が、いない。




