56話 直感
ぼくは比奈の声を聞いて、我に帰る。
比奈に近寄り、腕を触る。
「大丈夫だから、心配しなくていいよ。正気に戻って良かった」
比奈が立ち上がる。
「あれ、思ってたよりも立ち直るのはやい。流石っすねー」
見た目と不釣り合いなくらい明るい話し方で女が出て来た。
茶色いローブを着ていて、体のラインがハッキリしていないが、スラリとしていることは分かる。
「ちょっと効くのが遅かったっぽいけどー、やっぱ強いんすね」
能力は見破られていないらしい。
「あれ?今更そこで何してるんすか?」
これなら、ピストルでいけそうだ。
ピストルを取り出し、右手で構えて引き金を引く。左手がないのが不便だ。
カン
軽い音がする。女には何も攻撃が当たっていない。
「私に攻撃は当たらないんだってば」
これは多分嘘だ。何かしらの能力を張っていただけだ。不死の能力を持つ2人目がいたらそれはマスターの目的にそぐわない。
比奈が微生物を左手から出し、拳の形に変える。
それを女に向かって飛ばす。ちょうどロケットパンチのように。
比奈は微生物の壁を作り、その中に隠れる。
飛ばした拳が女のところまで到達すると、真っ二つに切れ、直後に眩い光が放たれる。閃光弾を仕込んでいたらしい。
咄嗟に目を右腕で覆う。
女は攻撃が当たらないと安心しきっていたらしく。今更になって目を塞いでいる。
ナイフを取り出し、上に向かって全力で投げ飛ばす。もう一つナイフを取り出し、女に振る。
「盾の花!」
女がそう言うと空中に見たことのない紅の花が咲き、ぼくのナイフを弾き飛ばす。すると、その花は茶色く褪せ、塵となって消える。
左手がないからすぐに攻撃を繰り出せない、と思われていそうだが、それは違う。
さっきナイフを振った勢いのまま空中で一回転しつつ空から落ちてきたナイフを掴み、回転の勢いのまま女を斬りつける。
ザリッ
砂でも噛んだかのような音が鳴る。しかし、その音の割に、血が流れることはなく、ローブだけが切れた。
「あら、ローブ切られちゃったかー。気に入ってたのに」
女が目を開けて、言う。そのローブの先には紅い花が咲いている。
比奈の方を横目で見ると微生物の壁を消している。さっきよりも何かが変わった気がする。比奈の占める体積が減ったような......
「剣の花!」
白銀の
花びらの一枚が伸びて、剣の形に変わる。
「咲き誇れ、死者の花!」
さらに続ける。
辺り一面に色も形もとりどりの花が咲き乱れる。死者と呼ばれる通り、この世には到底存在し得ないような歪んだ形をしている。
どこか吸い込まれてしまいそうな、底知れない魅力を感じる。
そんなことに気を取られている場合ではない。
花は女の能力だから、出来るだけ切っておいた方が良さそうだ。
日本刀を取り出し、近くの花を切り落とす。
黒い液体が周囲に飛び散る。今はリーザからの侵食が弱いからか、黒い霧は見えない。でも、間違いない。黒い血だ。
「綺麗でしょう......?」
感嘆するようなため息を漏らしながら女が言う。
「昨日、私のコレクションが減っちゃったのが本当に残念。代わりにあなたもお花になってくれない?」
比奈が地面に手を当てる。
その近くから花が枯れていく。花が枯れると黒い血が水風船を割ったように出てくる。
「お花にそういうことする人たちなんだー。残念。分かってくれないならお花になってもらうから」
女は空中に花を咲かせる。小さな花を集めてできた大きな花が空中に何個もできて、それを踏みながら高く登っていく。
昔見た、紙を固定して登っていった相手と同じような手口だ。違うところは、花が踏まれると褪せて消えていくことだ。
スカイツリーのてっぺんに咲いている花が巨大化し、カサのようなものを下ろしてくる。
桜か。ピンク色に色づいた花は風に散らされる。
遠くの地面にその花びらが落ちると、異形の花が咲く。
不死の能力と花にする能力、花になったら植物状態になるだけなのだろうか、そうだったら、ぼくも攻撃を受けることになる。
「凛、空中に吹き飛ばすけどいい? 不死だし」
「いいよ」
花びらが増える前に倒しに行こう。きっとぼくは女を倒せないけど。
比奈が地面に再び手を当てると、茶色い物体が集まってくる。
土ではない。微生物だろう。
その茶色い塊がぼくの足元に移動してくる。
塊が膨らみ、破裂する。
その勢いでぼくは空に飛び立つ。
花びらが降ってくるのが見えるが、避けることは無理そうだ。
ナイフを一本取り出し、花びらに触れさせる。
ナイフが灰のように崩れ去り、黒色の綿毛のような花に変わる。
その花がたんぽぽが風に吹かれたように、綿を遠くへ飛ばす。
その綿がぼくの方に流れてくる。
ぼくに触れるとチクチクとする。きっと綿はナイフと同じ性質を持っているのだ。
花びらがぼくの無くなった左手側にぶつかる。
左手側が熱い。注射を打たれた後のような感覚だ。
花びらの触れたところから、蔦状の植物が生えてくる。蔦のような部分部分は小さな花が集まってできている。
蔦が広がり、ぼくを囲いこもうとしてくる。
もしかしたら、ぼくに攻撃が効かないことに気づいたのかもしれない。
特に代償が無さそうだとこの前2回使って分かったから究極奥義を使おう。
究極奥義を使うと、上を向いていたはずが下を向いていて、女が下に見える。
日本刀を剣先を女に向けるように構えて、自由落下する勢いに任せて女を狙う。
「心の花!」
女とぼくの間に1人の顔が現れる。潔の顔だ。
いや、顔を模した花だろう。
そう分かっていても刀を持つ右手にためらいが現れる。
でも、ぼくの心は物理法則には勝てない。
刀が潔の顔を貫く。
その姿を見たくなくてぼくは目を閉じる。
それが良くなかった。
攻撃を避けられた挙句、目を閉じているぼくなんて隙だらけだ。
横向きに力を受ける。左手に着いている蔦が女と繋がって、ぼくをスカイツリーのてっぺんから降り注ぐ花びらの多いところに飛ばそうとする。
でも、今は究極奥義を使わない。だって......
大きな銃声が、まるで大砲を放ったように轟く。
空に血が咲く。
女は地に向かって落ちていく。それを追いかけるように咲いた血が落ちていく。
ぼくの頬を何かが掠め、血が少し流れる。
重力で速度を上げてぼくは落ちていく。
地面に激しく激突するがなんて事はない。
「おかえり」
比奈が優しく声をかけてくれる。
比奈が女にトドメを刺してくれたのだ。気づいたらライフルを持っていなかったのだ。それを微生物に運ばせて、スカイツリーのてっぺんに持っていっていたのだろう。
「じゃあ、行こっか」
......反応がない。
「おーい」
まだ反応がない。
「おーい」
「あ、うん」
能力の使いすぎで疲れているのだろうか。
......何となく嫌な気がするけど、今は考えないでおこう。
うん。そうしよう。